「管理人旅記録」は、旅先でのあやしひ出来事を中心につづった記録です。 こう言った話が理解し難い方は、すみやかにブラウザーの閉じるボタンを押し、現実に戻って「一瞬変なものを見た気がしたが、これは私の体調不良による幻覚だ!そうに違いない!!」と考え、コップ一杯の青汁を一気飲みして健康な自分を取り戻しましょう。
*枠のある写真はクリックすると拡大して見れます。
いくつか思い出した前世の中でも特に引っ掛りの大きい一つ前の前世。
京都でお坊さんをやっていて、戦争が始まってとても悲しい思いで過ごしていたらしい。そして独自の修行法や目的を自分なりに日記に記録し、来世の自分がそれを読んで引き継げるように親しい人に預けてから死んだ記憶がある。この旅は、その前世の日記を探し出す旅なのだ。
前回の出雲の旅帰りに広島に寄った時、そこで初めて広島にも前世で住んでたかもしれないと言う気がして、京都に帰ってから色々調べ始めた。当初は一時的に住んでたかもしれないと感じる程度だったが調べれば調べるほど結構長く住んでたような気もしてきたのだ。
また前回の旅で後から分かったのだが、広島市内でオレが妙に気になった山と、Oさんが妙に気になった方角がピッタリと一致、しかもその地名には何かとキーワードとして縁深い「竜」の文字が・・。もしかするとこの山に住んでいたのかもしれない・・。
さらに日頃のプチ心霊体験の中、被爆地らしき所を坊さん姿で歩いているイメージまで出てきた。原爆が投下された当時、広島にいたのか?
とにかく気になり始め、もう一度広島に行く事を検討し始めた。
そして8月に入って、ちょっと遅れての盆休みが取れる。チャンス!
そんな訳で今回はその「竜」の文字の付いた地名、「竜王町」と言う所を目指して再び旅立ったのだ。
旅立つ前日になって、高校時代の友人T3から連絡があった。ひみつ日記を見たらしく、ちょうど木曜に出張で広島に行く事になってるとの事。おお、また何やら奇妙な偶然が起こり始めたのか?
とりあえずT3とは木曜の夕方広島市内で会う約束をしておいた。
AM9:00 出発。出発時のオドメーターは105,684km。
出勤時間帯の為か、京都市内は結構混んでいた。30分ほど走って京都南インターから高速に入り大阪方面に向かう。このまま広島へ・・と行きたいところだが、実はちょいと大阪に用事があって一度茨木インターで高速を降りる。
用事というのは茨木にある某農水産物製品開発関係の会社。ここでハイポニカと言う水気耕栽培の研究をされていて一株から13000個のトマトの実をならす事が出来るらしく、障害者施設などいろんな施設に導入されていると聞いて以前からちょっと興味があって今回見学の予約を入れていたのだ。
ちょうどウチの弟が通っている養護施設なんかにもイイんじゃないかと考えていたのだが、先日親に話してみたところ弟の行ってる施設は教会の一部の場所を借りてやってるらしく、そう言ったものの導入は話を持ちかけること自体難しいらしい。まぁでも、とりあえずそのトマトの巨木を見てみたくて今回見学に行ってみた。
高速を降りて10分ほど走ってAM10:00到着。2時間ほど説明や案内をしてもらった。
原理としてはわりと簡単で土を使わず栄養を含んだ水を根っこ部分に絶えず流してやる事で本来の植物の持つ生命力を最大限発揮させる事ができると言った感じらしい。個人的には手ごろな観葉植物なんかでもこんな変化が見れたらもっと一般にも流通するんじゃないかと思ったが、実際やりだすと難しいものなんだろうか。さしあたってカイワレ大根で自作して試してみたい(^^;)。
今回の旅の目的とは直接関係ないので詳細は省略するが、詳しくはこちらで見てもらえればどう言った所かはわかると思う。
植物や自然に関わる仕事柄か、案内してくれた社員の方も非常にノビノビ生き生きした印象の方で、何だかちょっとうらやましい気もした・・。
資料や案内など色々お世話してくださった社員の皆様ありがとうございました。
AM11:50、再び茨木インターから高速に乗る。夕方T3と広島で合う約束をしてるので、広島まで4時間として、もうひたすら広島目指して走るだけって感じになりそうだ。
途中雨も降ってくる。結構激しい雨だ。と思ったら晴れてきたりと天気の移り変わりが激しかった。広島では晴れてくれるとイイのだが・・。高速内では2回ほどパーキングエリアで休んで、プリッツと緑茶と菓子パンを買って地図でルートを確認したところ、広島市内で高速を降りると微妙に遠回りになる事に気が付いて少し手前の千代田インターで降りる事にした。夕方四時前千代田インターを降りてR52号線に入り広島市内に向かう。




PM5:00、広島市内に入りとりあえず今日泊る所を探す。先日の心臓停止時に見た場所が建物の中って印象があったのだが(2003年8月3日の日記のスケッチ参照)、当時被災地で残った建築物は少数のはずだし、原爆ドームそのものだった可能性もあると思い、何か思い出せるきっかけになればと言う事で原爆ドーム近辺で手ごろなビジネスホテルを探す。一件目はあいにく満室、二件目でシングルを一部屋取れた。とりあえずそのホテルに向かって走るが市内は結構混んでる上、微妙に道に迷って同じ所を何度もグルグル走ったりして5時半頃ようやく無事にホテルを発見。
とった部屋は一番安いからか夜景を期待して窓を開けると目の前の手の届きそうな所に隣のマンション・・壁しか見えない(TvT)。まあいっか、明日は郊外の眺めの良さそうなところに泊ろう。
と、ちょうどT3からも電話が入る。彼は出張で広島に来てたのだが、平和大橋で無事に合流。高校時代の友人で、同じ京都市内の近所に住んでると言うのに、一年ぶりに広島で会うとは・・(^^;)。
彼は日帰り出張だったのだが、明日の夜から仕事らしくせっかくだからって事で同じビジネスホテルに泊る事に。そして彼の部屋の窓も開けると手の届きそうな所に隣のマンションだった・・(笑)
PM6:00 ホテルを出て晩飯を食べに行く事にする。・・の前にオレの希望で原爆ドームに立ち寄る。
ホテルから歩いて2、3分。前回の3月に来た時は周りの柵?が工事中かなんかでよく見れなかったが、今回は良く見える。もちろん瓦礫がそのままあってドームの中には入れない。・・・・。あれ?ドームの中って昔バイクで来た時、中に入れた様な気もするが・・、そんな訳ないか・・記憶違い?
そんな事を考えながらジックリ見る。何か出てきそうで出てこないもどかしい思いで一杯だった。先日の夢の現場もここだった様な、ここでなかった様な。しかし冷静に考えると本当に被爆直後、仮に2、3日後に坊さんであった自分がここを歩いていたとしたら、それなりに自分も被爆してたんだろうなと思った。
そこでさらに一つ気が付いた事がある。実はオレは生まれた時から皮膚が弱く、あちこち湿疹が出来やすいのだが、これも前世で被爆してた事が関係あるのでは?と思った。特に右腕には生まれた時から大きな青あざがあり、赤ん坊の時、親が医者に連れて行ってドライアイスで焼いて青あざを消そうとしたらしのだが、その為に大きな湿疹が出来て、それも治療はしたのだが、いまだにあざらしきものは残っている。
また小学生の頃、親父の乗ってたバイクのマフラーで左足の脹脛を火傷したのだが、そこも後々湿疹が出来、同時に何故か火傷も何もしてない右足の脹脛にも左足とちょうど対称の位置に湿疹が現れたのだ。
何だか来世で気が付くようにワザと前世で火傷でもしたのか?とふと思ったりもするのだが、そうだとしたら右腕、右足、左足・・残るは左腕?(^^;)とりあえず今世ではマゾではないので、もう火傷はしたくないんですけど・・(TvT)。
原爆ドームのその横を流れる川がまた異様な空気の重さがあった。ちょっと川のそばに下りてみた。重い・・。前回広島に来た時、Oさんが被爆直後、多くの人が川で亡くなったんじゃないかと話してた事を思い出した。確かに熱さに耐え兼ねてこの川に浸かって死んでしまった人がすごくいたんだと思う。
いや、どうだろう?川の水も殆ど干乾びてたんじゃないのか?もしかして被爆直後に水を飲むと死ぬとか言う事は無かったのだろうか?そんな話を聞いたような気もするのだが・・。だとしたらわずかな水を求めてここに降り、死ぬと分かっていながらも飲んでしまい亡くなった人なんか大勢いたのかもしれない。
そんな人達が今も水を求めて彷徨ってるのかもしれない。
「大丈夫、もう何も熱くないよ」と、そんな霊達に心の中で声をかけつつその場を去る。今は繁華街となったこの辺りの地上と、この川の雰囲気が対照的で何だかとても異様な感じだった。
城好きのT3が広島に来たら広島城に行かねば人間ではないと言いだす(^^;)。とりあえず人間でありたいので広島城へ向かって歩く(笑)。しかし城の中は既に拝観時間を過ぎていて見れなかったので、晩飯を食べに行く事にする。
T3が広島に来たら広島焼きを食べなければ人間ではないと言いだす(^^;)(^^;)。とりあえず人間でありたいので広島焼きを探して歩き出す(笑)(笑)。しかし二人とも広島については全然分からないので、繁華街らしき方向を目指して歩いてみる。地下に入り案内板を見つけて、広島焼きを発見。スペシャルと言う言葉に弱い二人。T3はスペシャル。オレもネギ焼きスペシャルと中ジョッキを注文。あ・・、そう言えば明後日Sさんと広島焼きを食べる約束をしていたのだが・・、まぁ、色々食べ比べるのもいいだろう。とりあえず食べる。満足。店を出てフラフラ繁華街を歩く。途中カフェに入ってコーヒーを飲んで落ち着く。T3は最近買ったVTR(大型バイク)の話をひたすらしていた。オレはもう5、6年以上オートバイに乗ってないはず。ちょっとまた乗りたいって気にもなったが、最近抜け毛も気になるし(笑)ちょっとメットを被る事にも抵抗がある年頃(?)なのだ。・・・・。しかしうらやましい・・。




繁華街を歩いてて気が付いたのだが、何で昔多くの人が亡くなった場所って繁華街になるのだろう?
京都の某繁華街もよく落ち武者の霊とかすごく多いと昔Nさんから聞いた事があったのだが、オレも昔その某所でたまに急に気分が悪くなってどうしようもなくなる事がよくあったので、その為かなと思ったのだが、この広島の繁華街にしても何だか戦時中の状況と対照的で不思議な感じがした・・。どういうエネルギー状態になってるのかよくわからない。
PM9:30 酔いもまわって眠気に耐えれずホテルに戻る事にした。
今日は、とりあえず原爆ドームをもう一度しっかり見ておきたかったと言う感じ。もう半世紀以上も前の出来事ではあるけれど、この先ずっとずっと人類が決して忘れてはいけない歴史の一つでもあるはず。
さて、明日はいよいよ寺探し。気合を入れて寝ます


今回は広島市内での活動が中心だったので、京都からの道などは省略します。
前回の旅でOさんとオレがそれぞれ怪しいと感じていた方角の交差するところがピンクの丸部分。
おそらくオレは一つ前の前世で戦時中、この辺りに住んでたハズ・・。
AM3:00 今朝また意識離脱状態に入る。ベットの横にストンと転げ落ちるような感覚で気が付いた。普通はここで宙に浮かびだすものなのだが、なぜか今日は下に沈んでいくような感覚だった。ちょっと驚いて、気が付くとベットに戻っていたのだが、今度はそのベット上でまた下に沈んでいく感じがして、もしかしてヤバイ?と思い。意識を集中させてそのまま目を覚ましました。不浄霊と波長が合ってしまってるって感じでもなかったので、多分原爆の事とか色々考えながら寝たので気分的に沈んでいくような感覚が残ってたのかも。
AM8:00 あらためて起床。1FのレストランでT3と合流して朝食。
AM9:00 ホテルを出る。クルマは10時まで預けられるので、ちょっと平和公園の方に行く事にした。資料館を見たくなったのだ。T3は興味が無いらしく、値段が高そうだったら公園内をぶらついて待つとの事。
で、資料館の入館料は。50円。・・・・。
オレ「50円やけど・・どないする?(^^;)」T3「し、しゃあないなぁ(--;)」二人で入館決定。
しかしこの資料館、50円だからと言ってなめられない。かなり濃い。とにかく濃い。ムチャクチャ濃い。ズッシリきました。広島に来たらこここそ人間だったら見ておくべき所だと思う。見るに耐えれないけど、本当に見ておくべきだと思った。
現代の漫画やゲーム、TVや映画と言ったメディアが、どれだけ人の命を容易く捉えているか痛感してしまう。人間として忘れてしまいがちな命の重さや尊さと言ったものをあらためて考えさせられた。
この時代の人々は、いつ死んでもおかしくない状況の中で生きていたのだ。毎日どんな事を考えていたのだろう。毎晩どんな思いで眠っていたのだろう。
少なくとも学校や会社の事、クリアーできないゲームや漫画の続き、ドラマや映画、人間関係や恋愛を気にしながら過ごしてる我々の気持ちとは比べ様が無いはず。
ご飯を食べる時だって、レストランでメニューを見てどれがおいしいとか安いとか考えてる我々とは全く違っただろう。
空襲警報が鳴ったらどんな気持ちになるのだろう。どんな思いで聞いていただろう。
同じ様に100年弱を生きる人間として平和な今を生きてる我々の方がずっとずっと幸せなはずなのに、何故かどこか情けなく感じてしまうのは何故なんだろう・・。
と、少々目頭を熱くさせてるうちに10時が近づいたので、とりあえず資料館から出る。
興味なかったはずのT3の方が何やら出てくるのが遅いので(^^;)オレは一足先に車を取りに行く。
AM10:00 車を出すと再び平和公園に戻ってT3を拾う。現在のオドメーターは106,113km。
T3は今日こそ広島城の中に入ると気合入れてるので、広島城まで送り、そこで別れた。T3お疲れ様。京都まで気を付けて。
さて、オレは前世探しが今回の旅のメインなので、とにかく問題の地に向かう事にした。
前回の旅でオレが気になった方角と、Oさんが気になった方角の交差する場所は、「竜」の名のつく土地だった。それは広島市内から西北方角にある山で「竜王町」と言う所。市内を走ってるとやはり気になる山が見えてて、多分そこが竜王町方面の山だろうと思い、その山に向かって走ってたのだが、当然そこらの道が山にそのまま真っ直ぐ向かうわけでもなく(^^;)、道に迷ってしまって一旦クルマを止め地図でルートを探し、また走る。こう言う知らない土地を走る時はさすがにカーナビが欲しいと思う今日この頃。
AM11:00 ようやく竜王町の山道に入る。山の中腹に展望台らしき駐車場があったのでそこにクルマを止めてとにかく近くを歩いてみる事にした。
眺めのいい場所で、とにかく気になる山の方向に向かって歩いてみるが、道が無くなって進めない。再び駐車場まで戻る。竜王公園のあるこの山からさらに北にある山が気になる。とりあえずまた車に乗って北側に行ける道を探して回る。
走ってると途中に霊園があったのだが、これがなんか以前、前世についてスケッチした場所にそっくりのような気がしたのだが、なにぶん道が狭くクルマも止めにくかったので、とりあえずチェックって事で通り過ぎて住宅街らしき近辺を走り回る。しかしドコも道が狭くクルマを止めれそうな場所も無く、もう一度展望台の駐車場まで戻り、ここは一つ自転車を出す事にした。
PM12:00 自転車を荷台から降ろして組み立てる。当時は珍しいと言うだけで衝動買いした折畳式MTB(^^;)。組み立て終わって早速走り出す。
いやぁ、やっぱり山中を自転車で走るのはムチャ気持ちイイ!(下りに限っての話だが)
まずは、さっき気になった霊園に着く。やっぱりスケッチに似てる。いや、山中の霊園って言ったら大概こういう感じの景色ではあるんだけど・・、オレの中では「ここだ!」って確信があったのだ。とりあえずデジカメで写真を撮る。移動中、特にスケッチに近い場所もあったけどちょうど墓参りの人もいて、墓場で写真なんて不謹慎だし撮れなかった(^^;)。
で、この霊園の近くに寺はないのか?と山の頂上方向を目指して歩いてみた。道はもう無かったけど、寺跡とか発見できるかもって思って茂みの中に突入!しかし道がもう全然無い!遭難するかも・・、しかも暑くてしんどい。あ・・お茶か何か飲みものは買っとけば良かった〜。結局何にも見えてこないので、また引き返す(^^;)。
とりあえずこの霊園は前世でも来てるハズって事でチェック。地図で確かめると「三滝霊園」ってとこらしい。次に進む事にした。
地図は持参していたが、細かいところまでは載っておらず、自分がどこにいるかもよくわからない。とにかく勘に任せて自転車で走り回る。
今度は「三滝寺」と言う所にきた。なんか観光地っぽくって、観光客らしき人もポツリポツリといて、ちょっと違うかなーとも思ったがとにかく見てまわる事にした。なにやら三つの滝があるから三滝寺というらしい。・・・・。そのまんまやん。
早速、綺麗な滝が見えてきたが、柵があって近くには行けない。柵の外から写真を撮る。また近くに鐘があった。
さらに石段を登っていくと途中に小さな滝があった。あれ?っと思い、なんとなく「この滝打たれやすそう」と感じた。で、近寄ってみると、ちゃんと滝に打たれられるよう滝の下まで石があって歩けるようになっていた。思わず打たれてみようかと思ったが、替えのパンツは持参してないのでやめた(^^;)。でもこのコンパクトで打たれ易そうな小さい滝は前世で打たれてたかも・・。ちょっとそんな気がした。
また上へ登って行く。上まで来て・・、う〜ん、来た事あるようなないような、も一つ確信めいたものは無かった。ちょっと気になったのは途中のいくつかの祠が天神さんを祭っていた。天神さんと言えば、京都の某天満宮だが、某天満宮と言えば、オレの曾祖父さんが神主をやってた神社でもあり、また以前Nさんが大きな龍が住んでいると教えてくれた神社でもあった。そう言う繋がりでも何やら縁はありそう。
さらに山道はあったのだが何やら石で道を塞がれていた。怪しい。ちょっと進んでみるが、既に結構クタクタになってるオレは、本当にこんな探し方で前世が見つかるのか?と考え直す。お寺の人に聞いてみるのもいいが、前世の話がどうのなんて聞いてもらえるのか?とちょっと弱気な私(^^;)。もしかしてこの辺りの事を図書館なんかで調べたら何か出てくるんじゃないかと思った。そこでとりあえず図書館を探そうと思い、寺を下りだす。
PM1:00 下る途中にお茶屋さんを発見。もう喉がカラカラでヘトヘトの私はここに立ち寄りカキ氷、ミルク金時を食べる。
ようやく生き返って外に出る。目の前に何やら4体の像が立ってるのが見えた。近付いてみる。・・・・。解説らしきものが見つからず誰の像なのかよくわからない。あきらめてまたお茶屋の前まで引き返す。
また少し下り案内地図看板を見つけ、よく見直す。
別れ道の中に三滝山山頂に向かう道を発見。体力も回復した感じなので山頂だけ見ていこうと思い再び登りだす(^^;)。
しかし別れ道から山頂に向かう道に入るとこの道は観光から外れているのか、どんどんケモノ道になっていく。人も誰もいなくて怪しい。とにかく登って行く。
と、その時、向こうに人影が?なんか自衛隊風の作業着姿の男性が座って休んでた。
オレに気付くと驚いた様子で「ここ登られるんですか!?」と声をかけられる。
オレ「ええ」
男性「えっとですねぇ、この辺りこれから消防訓練で2時になったら空から水を撒かれるんですよ」
オレ「ええ?」
男性「だから、まさかこんなトコ通る人はいないと思ってたんですけどねぇ」
オレ「き、危険なんですか?」
男性「危険と言うか・・水をちょっと被るかもしれませんけど・・」
オレ「・・・・」
う〜ん。水を被るって・・。2時まであと10分ほど。
この先に行くなと言われると余計行きたくなるオレは「じゃあ、もうちょっとだけ登ってみます」って事でとにかく進む事にした(^^;)。
しかし、とりあえず歩くのだが、ひたすら山道で何も出てくる気配が無かった。時間は間もなく2時。替えのパンツは持参してないので結局引き返す事にした。
再び先ほどの男性に出会って何気に「この辺りで無くなったか移動された寺って知りませんか?」と聞いてみた。男性「わからないですねぇ」当然と言えば当然の答えだ。




PM2:00過ぎ。 寺を降りて自転車にまたがり山の麓まで降りて今度は図書館を探すことにした。・・の前に、また喉がカラカラで近くにあったスーパーに寄ってアクエリアスを買うついでにレジのお姉さんに図書館を聞いてみると、川の向こうの町、横川駅近辺にあると言う。
アクエリアスを飲み干して橋を渡る。と、河原に沢山の消防車やパトカーが・・。例の消防訓練らしい。そう言えばさっきからやたら飛行機やヘリコプターが飛び回ってる。彼らがオレに水をかけようとしていた訳だ。
どうでもいいが、気になるのは帰りの事。クルマは山の中腹に止めてあるのに既に自転車で山の麓まで降りてきた。って事は帰りはこの山道を延々と自転車を押して登らなければならない事になる。ひえ〜。どうしよう。とにかく今は考えないでおこう・・。
橋を渡って横川駅にたどり着く。とりあえず銀行でお金を下ろして、交差点に立ってたOLらしき人に図書館の行き方を聞いてようやく図書館を発見。ここで何かがわかるかもしれない!と期待に胸を膨らませ、建物に入ると・・
「休館日」だった・・(TvT)。
ここまできて、なんて事だ。図書館は明日行く事にして、まだ3時過ぎだが、今日はこれで帰る事にする。
で、問題はここからクルマの止めてる駐車場まで戻る事!とにかく三滝町まで走り、そこからはひたすら山道。一応今度は緑茶を買って気合入れて自転車を押していく。はぁはぁはぁ。まだかまだかと押していく。ぜいぜいぜい。いや、もう死ぬかも・・。
PM3:30 ようやく駐車場にたどり着く。はぁ〜、もう二度と自転車は持って来ないと誓う(^^;)。
自転車を分解折りたたみ、車に積んで今日泊るところを探し携帯で予約。今日は繁華街から少し離れたところで眺めもいいはず!とにかくホテル目指してクルマで走り出す。




PM4:00 ホテル到着。はぁ。落ち着く。どれどれ夜景はどんな感じかな?と窓を開けると・・!!
そこは足が届きそうな所に隣のホテルの壁!(TvT)(TvT)
そうか、部屋は6000円からと言われて6000円の部屋にしたからホテルの壁なのだ。もうちょっと高い部屋なら夜景が拝めたに違いない。今度広島にくる時はその辺りを予約時に確認した方がいいみたい。
とにかくシャワーを浴びて、付けたくもない二夜連続のオチに悔しさを噛み締めながら布団にうずくまる。
PM6:00 再び起きて、晩飯を食べに出る。
広島駅まで徒歩で5分ほどだった。駅の寿司屋に満腹セット1200円と言うのに目が止まり入る。満腹セットと中ジョッキで満足して店を出る。ブラブラあるいて川があったので河原に降りて酔いを覚ます。
PM8:00 ホテルに戻りとにかく疲れていたのでとにかく寝る。
何だか今日は本当に疲れた。しかし何となくだが、自分の中では前世の寺云々より、前世での原爆についての記憶の方がウェイトが大きい気がして仕方なかった。それも潜在意識に記憶があるのは分かるのだが、やはり思い出したくないと言う感情もそれ以上に強くあって、なかなか引っ張り出せないでいるような感覚がある。
まぁ、とにかく明日は図書館で色々調べてみようと思う。

今朝は直径3センチぐらいの小さなピンクの蓮の花の夢を見た。何か小さな発見があるのかも。
AM8:00 起床。朝食をとる。
AM9:00 ホテルをチェックアウト。一応ホテルの人に大きな図書館はないか聞いてみると、広島城近くに中央図書館があるらしい。中央図書館なら色々竜王町の資料とかも詳しいものがあるかもしれないと思い広島城の方へ向かう。現在、オドメーターは106,147km
広島城周辺を走り回るがよくわからない。仕方なく病院の有料駐車場にクルマを止め歩いて探す。
AM10:00 ようやく中央図書館を発見、入館する。
3Fに広島の資料室の様な所があったのでそこに入る。とにかく竜王町の歴史関係の本を探す。
う〜ん、なかなか詳しいのが見つからない。と言うか、古い資料では「竜王町」の場所が何やら違う地名になっているのだ。もしかして「竜王町」と言う名は最近付いた地名なのだろうか?
とりあえず竜王町の名前の由来について調べてみる事にした。すると、どうも「竜王町」と言う名は戦後、昭和45年頃に付いた名らしい。しかし何故「竜」なのか?
ここでふと昨日寄った三滝寺の「滝」と言う字にも「竜」と言う字が含まれている事に気が付いた。何か竜に関係する伝説でもあるのか? この「滝」と言うキーワードが、どうも気になる。
今度は三滝寺(三滝町)についても調べてみた。しかし三滝寺関係は観光地だけに観光についての情報ばかりでなかなか歴史のわかる話が見つからない。
しかしここでひとつ分かったのは、三滝寺が弘法大師によって開山された寺であるらしい事。そ、そう言えば何やら大師っぽい像もあった・・(^^;)。三滝を「まこと霊地なり」と弘法大師が言ったと伝えられてるようだ。それなりに怪しい場所ではあったみたい。
龍についての話はなかなか見つからなかった。
次に航空写真で調べてみる事にした。航空写真でもあれば自分の住んでた寺跡なんかも見つかるかも・・と思ったのだ。
戦前と現代と見比べられる写真集を見つけた。竜王町辺りはホント最近拓けたみたいで、当時は本当に山の中って感じみたいだ。ふと三滝町についての記事があって読んでみる。するとここでようやく竜にまつわる伝説が見つかった!
本文をそのまま載せる訳にはいかないのでおおよその事を書くと・・
三滝の奥の黒谷の深い穴に途方もない大きな蛇(龍?)が住んでおり、この穴は現在も有り、40〜50年に一度、蛇は出てくるらしく、そのたびに三滝一帯は山津波に襲われるらしい。この蛇は普段はお姫さんの姿をしてると言われている。
大正15年秋、この龍が海に下ったと言われ、山が流れてきたらしい。大松が立ったまま流れてきたと言う。
昭和38年秋、この龍の昇天を見たと言うお婆さん(故人)が地元にいたらしい。
しかし、40〜50年に一度って言うのが本当なら、ちょうど今年からこの先10年以内にまたこの地に龍が現れるハズって事になる・・。
この辺りの伝説が地名に関係してるのだろうか?
そしてもう一つ、気になる話がのっていた。
三滝寺の古い坊さんは杖を持ち一本歯の下駄を履き、カラスを見て「宮島さんが呼んでいる」と言って出かけ、バスも電車もないのに2時間ほどで帰ってきたらしい。当時は空を飛んでいくのだと思われていたらしく、日常生活においても色々奇行が多かったらしい。
ここで「宮島」と言えば、Sさんが宮島は昔、修行の場だったらしいと言ってた話に繋がってくる。今回は宮島の方に行く時間はないが、このお坊さんの話、いつ頃の話なのかは分からないが、この坊さんについて調べてるって理由で、近辺の寺をまわって話を聞くのも一つの手かも、と思った。
やはり、三滝寺近辺は結構怪しい繋がりがありそう。
PM12:00 とりあえず航空写真集に載ってた記事のコピーを取り、図書館1Fの食堂で天ぷらうどんを食べる。
PM12:30 図書館を出る。Sさんとは三次で4時に待ち合わせしてるので、クルマでもう一度三滝寺の方に向かった。
PM1:00 今度は三滝寺にクルマを止め、歩き出す。もう一度案内地図看板を見て、昨日見てなかった展望台と言うのを見つけそこに向かってみる。ふとそこは細い石段を登っていくのだが、そこから見える街の景色が、何となく前世スケッチの一枚に似てる気もした。いや、ありがちなスケッチだし可能性は低いかな。町に近接した山に登れば大概見られる風景でも有るので、昨日の霊園ほどの確信はない。
と言うか、この三滝寺全体があんまり古さを感じさせないというか、わりと新しい感じがしてたので、オレが前世で住んでた寺とは別だとは思うが、まぁご近所さんって感じはある。
小さな展望台には何か建物跡らしき場所があってお墓らしきものが有った。何があったのかちょっと気になったが、わからない。
一休みしてまた降りる。
あらためてここには近いうちまた来てみたいと思った。
PM2:00 クルマで三滝寺を出発。三次に向かう事にする。R52に乗ってひたすら走る。途中ガソリンを給油。雨がポツポツ降ってきた。そう言えばSさんは雨女(^^;)。ちっ、曇り男のオレがまた負けてるのか?
PM3:30 三次に入る。4時にSさんと再会。ファミレスで、オレは晩飯、Sさんは昼飯をとりながら、また怪しい話に花開く(笑)。ドリンクバーとパフェで4時間粘り(笑)、8時には別れる。外はすっかり雨。やっぱり負けた・・って感じだ(笑)。
Sさんは夜勤に向かう。オレは京都に帰るべく三次インターへ。
PM8:30 三次インターから高速に乗る。雨と霧でまた走りにくい。夜と言う事もあり慎重に走る。



PM11:00 姫路を過ぎた辺りで高速の表示板に「西宮北ー宝塚、事故により通行止め」と出ていた!げ、この雨で事故があったのか?西宮北で仕方なく高速を降りると同様のクルマで一般道は渋滞していた。なかなか進まずようやく再び宝塚インターから高速に乗る。京都南インターで降りる。
AM1:00 夜中・・ようやく自宅にたどり着く。オドメーターは106,568km。前世探しの旅・・その一(?)は、こうして幕を閉じる。お疲れ様でした。


京都に帰ってきて、あらためて三滝寺や原爆についてネットなどで調べてみた。
広島原爆の当時の死者は、25,000人。戦後を合わせると260,000人になるらしい。
京都も原爆投下の目標候補に上がっていたのは有名な話だが、京都がそれまで爆撃されなかったのは歴史的文化財の価値云々の為ではなく、この原爆の投下目標として温存されてた為らしい。地形的に原爆の爆風によって効果的に破壊できる理想の場所として、京都も候補に上がっていたらしいのだ。そう言えば確かに町の雰囲気と言うか、すぐ近くが山に囲まれてるトコなんかは広島と京都ってすごく似ている。
三滝寺も山の中にある寺ではあるのだが、一応広島市内になるのだ。
原爆投下地点から約3.5km程しか離れていないと言う場所であり、当時は爆風などで結構被害にあった場所でもあるらしい。
だから全体的に新しい感じがしたのか・・。戦後に色々建て直されたのだろう。
「竜王町」と言う地名も昭和45年頃についた新しい地名らしいし、これもやはり龍の伝説にちなんで付けられたのだろうか?
何かと縁を感じる「竜王町」に「三滝寺」。一つ前の前世で、原爆が投下された当時この近辺に住んでたのは確かだと思った。その後に京都に移ったのか、それともそれまでに京都にいたのかはわからない。戦時中一時的にこの地にいたんじゃないか?と言う気もするのだが・・。次回はさらに詳しく調べてみたい。
しかし調べれば調べるほど原爆についての思い出したくないような記憶も出てきそうで、ちょっと怖い気もする。でも同時に思い出さなければ・・と言う気もしている。と言うか忘れてはいけないような・・。
広島に行く事があったら、資料館は是非見てみて欲しいです。なぜ入館料が50円なのかもよくわかるはずです・・。




ところで、旅から帰って間もなく祖父が他界しました。その関係でドタバタしてしまって、Oさんともじっくり会う間もなく旅の検証もしっかり出来ないまま、気がついたら2ヶ月遅れのとりあえずの公開(^^;)。また何か分かった時は追記として加えたいと思う。ただ、戦時中一つ前の前世の自分はこの三滝町あたりのお坊さんだった事は間違いないと確信できた。これを引き金にして何とか前世の日記を見つけたいのだが・・。果たして・・!?
今後の前世探しの旅にこうご期待って事で・・。





そこにはいったいナニが・・
かなり時間も経ってしまったが、Oさんに広島の旅写真を見せる機会があって、ひとつ小さな発見があったので付け加えます。
左の写真・・。原爆ドームの西側2階の窓の部分。この写真見て何か感じる方はいるだろうか?
実はこの写真を見たOさんが「あれ?何でここ撮ったん?」と驚いた様子で聞いてきた。
何でと言われても、オレは何気に無意識に撮っただけなのだ。しかしOさんは以前から原爆ドームのこの角度から見たこの窓の奥に見える壁がずっと気になってたと言う。
??
この写真は2階の窓。で、奥に見えるレンガの壁は3階の壁。 改めて見直し、感じるモノは、そこに幽霊がいるとかそう言う感じではなく、原爆が落ちる前に関係するような・・。例えば前世の自分が、そこによく来ていたとか・・。また、何となくだが、その壁に絵か何かがあった様なイメージと、2階のその窓から外を眺めてる昔風の女性の様なイメージも出てきた。
で、ちょっと気になり始めてネットで少し調べてみた。 すると「あれ?」と思う画像がいくつか出てきた・・。それは原爆が落ちる前の内部を再現しているCGなのだが、特徴的な大きな階段があり、その雰囲気に何となく見覚えがあるのだ。CGには再現されてなかったが絵なんかがよく並んで飾られていて、それを見ていたような気がするのだ。
しかし、ここで記憶の混乱が生じる。 「旅記録」の「出雲編」の3月1日(土)の記録で「以前バイクで来た事があったのだが、その時は確か中にも入れたが、今は工事中(?)なのか中に入れなくなっていた。」などとマヌケな事を書いていたのだが、よく考えたら原爆ドームの中に入れるわけが無いのだ(^^;)。でも、なぜかドームの中に入って階段を登って壁に並んでる絵や写真を見た様な記憶があるのだ(??)。それも原爆の悲惨さを伝える資料写真などを見た様な記憶の錯覚を起こしていたのだが、そう言った物があるのは資料館の方で原爆ドームではない。しかし資料館は今回の旅で初めて入ったのは確かなのだ(^^;)。
どーも、これは前世の自分が原爆が落ちる前のドームに入った事があり、その時のイメージが今の記憶とごっちゃになってしまってるのではないのか?
そう考え、ちょっと原爆が落ちる前のドームについてさらに調べてみた。
で、分かってきたのは・・原爆ドームは元は「広島県産業奨励館」と言う建物で、物産品の展示・販売や催し会場、博物館、美術館の様な役割も兼ねてたようだ。多くの人に親しまれていた事が容易に想像できる。前世の自分がたまに来ていた可能性も十分にある。この特徴的な階段を登った所に絵なんかも飾られてたのかもしれない。その記憶が現世で原爆と言うイメージとごっちゃになって、ドームの中が資料館になってるような記憶が出来てしまったのかもしれない。
では、この写真は?絵や女の人のイメージは?その辺りまでの正体はわからない。わかったとしても前世の自分の詳細を知る大きな手がかりに繋がる感じも無さそうなので、この辺りは特に今後積極的に調べるのはよそうと思う。三滝寺中心に調べた方が早そうだ。
この窓に関する引っ掛りは、もしかするとそこでのちょっとした何か心に残る思い出の様な記憶に触れてしまったのかもしれない・・。
もし前世の日記が見つかったら、その日記に一つのエピソードとして何か出てくるのかもしれない・・。