前世の日記探し1-出雲編

前世の日記探し1-出雲編 2003年03月09日 22:29 Pages: 1 2 3 4

★ここで、いまさらながら地図です★

出雲-地図

 

2003年2月28日(金)「し、死にますかね?」

AM7:30 旅館で朝食をいただく。食堂に行くと、ゲッ!オレ以外カップルばっかりだった。まぁ温泉旅館やしなぁ、そんなもんか(笑)。そそくさと食事を済ませる。
ちょこっと入浴剤でも買っていこうと温泉入り口の小さな売店に行くと、掃除をしていたおばちゃんが慌ててレジの電源を入れだす。こっちの売店は10時からだったらしい。ちょっと申し訳なかったなと思いつつ部屋に戻る途中、昨日見つけた例の「夕張メロンミルク」を買おうとするとこれまた電源が入ってない~!う~ん、さっきのおばちゃんをまた呼んで電源入れてもらうのも何だか悪い気がして、あきらめる事にした。どーせ近所でまた見つかるだろう(・・しかし、これ以降「夕張メロンミルク」を見かける事は二度と無かった^^;)。

AM9:00 チェックアウト。どうでもいいが今日は晴天!とりあえず近所の須佐神社を見に行く事にする。旅館のすぐ近くにあり、小さな神社だった。祭神はスサノオで、須佐神社の向かい側に小道をはさんでまた天照社と言うさらに小さな神社があった。こっちはアマテラスを祭ってる様だ。ちょうど時間的に天照社の屋根上に太陽が昇っている。真東に建てられている事がわかる。
須佐神社の七不思議は、まぁよくある内容だったが名称がちょっとカッコイイ。

~須佐神社の七不思議(結構、適当なので詳しくは検索でもしましょう)~
1.塩井(しおのい) :海に通じる井戸らしく、やや塩辛い水が出る?
2.神馬(しんば):ここに奉献された神馬は、みな白馬になる?
3.相生の松(あいおいのまつ):昔、雄松、雌松の両肌の一本の松が裏にあったらしい?
4.陰無桜(かげなしざくら) :昔、神託で切られ切り株となった桜が、以後茂らず枯れずに残ってる?
5.落葉の槙(おちばのまき):稲田姫が槙の葉で包んだ後産を川に流し、流れ着いた所に槙(柏)と松が生えた?
6.星滑(ほしなめら) :須佐の山中、岩肌の部分が妖しく光る?
7.雨壷(あまつぼ) :近くに岩があり、岩の穴をかき回すと大暴風雨が起こる?

  • 出雲
    須佐神社。出雲国風土記
    にも出てくる由緒ある古社
  • 出雲
    ここにも大きな
    注連縄がある
  • 出雲
    お向いさんの
    天照社です
  • 出雲
    すぐ横は川です

 

AM9:30 クルマで走り出す。現在、オドメーターは104,503km。地図を開くと近くに「龍頭の滝」と言うのがあったので探してみる。
10分ほど走って看板のあるガレージを見つける。クルマを降りて歩いてくと一面の雪!え?この先にあるのか?普通の靴で大丈夫なのか?とりあえず足跡をたどって積もった雪の中を小走り走りぬける。
森に入って雪もなくなり別れ道が出てくる。雌滝と雄滝の二つがあるらしい。とりあえず近い雌滝を見に行く。おお!綺麗な滝が見えてきた。雄滝は、この雌滝の上流にあるようだ。また別れ道まで戻って今度は雄滝を目指す。5分ほど山道を登ると、今度はデッカイまさに滝!って感じの滝が見えてきた。近づくと霧状に水が・・!滝の下の方には綺麗な虹が見えてる。
イイなぁ。ここで弁当食いたい~。朝、旅館で残り物分けてもらって作ればよかった(笑)。しばらく休憩して気が済んだので引き返す。

さて、Sさんらとは夕方会う約束をしてるのだが、まだまだ時間があるので、ちょっと今日の晴れ具合が悔しいので、もう一度出雲大社に参ってやろうかとか考えたが(笑)それも間抜けなので、とりあえず出雲市内に戻って出雲文化伝承館と言う所に行ってみる事にする。

 

AM11:30 出雲文化伝承館を見つけ、入館。よくわからないが名前からにして出雲のなんたるかを見れるものと思ってたら、どーも昔の家を再現して展示しているって感じの所だった。
順路の途中、抹茶をいただける所があり頼んでみた。本物の抹茶は小さい時に飲んだような覚えがあるが、あらためて飲むと・・うん、おいしい。しかし抹茶を持ってきてくれる女の人がやっぱり礼儀作法がしっかりしていて、逆にこっちが緊張してしまう。でも作法なんてよくわからないので普通に飲んでくつろぐ私であった‥。帰り際に「作法とかよくわからなくて失礼しましたぁ」と笑いながら声をかけると、「とんでもございません、大丈夫ですよ」と優しく笑顔で答えてくださった。いい人だ。

  • 出雲
    結構なお庭でございます。
  • 出雲
    よろしゅうございます。
  • 出雲
    ああ~、昼寝したい!

 

PM1:30 出雲文化伝承館を出る。広島に行く前にまた寄りたい神社があったのでR9に戻って海岸沿いに西に向かう。明日は高速で京都に帰る予定だが、どーもタイヤが心配になってきた。あらためて見るとインジケーターなんかとっくに跡形も無くホントに溝が消えかかってる‥!。途中タイヤ店に寄って在庫を見てもらうが4本で8万前後のものしかなかった。四駆だし高いのかもしれないが前回換えた時は確か4、5万だった気もするので、とりあえずパス。太田市を通過しR375に入って広島方面に向かう。

PM3:00 途中、物部神社(もののべじんじゃ)に寄った。昔描いてた「ゆらとふるへ」と言う漫画の中で、主人公の使う古神道の術で「十種神法(とくさのかむのり)」と言うのがあったのだが、これのモデルとなった「十種の神宝(とくさのかむたから)」と言う幻の神宝が実際に納められていたと言う伝説のある神社の一つがこの物部神社なのだ。
まぁ、今さら来て取材しても仕方ないのだが‥、一応寄るだけ寄ってみたくて寄ってみたって感じ。思ってたより大きな神社だった。社務所は閉まってる様で、由緒書きとかはもらえなかったが、とりあえず妖しそう(^^)。

クルマに戻って、ここで時計を見て計算し始める。Sさんとは広島の東の方、三次市で会う約束をしてたのだが、待ち合わせは夕方5時。で今がPM3:30。三次までは約60km。平均40km/h以上で走れば間に合う計算。でもSさんに会う前に今のタイヤで高速走っても死なないかどうか、どこかで見てもらいたい(笑)。そんな訳でちょっと飛ばし気味で山道を走りだす。

  • 出雲
    物部神社です。結構大きい
  • 出雲
    本殿です
  • 出雲
    龍がヨダレ・・もとい水を
    噴いてる

 

PM4:30 何とか三次市内に入る。とりあえず急いでタイヤ店をさがす。と、オートバックスがあった。
店員を呼んでクルマを見てもらうと、クルマに近づく数十メートル手前で叫ぶ店員「うわっ!!」、オレ「え?」、店員「これで京都まで高速で・・?」、オレ「し、死にますかね?」。しばし沈黙の二人‥。
そんな訳でやはりタイヤ交換は必然のようで(笑)・・。4本税込み6万弱であったので、それに交換してもらう。「このタイヤ・・すごい距離走りましたねぇ」とひきつった笑顔で話す店員が印象的だった。皆さんタイヤ交換はお早めに・・(笑)。
待ってる間に少し遅れるとSさんに電話を入れる。 30分ほどで交換も済む。しかしメカニックの人がエアーフィルターもヤバイと教えてくれる。在庫は無いので京都に帰ったら早めに交換した方がいいとの事。やっぱし‥。とりあえず急いでSさんとの待ち合わせ場所の駅へ。

PM5:15 無事にSさんと再会。チベットの生が多いせいか、やっぱり会うとチベットの人?って感じのSさん。近くのファミレスで話し込む。しかし色々聞かされ、どーも今は普通に暮らしたいと言う気持ちが強い事がよくわかってきた。・・・・。って何の話やねん?と思われるだろうが、やっぱりここでは書けない内容でした。でも、ひみつ日記「求職活動編」「怪しさ爆裂編」辺りの状況に近いと言えば近いのかも・・。って余計わからんね。でもこの辺りは何年後になるかはわからないけど、いつか嫌でも書くべき時が来るハズなのでその時までって事で(-_-;)。
PM7:00 ようやくOさんとZKさんが到着。MNさんはやはり京都で鍋の支度して待ってるとの事。2人は高速バスで4、5時間かけて来てくれた。ホントお疲れ様でした。4人で色々話し込む。

PM8:30 とりあえずSさんはこれから夜勤の仕事があるので、明日また会う約束をして仕事先までクルマで送る。その後Oさん、ZKさんとの3人で広島市へ。Oさんが市内のユースホステルに予約を入れてくれてるのだ。しかし三次から広島までの道などわからず、夜だけに道を探すのも厄介そうで高速の入り口もわからないので、とりあえず広島までまた60kmとの看板を見つけてそれに従って走る。
一応チェックインはPM9:00だが、多分急いでもPM10:00頃だろうと思い、事前に遅れる電話をOさんに入れてもらう。何だか今日はやたら時間に追われてる。
ようやく広島市内に入るが、ユースホステルの場所が全くわからない~。オレのクルマには、カーナビなんてものは無いので地図と標識を見比べながら探し、勘を頼りに走り回る。10分ほど迷って、やっと見つける。小高い丘の上にあった。そしてほぼPM10:00キッカリにチェックイン。
男女別々に棟が別れてるので一旦、OさんZKさんと別れ、風呂に入って再び食堂に集まって明日の予定など話し込む。 AM0:30 Oさんらと別れて寝床につく。部屋には6つほどベットがあり、まぁ平日でほとんど人もいない様で相部屋になる人はいなかった。

さて、ここで一応、今のSさんについては語りにくいって事で前世での話を・・。
Sさんとは数生前、チベットで一緒に修行僧をやっていた。なにやらそう言う団体にいて、修行中はいつも左手にSさんがいて、目の前には指導者らしき人が背中を向けて座っていた。右手にも仲の良かった親友がいたはずだが、今世では確認できていない。オレはどーもこの指導者のやり方が気に入らなくて途中でこの団体を抜けたのだ。これ以降はずっと一人で修行していた様で、いつも丘の上の大きな木の下で瞑想していた。この時によくふざけて修行を邪魔しに来ていた子供(男の子)がOさんなのだ。
また、以前Sさんからも聞いたのだが、Sさんもこの時、その指導者と敵対して数人の仲間と共に団体から抜けた覚えがあるらしい。

ちなみにこれらの記憶は一応、出てきた記憶をOさんらと確認しあったりして繋げた話で正確ではない。実際は何生かにまたがってあった記憶かもしれない。とりあえずは、これ以降一人で修行するようになってからチベットを離れて日本で転生する様になったんだと思う。
多分、平安時代初期に日本に来てからは主に古神道(昔の神道)で修行をするようになって、この時Nさんらとも関わったはず。
それ以降江戸時代とかになるとほとんど記憶が出てこないのだが、幕末辺りからまた薄っすら記憶している。

怪しい話もこの辺で。そろそろ寝る事にします。とりあえず今日は昼からドタバタの一日だったような気が・・。明日は昼過ぎに京都で鍋をやるって事で、京都でMNさんらが用意してくれているハズなので、朝から広島を発つ事になりそう。・・・。って、オレら広島には泊りに来ただけ?

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:239km
  • 出費(約):お土産(入浴剤など)1,500、伝承館(抹茶込み)1,000、夕食1,500、宿泊2,500・・計7,000弱(プラス、タイヤ60,000弱)
  • 主なBGM:尾崎豊と尾崎豊(@_@;)
  • 出雲
    ミステリアスで
    ありたいのだ
  • 出雲
    今日に限って晴天なり・・

 

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