生まれる前の記憶

生まれる前の記憶 2011年12月28日 00:10

今回紹介するのは私の話ではなく、このサイトの読者の方の話になる。
このサイトの記事の中でも何度か書いた、天界の記憶に関連した話だ。

ギリシャ風の神殿の大きなテーブルを前にOさんとよく話をしていた記憶の中で、Oさんが、別の記憶で何やらパネルを操作して、宇宙の惑星同士の衝突を出来るだけ避けるために惑星などの軌道を操作してた記憶の話(日記2004年11月29日「怪しい集い・・」参照)があったのだが、実はその記事を読んで、同じ記憶を持っていると言う方からメッセージを頂いたのだ。

その方は前世で亡くなった所から今世で生まれるまでの記憶をかなり鮮明に持っている貴重な人で、かなり面白い話だった。本人の了解を得て今回書いてみる事にした。
ここでは仮にBさんとしよう。Bさんの記憶は以下のような感じだ。

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それはひとつ前の前世において、交通事故か何かで自分が亡くなった場面から始まる。
30歳前後の男性で奥さんを残して亡くなってしまい、奥さんが心配でしばらくは成仏できずに、奥さんのそばにずっと留まっていたらしい。
突然の死の上、奥さんに悲しまれると死者にとっては当然余計に未練も大きくなり、なかなか旅立てなかったのだろう。

ようやく奥さんも立ち直り、もう大丈夫だろうと思えるようになって、Bさんもこの世を離れて成仏したようだ。
本人曰く15年ぐらいかかった様な気がするとのこと。

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    寂しい山道を歩く

さて、アチラの世界に入って、気がつくとひたすら寂しい山道を歩いていたと言う。
道の横には、ちょうど恐山なんかでよく見る、あの石をいくつか積み上げられた様なものが、沢山あったという。

この積み石は何の意味があるのか、この辺りも後々分かってくる。
Bさんの体験では、いわゆる三途の川は出てこなかった。よく臨死体験では定番の三途の川だが、この辺りは、その人の宗教観、価値観によってもイメージが変わるのかもしれない。

しばらく歩くとどこかの建物の中に入り、何やら人が3列ほどで並んでいた。
Bさんも自然とその一列に並ぶ。

ようやく順番が回って、先頭にたどり着くと、係りの様な人に何か色々話をされ、指示され、また次の場面へと変っていったらしい。

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    閻魔の鏡イベントか?

この列に並んで指示される場面。。おそらく生前の行いから、これからの行き先を案内されるようなイベントなのだろう。
昔話では閻魔様が出てきて、天国に行くか地獄に行くか裁かれるシーンだ。
生前の行いが、みんなの前で全て映し出されて、行き先を決められると言う、あの「閻魔の鏡」も、おそらくこのイベントの段階を表しているのだろう。

誰にも知られたくないあぁんな事とか、こぉんな事とか、みんなの前で赤裸々に堂々公開されてしまうと言う、あの「閻魔の鏡」イベント。あれだけは、勘弁して欲しいと思っているのは私だけではないはずだ!!

しかし最近はアチラの世界も人手不足で、一人一人そんな風に見ていく暇も無くなってきたのだろうか。三人体制で次々と順番が来ると言うのも、なんだか慌ただしい。
もしかすると、その判定を下す側の求人情報も探せばあるかもしれない。今度死んだ時は是非確認してみよう!

とにかくこれは、一人一人の潜在意識において生前の引っ掛かっているものが、浮き上がってくる(露わになってくる)段階なのだろう。
それらのカルマによって、自ら次の行く先を選択する、そういう段階だと考えられる。
ただ、これも人によってイメージが違うだけなのかもしれないし、人によっては潜在意識が織りなす自分物語をアチラの皆さんに公開しなくてはならないケースもあるのかもしれないので油断はできない!

次に来たところは、なにか一面水の様な沼のような所だったと言う。
水は膝まで浸かり、とりあえずあんまり心地の良くない場所だったらしい。
周りを見ると、最初に見たあの積み石の大きなバージョンとでも言おうか、それが塔のようにいくつか立っている。
よく見るとそれぞれ人が積んでいってるようだ。

するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「2万年そこにいるか、それとも石を積むか」そんな意味の声だった。
「2万年ってナンダ??そんなにこんな所になんかいられるか!」。。かと言って、こんな心地の悪い所でジッとしているのもつらい。とりあえず渋々ながらもBさんは石を積み始めるのだ。

しかし重い石をひたすら積むなんて、そう簡単な事ではない。何のために積むのかとか、何の意味があるのかとか、全く分からない。
バカらしくなって積むのを辞める。でもこんな心地の悪い所にこのままいるのも嫌だ。かと言って石を積んでいけば何か状況が変わるのかと言えば、それもわからない。
他をみると同じように迷う者もいれば、ただ黙って石を積み続ける者、早々にあきらめ何か穴の様な所にうずくまってじっとしている者もいる。あんな風になるのも嫌だなぁと、また石を積み始めるBさん。

どのぐらい時間が経っただろうか?それなりの高さになってきた積み石。
その頃にはBさん自身、ひたすら力を使う作業だけにやたら体が筋肉質になってきた。
ふと周りを見ると、同じ様に石を積み続けてる人達の中に、やたらスイスイと軽々しく石を積んでいってる人もいた。

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    子供が軽々と積んでる!

どんな大男が積んでるんだろうと近づくと、よくみると大男ではなく小さな子供ではないか!
それも何か力を使って石を積んでると言うより霊力の様な力でひょいひょいと軽やかに積んでいってるではないか。

なんでこんな小さな子がスイスイと石が積めるんだとBさんは不思議に思い、本人に聞いてみた。するとその子は、ただ「積んでいれば、そのうちわかるよ」と答えるだけだった。

どれぐらいの月日が流れたのか、もう何でこんな事をしているのかとか、しんどいとか、そんな事はいちいち考えなくなっていった。ただ無心に積み続けていた。
その頃からか、今までどんどん筋肉質な大男になっていく自分が、今度はどんどん若返って体が子供の様に小さくなっていく事に気が付いた。
その頃には、もう物理的な力は使っていない。何か精神的な不思議な力でスイスイと積み上げていってる自分がいた。あの子供が言っていた「そのうちわかるよ」と言うのは、こう言う事なのか。

しかし何故Bさんは、筋肉質な男から今度はどんどん子供に若返っていったのだろう。
おそらくこの「積み石」と言う作業は、自己の「囚われ」を落としていく作業なのではないかと思う。
「重い石」を積み続けると「筋肉が付く」と言うのも冷静に考えれば、コチラの世界つまり物質世界においての概念なので、肉体を持たないアチラの世でも通用すると言うのも、単にそういう感覚をアチラの世界に持ち込んでいる、言い方を変えれば物質的概念に「囚われている」に過ぎない為と解釈できる。

別記事エリアシフトの最後にも書いてるように、アチラの世界はイメージの世界であるにもかかわらず、この物質世界以上の鮮明感のある次元もある様なので、どうしても生前の感覚で解釈してしまいやすい部分は多々あると思う。
しかしこれは、物質世界、人間世界に対する囚われが残っているに過ぎない。
最初の「何でこんな事をしなきゃならないのか」とか「どうすればこんな心地の悪い所から抜けられるか」とか、これらも結局自己への囚われとも言える。
それら囚われが、ひたすら石を積み続ける事によって、どうでもよくなっていく、「囚われなくなっていく」事によって、どんどん軽々と石が積める様になっていったと考えられる。
若返っていくのは、そういった固定概念が剥がれていく事によって、本来の純粋な子供の様な自分の潜在意識が露わになっていく事を表しているのではないかと思う。
もちろんこれは正確な解釈だとは思わないが、イメージ的にそんな感じではないかと、話を聞いた時に私は思った。

やがて、いつしか積み上げた石が天にまで届く高さになってきた。Bさんは、自分で積み上げた高い高い石の塔をよじ登り、そのまま雲の上に辿り着いた。沼地の様な地獄から脱出できたのだ。

雲の上に辿り着いた時、なにか神々しい大きな存在を見た気がすると言う。
しかし残念ながら、その部分はよく思いだせないらしい。
とにかく愛にあふれた神様って感じの存在とそこで出会い感動した雰囲気だけは何となく覚えていると言う。

このイメージは、臨死体験の中でもよく耳にする。「何か大きな存在に会った」「神がいた」など。
まさに「自己への囚われ」が剥がれおちて、既に自分が「神々の愛」の中にいたという事に気づく瞬間だったのだろう。

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    天界!?

雲の上に来たBさん。そこはまさしく天界って感じの場所だったらしい。
雲の上にギリシャ風の神殿の様な建物が建っていたと言う。

この辺りの天界の話は聞けば聞くほど、私やOさんと共有していた天界のイメージに近い。
私の中ではそこまで鮮明な記憶はなく、とにかく何かよくわからないけど綺麗な場所だったなぁと言う程度のイメージしかないので、自分の中にある天界の場所と、Bさんの記憶の天界の場所と同じかどうかはわからないが、イメージ的には非常に似通っている。

またOさんの話では、その神殿の様な所に行くには長い螺旋階段を登って行ったと言っていた。私の中では何か柱の並んだ廊下の様な通路を歩いた様な記憶もある。それぞれ、天界のどこかの場所の記憶かもしれないが、共通しているのは、やはりギリシャ風の建物で、そこの人はみな白い服を着ていた事だ。
天使の様に羽を生やした人は見かけなかった。。

ちなみに「京ひぷの」でのグループワークでもやはり天界でお客さんの前世と会ってる記憶が出てくる事もあったが、その記憶では、みな羽を生やした天使の様な世界で、どこかの城の様な所の入り口で警備の様な事をしてる記憶が出てきた。
おそらくそういった羽を生やした天使の様な天界も、また別の所にあるのだと思う。

さてBさんの話に戻る。
Bさんは、そのギリシャ風の建物の中で、どこか大きなモニターのある部屋に行き、そこで惑星の無駄な衝突を避ける為に軌道を操作する仕事をしていたと言う。
何人か他にも人がいて、それぞれが画面に向かって操作してる。空中の画面を見ながらタッチパネルの様に操って仕事をしていたと言う。

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    惑星の軌道をコントロール

この辺りはOさんの言ってたイメージと全く同じでビックリした。
私がOさんから聞いた話では、やはり画面に向かってパネルを操作して、惑星の無駄な衝突を避ける仕事で、とてつもない計算をしながら、その惑星の軌道を変えていったという。
この辺りは、Bさんの話す内容と全く同じだ。
このサイトでは省略して話してない様な細かい所も、Bさんが喋るので、ああ、やっぱり本当にそんな所があるんだなと感心させられた。

Bさんは、この仕事をどれぐらい続けていたかは分からないが、結構長い間そこにいたらしい。
そこにいる間、他の人達の中に時折しばらく居なくなり、そしてまた現れる人が何人かいたと言う。
Bさんが言うには、しばらく居なくなる人は、居ない間どーもこちらの地上の世界に転生してるんだろうとの事。

Bさん自身は結構そこに長くいて、その間に何周も転生してる人もいたと言う。
やがて何かBさんも「そろそろ自分もいかなきゃ・・」と感じる様になったと言う。
そして地上に転生する為に、そこから出発したと言う。
やはり天界とは言え、そこに永住する様な感じでもないのだろうか。

気が付くとまたひたすら寂しい長い長い道を歩いてる。
今度はまた人間へと転生する為の旅だ。

やがてどこかの小屋に辿り着き、そこにしばらく滞在したと言う。
その小屋には気のイイお爺さんと、他にもそこを出入りする人が何人かいて、みなで語りあったと言う。
転生の待機場所の様な所なのだろうか。

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    旅の休憩

何日ぐらい滞在したかわからないが、日に日に一人また一人と周りの人が旅立っていき、最後は、そのお爺さんとBさんの二人だけになったと言う。
なんとなくずっとそこでお爺さんと話していたい様な、さみしい様な感じだったらしい。
この小屋での記憶がBさんにとっては何か心地良かったようで、懐かしそうに話すのが印象的だった。

やがて、大男がBさんを迎えに来たと言う。
Bさんは大男についていき、また歩き出す。
大男について行くとどんどん山奥に入っていく。
そのある山の斜面を歩いてる途中、気が付くといつの間にか大男の姿は見えなくなっていた。

どうしようかと思いながら辺りをよく見ると、その山の斜面に、いくつもの穴が開いていた。
何の穴だろうと、その一つを覗き込んでみたと言う。
そのままBさんは、その穴の中を進んでみた。

しかし中は狭く、引き返そうにも狭くて方向転換できず、かと言ってバックする事も難しく、そのままどんどん穴の中を進んで行ったという。

そのうち穴はさらに狭くなる。よく見ると、穴の向うに何か光が見える。
出口だ!

Bさんはその出口を目指してどんどん進む。
そして、その眩しい光の出口に飛び込んだ。

その出口を抜けると、そこはコチラの世界。この地上の世界だった。Bさんはそのままこの地上で生まれてきたと言う。

この生まれた直後の記憶も続きで覚えていると言う。しかしその記憶もいつしか途絶えていく。
この人間界の概念的情報が大量に流れ込んできて、そのまま記憶を失ったのだろう。
そして人間としての新しい記憶が積み上げられていくうちに、この記憶は消えていったようだ。

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以上がBさんの語ってくれた生まれる前の記憶の物語だ。
この記憶は昔からあったそうだが、自分の空想だろうと、すっかり忘れていたそうだ。
しかし、この「ゆらとふるへ」のサイトでOさんの「惑星の軌道を修正する仕事」の話を見つけて、自分のこの記憶がただの空想では無かったんだと驚いて、思わず連絡をくれたそうだ。

天界での記憶はヒプノのお客さんの中でもたまに思い出す人もいるが、天界の様子は人によって、くい違いは沢山ある。しかし所々似た表現をする人もいて、「あれ?その話、最近、他のお客さんも似た様な話をしてたなぁ」と驚かされる事もある。
アチラの世はどーもイメージ主体の世界であり、そこに入る魂によって見え方にズレはあるものの、心の動きから見ていくと、多くの話の流れに共通する関係性が明確に見えてくる。

Bさんの物語も、最初の沼地の様な所で「2万年か石を積むか」と言われてひたすら石を積んで天に上っていく場面。
この沼地は地獄の一種だと思うが、別に苦しい感じでもないので、比較的軽い地獄と言えるだろう。
そこで2万年も過ごす意味、そしてあるいは石をひたすら積むという行為の意味。
これは書いたように「囚われ」の消化の意味があると思う。

つまりBさんの中にある、この世に対する「未練」、奥さんの事や自分の事も含め、あらゆる「執着」が沼地を意味し、そこに足を囚われている状態だと解釈できる。
その囚われをとるには、ひたすら忘れるまでそこに留まるしかない。しかしエリアシフトでも書いているが、アチラの世はコチラの世と違い時間の流れも違うので、コチラではすぐに忘れられるような事もアチラの世界では時間が止まっているがごとく、忘れる事自体が難しい次元っぽい。

だから石を積み上げるなど一見意味を持たない行動をとって行く事で忘れる。。と言うよりは執着を手放していくと言う意味があるのだろう。
だから天に届くほど積み上げる頃にはBさん自身、なぜ石を積むのかとか、嫌だなぁとか、そんな事も感じず、ただ無心に積み続けると言う状態に近づいたのだろう。
全ての苦しみはあらゆるものに魂が「囚われ」る事で生じる。
その囚われを手放して行く事でBさんの魂は軽くなり、地獄から抜け出る事が出来たのだろう。

こちらの世界で見かける積み石なんかは、ある意味、残された人たちが、亡くなった人に対して、早く高い世界に行けるようにと、苦しみに対する囚われから抜けれるようにとの願いから、サポート的な意味合いで積むのかもしれない。
ちょうど花を添えると、あの世で亡くなった人のそばに花が咲いて、勇気づけると言う意味合いと似ていると思う。
今回のこの話で、私が一番印象に残ったのは、この積み石の部分だ。

また時間的概念が、どーもこちらの世と全く違う事が、あらためて感じさせられた。
積み石の場面はBさん曰く数百年かかったようだが、その感覚もこちらの感覚に置き換えると数カ月って感じだと言う。
いや、それ以前に何万年も経ってたら、ひとつ前の前世で亡くなった理由が交通事故と言うのもおかしいという事になる。
同時に天界の場面では、Bさん以外の人が何人も繰り返しこちらに転生してると言うのだから、そもそも時間の流れ方がこちらと全く違っている事がわかる。
そうなると、我々は、自分の前世は「過去」と当然の様に考えるが、実際はそうとは限らないのかもしれない。
もしかすると、人によっては前世の自分が今現在別人として生きている、前世が今世と重なってる魂もいるのかもしれない。
ヒプノでも時々(私自身もそうだが)、前世がいくつか時間的に重なってる人もいる。
時間の流れに沿って輪廻転生すると言うのは、ただその概念に我々が囚われているだけに過ぎないのかもしれない。

もしかすると身近な人が、自分の前世であったり来世であったりするのかもしれない。
そんな風に考えだすと、もう実際どうなってるんだと答えを明確にしようとすること自体意味がないのかもしれない。

まぁでも死後の世界は死後の世界なので、死んでみないと本当にわからない。
いずれ死んでアチラの世界に逝かれた時は、地獄に落ちても慌てず焦らず是非この記事を思い出して地道に頑張って脱出して欲しい。

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追記。
この記事を書き終えて、Bさんに掲載内容を確認してもらおうと久々に連絡を取ってみたら、ちょうどBさんも自分の記憶をまとめてブログに書きだした所だったらしい。そんな訳で、そのブログのリンクも貼っておきます。

「前世?天界?って感じの記憶を元にオカルトを科学するブログ」

http://blogs.yahoo.co.jp/biribirizaemon887347/2003124.html

ちなみに基本的に当サイトから他所にリンクを張る事は避けてきたのですが(当サイトのカラー上、迷惑がかかる様な事もあるかもしれないので^^;)、それがたまたまなのか前回から結果的に他所に連続でリンクを貼ってる状況なのですが、他所サイトの運営や価値観、方針等については当サイトのそれとは互いに一切関係がありません。他サイトの事を当サイトで問合せされても、またその逆も互いに一切わからないので、ご了承ください。

なぜ、あらためてこんな書き方をするのかと言うと、それは。。次回書きます。
実は、また霊的に妙な事が最近ありまして、他にも知らず知らずに似た様な事に巻き込まれてる人がいるかもしれないので、問題のない範囲で早めに、出来れば年内に書きたいと思ってます。お楽しみに。

 

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