前世の記憶

前世の記憶 2006年01月15日 19:43 Pages: 1 2

膨大な転生回数

過去世の記憶が沢山出てくると、その膨大な繰り返しにウンザリしてくる。
何が一番イヤかと言えば、これだけ転生を繰り返してても人の性格はなかなか変わらないと言う点だ。

いや、性格だけではない。生活もやってる事も目指してるものも夢も希望も何もかもすでに似たような生を何度も何度も繰り返している事が多いのだ。
前記したように、互いに学ぶべきものが残ってると自然と縁は深まり互いに惹かれていく。これが消化できないと何度転生しても毎回同じ様な生を繰り返してしまう。今生が全てだと毎生思いながら同じ生を繰り返してるだけなのだ。

以前の職場で、仲の悪い二人がいた。事あるごとに喧嘩するのだ。その二人とは、平安時代にも会ってた覚えがある。記憶をたどると、どーも平安時代からこの二人は喧嘩してたっぽい。1000年以上も喧嘩してるのか‥?いや、もしかするともっともっと昔から、超古代文明の頃からこの二人は喧嘩し続けてるのかもしれない。。そう考えるとやはりウンザリでしょ。いい加減成長しろよと言いたくなるでしょ。
でも本人は、この現世だけを認識し精一杯生き抜こうとしてるワケだから、意識が現世から離れて魂の単位で考えられるようにならないと、おそらく人類が消滅するまで、この二人は毎生喧嘩し続けるだろう。。
もし、今喧嘩してる友達がいたら、それはもう何千年、何万年も前から喧嘩し続けてるかもしれない。そう思って今世ではあえてこちらからとことん謝ってみたらどうだろう。そうすればきっと来世からその友人との縁に変化が起きるだろう。

ところで、転生は前世にしても来世にしても何も人間に限られるものではない。
ここで、ちょっと人間界以外の転生の話をまとめて語りたいと思う。

人間界以外の転生

・地獄界

まぁ、一番行きたくない次元ですな。しかし全く落ちる可能性がないとは言い切れない世界だ。
地獄は、別記「カルマの原理」でも書いているが、酷い感情の状態の魂の行く場所だと考えられる。憎しみ、恨み、嫉妬、嫌悪、怒りなど、自分では抑えきれないマイナスの感情に囚われている魂が堕ちていく世界。
ここで紹介する話はちょっと本筋から離れるかもしれないが面白い話だ。

それは地獄の鬼の話。昔、霊能者のNさんから前世が鬼だった人を霊視した事があると言う話を聞いた事があった。またOさんからも人食い鬼神が前世と言う話を聞いた事がある。って、鬼っていったい何?って思ってしまう。しかしこんな話があって少し納得した。と言うのは地獄の鬼と言うのは人の悪業を喰らうと言う話だ。

  • 前世

 

昔の怖い地獄絵で人を喰らってる鬼の絵とかあるが、あれは結局、悪業を背負って落ちてきた魂を喰らう事で、その魂の悪業落としているワケなのだ。
それも悪業が大きければ大きいほど不味いらしく(汗)、その人の悪業を喰らった鬼自身もまたその悪業によって相当苦しむようで、並大抵の魂には勤まらない仕事だとか‥。
いやぁ、地獄の鬼さんホントお疲れ様です‥と声をかけたくなるような話だ。
本当かどうかは地獄に落ちてみないと分らないが、私的には比較的納得のいく説だ。
地獄に堕ちて、喰われた時は「お手数かけます!」と鬼に一声かけて感謝しよう。地獄からの脱出も多少早まるかもしれない。

・動物界

大昔、猫だったとか犬だったとか、そう感じられる人はよくいるのだが、この逆、つまり前世は人間だったんだろうなと感じられる犬や猫も結構いる。
私が高校生の頃、ウチに一匹の野良猫が迷い込んで、しばらく飼っていた。それが野良猫なのにシャムネコ(メス)なのだ。おそらくよその家で飼われてた猫だったのだろう。
この猫が今思うと「人間の女性」「水商売」「猫好き」「怠惰」と言うイメージが出てくる。仕草からして人間ぽかった。おそらくそう言う感じの人間の女性だったのだと思う。
転生はその人自身の執着心によっても左右されやすい。動物を人と同じ一つの命だとして大切にするのはとてもイイ事だが、動物そのものには執着しない方がよい。
ちなみにそのシャムネコはウチに迷い込む前から病気を持ってたようで間もなく死んでしまった。それがちょうど一年後ぐらいにお別れの挨拶を言いに夢の中に現れた。やっと成仏するのかな?と思った。ペットは亡くなった時がとてもツライものですな。

・妖精界

妖精界は比較的人間界に近いようだ。自然を司る世界で人間界のちょっとずれた次元にあるのだろうか。私の体験では幽体離脱中に接触した妖精がいたが、これまた羽の生えてないワンピースのようなものを着た妖精なのだ。天界といい、どーも私は羽には縁が無いらしい(._.)。

この幽体離脱中に見た妖精は、影が無かった。だからアニメのセル画の様な2次元的な見え方で、立体感が全く無いが立体なのである。表現しにくいが‥。それが妖精界全部がそう言う見え方なのか、たまたま幽体離脱中のその次元が影の出来ない次元だったのか、妖精自体が発光していて影が出来ないだけなのか、よくは分らないが私が接触した妖精はそんな見え方だった。

また、これはOさんの話だが、花を管理していた様な記憶や、またある日の夢では自分が妖精の世界に入り込んでしまって、なんか他の妖精に「臭う!人間の臭いがするぞ!人間が潜んでるんじゃないのか!」と騒がれてその中を必死で隠れまわってるリアルな夢を見たとか(笑)。いやぁ、漫画みたいな話だが、それはそれでホントに妖精界にトリップしてたのかも‥。
そんな妖精界に転生するには、やはり自然を愛する気持ちがベースになるのではないだろうか。

・天界

天界も色んな天界があるんだろうなと最近よく思う。冒頭で話した私自身の記憶ではギリシャ風の服に羽とかは特に生えてなくて性別も年齢も無くとても綺麗な場所だった。しかし、最近会う人の中で背中に羽が生えてるのがよくわかる人がいる。私の中では自分が天使の羽を生やしてた記憶は無いが、多分そう言う羽を生やしてるいわゆる天使族の様な天界もあるのだろう。
また天使が人間に恋をする様な話も昔からある。と言う事は天使の世界では性別があるのか。あるとすれば、人に恋して落ちてしまうのもカルマ的にも理解しやすい。あるいは性別が無くとも恋する事で性別が生じてしまうのかもしれない。
恋と言うのは純粋な放射状の愛とは違い、この人に愛されたいと言うエゴも含んでいると言える。いわゆる「情」なのだが、その感情の発現によって人間界の方が近いから人間界に転生してしまったと言う感じなのかもしれない。
天界は基本的に利他の心が中心の世界の様に感じている。エゴや現世的な執着を無くしていければ天界などに転生しやすくなるのだろう。

ちなみに天界は六道にも含まれている所から決して輪廻から外れた次元ではなく、人間に比べて寿命が長いだけで天界には天界での死があるのだろうと捉えている。
たまにそう言った書籍で、高次元の存在が「私は輪廻を卒業したもの」なんて言ってるものもあるが、この辺りはちょっと疑問。
自我が存在している時点で自我の消滅に対する恐怖はあるのではないだろうか?
本題から外れてしまうが、輪廻からの解脱と言うのは自我の崩壊そのものではないかと感じている。

霊とは

ざっと転生を前提に主な次元の話をしたが、一つ転生と言う考えでは説明しがたいものがある。それはいわゆる霊能者の言う先祖霊や守護霊の存在だ。
私の守護霊は2代前のお爺ちゃんだ。先祖は大切にしなさい。そんな話しはよく聞くだろう。しかし変だとは思わないだろうか?ご先祖さんの霊がいるなら、ご先祖さんは転生しないのか?守護霊は転生しないのか?

この辺りがややこしいのだが、この守護霊になると言う概念は転生と一緒に考えると色んな矛盾が生じる。そして私自身の体験でさらにややこしくさせる話がある。
何度かの幽体離脱中に私自身を守護してくれる者と接触した事があるのだが、その霊に「アナタは誰ですか?」と尋ねると、キッパリと「私はオマエの前世だ」と答えられた事がある。
自分の前世が守護につくって、これはどう考えたらいいんだ!?ますますワケがわからなくなった。

ここで可能性としてちょっと考えたのは、前世の自分と言うより、最近の言葉で言う自分のハイヤーセルフ、トータルセルフ的なものではないかと言うこと。つまり幾代もの過去世の自分を統括して意識できる深い次元の自分自身の事なのでは?と言う気がしてきている。
だから、今生きてる自分もいれば、過去世の自分の意識も別の次元で守護霊、先祖霊として残っている。成仏できない自分の意識も別の次元に残っており、それら全てを統括して意識できる次元の自分もハイヤーセルフとして存在しているのではないだろうか。

Oさんも覚えてる過去世の中で、どう考えても時代的に同じ時代のはずなのに、全く別の場所で生きてる自分の記憶が2つあると言う話を聞いた事がある。
自分と言う存在が死んでも一人と言うのは、この現世にだけ通じる概念の可能性もある。

まぁ、これは正直言ってあんまり自信の無い仮説だ。どっちにしろ、そこまで語りだすと話が終わらなくなりそうだ。それに地縛霊や浮遊霊と言った存在にしても、あんまり意識するとそう言う方面に縁が深くなるのも事実。そう言う意味でこのサイトでは霊的な話は避けて行く方向なので、そう言う考え方もあると言う事で、これ以降とりあえず幽霊的な話は保留にしておこうと思う。

自分に囚われている

おおよそ転生についての体験談などを中心にざっと語ってきた。
少しは前世と言うものが身近に感じてもらえたのではないだろうか。

周りの職場の人間や友人をよく観察してみる。癖や性格など共通して気に入らない所があれば、それはあなた自身も違う形で持ち合わせている部分なのだ。そう認めると、気にならなくなってくる。
また、共通してすごいなぁ、うらやましいなぁと感じる部分があれば、それもまた違う形であなた自身もどこかに持ち合わせている部分なのだ。
すべてそう言った縁で出来上がった職場関係、友人関係なのだ。その辺りを意識できるようになると、自分自身を変えて行く事で縁を、自分の運命をコントロールして行く事も可能になってくる。

今の状態に満足しているのなら何もする必要は無いのだが、ただ、その縁はその人生は既に数千生、数万生繰り返しており、来世も数千来世、数万来世、繰り返す可能性が高い。
前世は知って面白いものではなく、知れば知るほど人間でいる事に飽き飽きしてくるものだ(人間の生が多い人にとっての話だが)。ほんの数十年しかいられない人の一生は本当に短い。え?っと言う間に墓場だ。この同じ生の繰り返しから少しでも前進するには、一生単位でなく一魂単位で物事を捉えないとなかなか前進できない。
ちょっとそんな事を考えながら、今日は眠ってみて欲しい。
もしかすると今世と似た様な前世の欠片をアナタも夢に見るかもしれない。。

ところで最後に個人的に大好きな映画を一つ紹介したい。それは、まさしくこの人間世界の実態を映像化していると思える映画なのだ。
アンドレイ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」と言う映画である。
これは1972年のソ連映画で、2003年に「ソラリス」としてジェームス・キャメロンらによってもリメイクされているが、哲学的深みのあるのはやはりA・タルコフスキーの「惑星ソラリス」だ。
A・タルコフスキー監督の映画は宗教的で難解なものが多いのだが「惑星ソラリス」は比較的わかりやすくて面白い。

惑星ソラリスに近づくとある異変が起こる。それは潜在意識で執着しているものが実体化してしまうのだ。ソラリスを調査していた宇宙飛行士たちが夢で見たものが翌朝には次々と実体化する。主人公のクリスも亡くなった妻が実体化し本物の妻ではないと分っていても情がわく。相手はコピーなのに、これは本当に愛といえるのか、そもそも愛とは自分の生み出す幻に過ぎなのではないか?と色々考えさせられる話なのだ。ラストシーンではまさに人間と言うものが「自分に囚われている」と考えさせられる。
ここに人間が何故これほど繰り返し人間に転生してしまうのか、同じ生を繰り返してしまうのか、その原因を痛感させられる。
機会があれば是非見てみて欲しい。

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