エルサレム

エルサレム 2015年12月24日 00:00

私は無宗教だし、イエス・キリ○トと呼ばれる存在についても、よく知らない。
ただ、高校生の頃に、仏陀やイエスと呼ばれる存在がどう言う存在なのかぐらい、おおよそ知っておきたいと思って、文庫本で聖書等を読んだ事はあった。
その当時は、死んだ人が生き返るなんて、ありえないと思ったし、これは架空の話だと思った。

ただ、その自己犠牲の凄まじさと言うか、その考え方には、それなりにショックを受けた。
おおかた架空の話ではあったとしても、こんな考え方や発想が、この時代に生まれたと言う事は、その何らかのモデルとなった人物が存在したのは事実だったのでは?と考えた。
その人物に惹かれていった人々が、伝えていくうちに脚色されて、現在に残る物語になったのでは?と思った。

さて、日本での転生の多い私にすれば、もちろん聖書に出てくる話など全く無関係だと思っていたのだが、意外な所からどうやらこれまたちょこっと関わってたらしき記憶が出てきた。
ホント時代の重要な所を、ちょっと横から覗いて、うんうんと頷くのが好きなようで、今回も例のごとく脇役‥と言うより黒子としての登場だ。

なお、繰り返すが、私は無宗教だ。ここから書く内容も、あくまでヒプノで出てきた「ただの物語」であり、私がそうだと感じたに過ぎない内容であり、その出来事が本当にあったと主張するわけではない。
と、書くものの‥どうしても内容的に、宗教性が強くなるので、念のため、ここからは検索防止の為「イエス・○リスト」を単に「イエス氏」と書くので、ご了承願いたい。

 

・時代(西暦)
20~30年前後に生まれ、70~90年前後、50~70代で亡くなる。
・主に住んでいた場所
現在で言うイスラエル。幼少期はエルサレム地方っぽい。
・主な職業
転々としてたのか、ハッキリ分からない。

 

前世記憶を語る前に、それを知るきっかけとなった別の前世について、簡単に書いておきたい。
今年の初めサロン「ここれんね」を始動する為に、サロンに置く専用スピーカーを注文しようとした所、その代理店の人が偶然にも、昔スピ系でお世話になっていた先生だった。ちょっとビックリして、この先生とも縁があるんだろうなと思って、試しに先生との縁の分かる前世を自分で見に行ってみた。

そしたら出てきたのは天界のどこかの宮殿みたいな所だ。なるほどその先生も天使っぽいイメージは以前からあったので、天使として現れるのかな?と思った。
そしたら、ちょっとビックリしたのは、先生が出てくる前に、イエス氏が現れた。
繰り返すが、私はクリスチャンではないし、信仰心は全くない。
なのに突然出てきたのでビックリ。

しかも、この場面では、私がイエス氏に何か届け物をしてる様だった。
その時の私は翼がもげた天使で、何か地獄で、翼と引き換えに、あるものを預かって、それをイエス氏に届けに来たと言う感じだ。そのイエス氏のそばにいた天使達の一人が先生だった。
無事に預かり物を引き渡した後、その先生が私の翼を復元し治してくれたのだ。
なるほど、この時に会ってたのかと納得した。

後日、先生に、この前世の事を話すと、実は現在の守護神がイエス氏らしく、納得されていた。

しかし今度は、私自身はイエス氏と何か関係があったのだろうかと気になってきた。
今の所、自分が神父とかだった前世は出て来ていないし、そう言うイメージもない。
もしかして、いやまさか、でも念のためと思い、後日このイエス氏と関わってた前世と言う設定で、前世を確かめてみた。そして出てきた話を、ここから書こうと思う。

 

◆前世記憶

◆ 幼少期:騒ぎ

[以下は、グループヒプノで出てきた記憶をまとめたものになる。]

最初に出てきたのが、この場面だった。

どこかの町のような所。西暦は29?とか、3?が出ていた。
ボロイ質素な服を着た10歳前後の男の子の自分。
向こうが何か騒がしい。友達らしき男の子達に呼ばれて見に行くと、大勢の大人達が何か集まってる。
何だろうと一生懸命背伸びをして見ようとするが、よく見えない。
その多分十字架だと思うが、大きな木の棒の先だけが、大人達の頭上にチラッと見える。
この時の自分は、どーも何か見世物が演じられていると感じていた。
それがすごく気になって、見ておきたいと考えている様だった。

  • 前世-エルサレム
    街の騒ぎ

もっとよく見ようとするが、そこへ母親がやって来た。母が私を見つけて何か怒ってる。
私の手を無理やり引っ張って家に連れていかれた。
母が何で怒ってるのか、よく分からなかった。
ただ何か見てはいけないものを、自分は見ようとしていたらしいと言う事だけはわかった。

何で見てはいけないのか、すごく気になっていた。
母は、詳しくは何も教えてくれず、ただ怒って黙ってるだけだった。

あの騒ぎが、どーも罪人としてイエスと呼ばれる人が磔にされていたと言う事が、理解できるようになったのは、それからだいぶ後になってからだった。

ちなみに、この頃の自分の家は、結構にぎやかな感じだった。
食事の場面では右隣に母親。奥に父親、左におそらく兄が二人。今世に思い当たる人は誰も居ない。
わりと貧しい感じの家だが、困ってるほどではない感じだった。

 

◆ 20才前後:地下室で見たもの

重要な場面。これが一番謎だ。

20歳前後の頃。私にとっては神父さんって感じの知り合いの先生がいた様だ。この時代に何か宗教の神父さんのような人がいたのかどうかは分からないが、感覚的に哲学的な事をよく理解してる感じの先生だ。

この先生が、どーも私が幼い頃に見た騒ぎについて詳しく知っていて、色々教えてくれていた。
ただ、私が、あの騒ぎに感心を持っている事を、妙に歓迎してるような雰囲気で話すので、ちょっと得体の知れない感じもある先生だった。

  • 前世-エルサレム
    謎の遺体

ある時、見せたいものがあると言って、真夜中に先生に連れられて、地下室のような所に行く。
そこに大きな棺のようなものがあって、中を見せられた。

これが、もうビックリした。
中には男の人の遺体があった。
でもこれが妙に綺麗で、まるでまだ生きてるかのようだった。

これは、いったい何?
そばにいた先生が言うには、この遺体が、どーもあの磔にされたイエス氏のものだと言う。

ちょっとここで顕在意識の今の自分が???になる。
この遺体がイエス氏としたら、この場面は、イエス氏が処刑された直後の場面?
そう思えるほど綺麗な遺体って感じなのだ。
でもだとしたら子供の頃に見た、あの騒ぎは何だったのだ?分からなくなってきた。
私は聖書は、文庫本で一度だけ読んだことはあるが、確か新約では、イエス氏は処刑された直後に、復活して昇天した事になってる。

まぁ仮に復活部分だけが創作だったとして死体は残っていたとしても、でもこの前世体験の中では子供の頃に処刑があって、この20歳前後の時点ですでに10年ぐらい経ってるはず。
もしかして、ミイラにされてるのか?とにかく、それぐらい綺麗な印象がある。
この場面での前世の自分が、すごく興奮していているのが分かる。

死体を見てるという感覚ではなく、何か輝く宝石を見てるような感覚だ。
それほど何か体感的に力を感じるものがあり、感動させられている様だ。

同時に何か秘密の話をされて、これが真実だったのかと、感じてるようでもあった。
そして、先生の関わる何かの組織に協力する様に話をされて、是非自分も協力したい!と喜んでる感じだった。
ただし、これは死ぬまで決して誰にも語らないようにと、かなり念を押されたような感じがある。

 

多分、子供の頃に見た騒ぎが、どうしても気になって、自分で色々調べ出していたのだと思う。
そのうちに事情に詳しい先生と出会って、この地下室に案内されたのだろう。

でも、おそらくこの棺の中のものを見たのは、これが最初で最後だったと思う。
すぐにその後、どこかに隠されたのか運ばれたのか。
その棺が、それからどうなったかは死ぬまで分からなくなった感じがする。

新約聖書では、確かイエス氏は、磔の後、3日後?だったかに復活した様な話だったと思う。
これは、あくまで今の自分の妄想だが、もしかして、この先生の関わる謎の組織が、磔の後のイエス氏の死体を運び出したのでは、ないだろうか。それを知らない街の人達が、死体が消えたと騒ぎになって、復活したんだと言う伝説に繋がったのでは?と、ちょっと今思った。
でも、この記憶を見てる中では、その復活の伝説が作られたこと自体も何か意図的なものを感じる。後でも触れるが、何かもう磔の出来事そのものが、最初から意図的に演じられてる様な気さえしてくるのだ。

ところで、ここからは、謎の組織の先生を分かりやすい様に「暗闇先生」と呼ぶ事にする。

 

◆ 20代前後:秘密の仕事

  • 前世-エルサレム
    謎の仕事

先ほどの地下室に案内してくれた暗闇先生が、私に何かを誓わせた。
見たものは他言無用なのはもちろん、それとは別に何か秘密の組織に加わって、何かの仕事に協力する約束をさせられた。
なんとも闇の運命に足を踏み入れてしまったって感じだった。

暗闇先生は、その秘密組織の何かの計画の担当の人物の様で、それ以降、私は地下室の様な所に度々通っては、暗闇先生の指示に従って何か書物のようなものを一生懸命作成していた。
この時代に紙とかがあったのかは分からないが、内容的に何かを記録していってるって感じの作業である事は間違いなさそうだ。

多分、私の他にも少数ではあるが数人の協力者が居て、同じ様な作業をしているっぽい。
でも交流はほとんど無く、互いに誰かも分からないような、とにかく誰にも知られずに作業してるような感じで、お互い接する事自体、ほとんど無かったんじゃないかと思う。
接していたのは、ほとんど暗闇先生だけだったっぽい。

結局これは何を作ってるのか。最初は今で言う聖書?って感じもした。
でもその反面、街でイエス氏の弟子の誰かだとは思うが、街の人々に何か説いてる様な場面も見える。
現代の聖書は、やはりこのイエス氏の弟子の方達が説いてるのが元になってると思う。
じゃあ、自分が隠れて作ってるものは何か。別の聖書?
さっぱりよくわからない。

内容的には、やはりイエス氏の生涯や教えに関わるものだと思う。
という事は、その指示をしてた暗闇先生の正体は弟子の誰か?
でも歴史上にあるいわゆるイエス氏の弟子の誰かって感じがしない。

いや、イエス氏と深く関わった誰かって感じではあるが、そのこと自体、周りにはほとんど知らされていない人の様な感じだ。
とにかく暗闇先生の下で、何年もの間ひたすら作業を続けていたっぽい。

 

◆ 30代前後

  • 前世-エルサレム
    心ここにあらず

奥さんが居て、子供も居る。子供は多分、娘。山に遊びに来ている場面。
でも正直あんまりそれほど嬉しい感じはない。何か他に考え事をしている。

やはり、秘密組織での仕事のことか。
でも、おそらくその書物の内容的な所で、自分が何故これに関わったのか、なにかその運命的なものを色々考え込んでいるっぽい。

本当は、自分自身もっと表で活躍したいと思ってる。でもその書物の内容的な事に、少しでも触れた発言をする事自体、契約違反であり、非常に危険な事でもあるようで、許されない。

家族にも、この自分の状況を悟られないようにしているようで、ちょっと死ぬまで誰にも話せないという部分に色々孤独感はあったようだ。
別に死にたいと言うわけではないが、早く歳をとって、この人生を終わらせて、開放されたいみたいな感じには考えていたっぽい。
変な話、こうしてこの時の前世の自分の気持ちを、今、文章に出来ること自体が、妙にうれしいと言うか、今は、語っても大丈夫なんだと思うと変な開放感がある。

 

結局いったい自分は、ここで何をしてたんだろう。
こうしてヒプノで探っていてもさっぱり分からない。

これはあくまで推測だが、この時代の後に広まっていく聖書は、色んな人、色んな時代を経ていくうちに、あちこち修正され脚色され変わっていくものなんじゃないかと思う。
私自身、高校の頃に文庫本ではあったが新約聖書を読んで、その考え方に非常にショックを受けた覚えがある。
「自分を助ける者の為ではなく、迫害する者の為に祈れ」「罪人を裁けるのは罪を犯した事が無い者だけだ」とか、間違ってたら申し訳ないが、そんな意味のような言葉が沢山あり非常に納得させられた。

最後は迫害され、黙って手足に釘を打ち込まれ、何時間も磔にされ、何とも痛々しい話だ。
自分だったら、わんわん泣いて命乞いしてやると、読んだ当時思ったものだ。

でも所々本当に同じイエス氏が吐いた言葉だろうかと違和感のある記述も多く見られた。
だから、本来はもっと違ったものなのではと、その時代に説かれていた本当のイエス氏の生涯の記録や言葉は、その半分ぐらいは原型をとどめてないのではと、読んだ当時そう感じたのを覚えてる。

そういう風に思い返すと、もしかすると、この前世の場面の中で自分がやってたのは、当時すでに何百年も経つに連れて真実がゆがめられていく事を想定して、ある程度、時代が進んでから公開される記録、いわば隠れ聖書的な、そんな目的の秘密の書物の製作に関わってたのではないだろうかと思えてきた。

現在の聖書ではイエス氏が、さまざまな奇跡を起こした様に描かれているが、この秘密の書物の中のイエス氏は、意外と現実的で奇跡的な内容もあまり無いかもしれない。
ただ、後の時代に宗教として発展していくだけの力があった所から見ても、イエス氏の説いていた思想的な内容は、きっとすごいものがあったと思う。むしろそちらの方が重要であり、色んな時代を越えていく中、色んな人の都合で消されてしまったような大切なエピソードは、この書物に残されていそうな気はする。

 

◆ 30~40代

ある時、地下室での私の仕事が終わったようだ。暗闇先生が、お疲れ様って感じで、私にお別れを告げる場面だ。
その数日後には、暗闇先生が、知らない街に引っ越していった感じだ。

  • 前世-エルサレム
    謎のまま終わった

秘密の地下室も全て綺麗に痕跡がなくなって、ガランとしてる。
もちろん、その後も地下室での仕事の事は、誰にも話してはいけない。それはちゃんと守っていた感じはある。
私は、地下室での事も、暗闇先生の事も、忘れようとしていた。

その頃の私は、何の仕事で生計を立てていたのか、印象が薄くて、よくわからない。
八百屋だろうか?果物を売ってた様なイメージもあれば、何かを作るような仕事をしていたイメージもあり、転々としていたのかもしれない。
でも、生活には、それほど苦労してた印象は無く、普通に暮らしており、娘も結婚して孫も出来たようなイメージがある。

 

◆ 40~70代

組織を離れて何年も経って、それなりの歳をとった頃の事。
ある時、一度だけか、暗闇先生と再会してるようなイメージが出てきた。

まさか、忘れた頃に、私が誰にも話してない事を確認しに来たのかと、ちょっとこの場面を見て一瞬ぞっとしたが、そんな不安はすぐに消えた。

どーも、暗闇先生自身も、秘密組織での任務を終えて、組織から離れたようだ。
よその町に住んでる感じだが、何かついでがあったのか、懐かしくなって、私を訪ねてきてくれたようだ。
家族と一緒に、食事をするのだが、もちろん秘密組織の事は一切触れず、なんでもない会話が続いた。

食事の後、二人でちょっと散歩に出かけた。
家を出て、街中のどこかで一緒に腰掛けて、何かただ黙って街の様子を眺めてる見てるような場面だ。

  • 前世-エルサレム
    孤独な者同士

でもお互い黙っていても、妙にこみ上げてくるものがあって、「あぁ、この人も、長年孤独な思いだったんだな」と、この時すごく感じた。

お互い誰にも言えず孤独ではあったけど、でも本当に素晴らしい仕事が出来たんだなと言う感じで、共感できる何かがあって、それを互いに称えあっているような感じでもあった。

何か、お互い死んだ後に、あの世で笑って語り合えるだろうなぁみたいな、それを楽しみに残りの人生を生きていこうって感じの会話をしてるようだ。
何だか、一緒にいるだけで妙な安心感がある。

暗闇先生とは、この時を最後に、もう二度と会う事は、なかったようだ。

 

◆ 亡くなる場面

亡くなる場面。それなりに歳をとってる。奥さんはすでに亡くなってる感じ。
娘は、家族と一緒に近くにいてくれてる感じ。孫も近くにいる。老衰で亡くなるようだ。
なんか天に召されることをちょっと楽しみにしている感じがある。
自分のやるべき事は全う出来たと言う満足感がある。

 

亡くなった後、ハイヤーセルフの台詞が非常に納得できた。
「人にはそれぞれ、その人にしか出来ない役割がある」と言うものだった。

私や暗闇先生が製作に関わった、謎の書物や、イエス氏のミイラ?は、どうなったのかは、さっぱり分からない。
もしかすると今でも、世界のどこかに隠されていて、誰かに発見されるのを待っているとしたら、ちょっと面白い。

ところで実は、この前世を体験している中、妙にずっと感じているものがあった。
それは、最初の方でも少し書いたが、全てが計画の一つと言う感覚だ。

イエスと言う人物に関わる、この世で起こった出来事の全てが、アチラの世界では最初から綿密に計画されており全て演技されていた出来事と言うイメージがずっとこびりついていた。
そこにハイヤーセルフの上記のようなメッセージが出て、自分の中で何かしっくりくるものがあった。

これはあくまで、体験中に私が個人的に感じたもので、真実ではないと断っておくが。
つまり、イエス氏が磔にされたのも、それを嘆き悲しんだ人々も、その磔に追い込んだ人物も、裏切った人物も、迫害した人々も含めて、すべてが1つの救世主劇場として演じられていた様な感じが、この前世体験中ずっとしていたのだ。

それは、おそらくイエス氏の説いた思想を、長く後の世に残す為に、アチラの世界で最初から計画されていたような、そんな感じなのだ。

他の記事でも書いたと思うが、歴史上に名が残るような人物の人生は、私は歴史という大きなカルマの歯車に乗った人だと考えている。
でなければ、カルマ的に考えれば、例えば1人の人間によって、何万人もの人々を虐殺する様な事は、不可能だと考えている。1万人虐殺した人が、1万回殺される業を背負える訳がない。その人に背負わされるカルマは、その人に背負える分だけだ。
ヒプノセラピーをやっていると、それがよく分かってきた。

なので、このエルサレムの出来事も、私にとっては、歴史上の必然であって、最初から決められており、そこで、実際にイエス氏に惨い仕打ちを行った人が居たとしても、その人もまたこの壮大な演劇の一つの役者として演じていたに過ぎないと言う、そんな感覚があるのだ。

もちろんこれはあくまで私個人の考えに過ぎないが。

まぁ、でも、ここまで書いておいて何だが、それが本当に演じられていたかどうかとか、実在したのかどうかとか、奇跡が本当にあったのかどうかは、別にどうでもいいことだ。

大切なのは、そこで説かれた内容を、その新約聖書という物語の中で、説かれた思想の、どこをどう受け止めて、自分の人生に生かすかと言う部分だろう。
ラーメンを作った人がプロなのか素人なのかが問題ではなく、そのラーメンを美味しくいただけるかどうかが問題だ。
そこを間違わなければ、宗教に依存したり、宗教戦争が起こったりしないはずだ。

どんな宗教も「教え」であって、「宗」との契約ではない。それぞれの「イイ教え」だけを取り入れておけばイイだけの話だ。
どこの神が、正しいとか正しくないとか、そんな事に囚われるから、宗教が怖いものになってしまう。

と、この前世を体験して、今の時代を振り返り、そんな事をあらためて考えてしまった。

さて、この話には続きがある。

エルサレムでは、こうしてまたしても黒子として暗躍していた事は分かった。
では、あの天界での記憶、イエス氏に届け物をした記憶での、あの届け物は何なのか。
そして何故、私の翼が無くなっていたのか。
その辺りを詳しく知りたいと思った。

その天界での話は、あらためて「天国と地獄」編として、別で記そうと思う。

≫「天国と地獄」編へ

 

 


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