日記探し進捗状況

ヒプノセラピー(前世療法)体験記 2008年08月15日 21:25

ちょっと書きたくなりました。

実は先日、ヒプノセラピーを受けてきた。
ヒプノはいわゆる前世療法で、現世での色んな障害の原因が前世にある場合、それを思い出す事で癒されると言う催眠療法の一種だ。

いや、別に特にそんな障害があるわけではないし、しかも自分の場合すでに沢山の前世を自分で思い出してるし、必要ないと言えば必要ないんだけど。
ただここ最近ずっとヒプノと言うキーワードに引っ掛かっていて、何かある様な気がして興味半分で受けてみたのだ。

しかしセラピストさんは沢山いすぎて迷いました。とりあえず直感で何となく縁のありそうな人をネットで捜し、仮称ATさん(男性でカウンセラーでもある方)に決めました。

8月11日(月)、会社帰りに立ち寄った。小さな小部屋で、まずはカウンセリング。
ここでは今まで自分が思い出したいくつもの前世の記憶を語った。そして今回の目的を前世の日記探しに絞ってみた。(「日記2005.5.25参照)

1時間ぐらいカウンセリングした後、布団に寝転がり、横で先生の誘導が始まる。
催眠と言ってもそんな意識が飛ぶ様な感覚は無く怖くはなかった。よくある暗示誘導みたいな感じで「アナタは森の中を歩いてます・・○○が見えてきました・・」って感じでイメージしながら誘導されていった。

***

最初に見えてきたのは、広島の三滝霊園。これは以前、瞑想中にも見たシーン。
暑い夏で、セミがみんみん鳴いている。自分は70歳近く。昭和30年代~40年前後か?そんな雰囲気。
並ぶお墓の前で、原爆の日の事を思い出している。何かとても寂しく切ない感じ。戦争は終わった・・。大変な人生だった・・。多分、自分ももうすぐ亡くなるんだろう。これからこの世が本当の意味で平和になってくれたらいいのに・・そんな事を考えながら景色を眺めていた。

***

次に原爆投下直後まで遡る。
赤黒い曇り空のイメージ。広島の被爆地。原爆が落ちてからまだそんなに日は経ってない感じ。自分は傘を被ったお坊さん姿で、ひたすらお経を上げながら赤い地面をゆっくり歩いている。自分は京都に住んでいたが、原爆投下を知って、いてもたってもいられなくてとにかく現地に来たって感じだ。
歳は40~50歳ぐらい。禅宗のお坊さんではあるけど単独で行動していたっぽい。

そのあまりもの光景に涙も出ない。沢山の黒焦げ死体と瓦礫の山。強烈な絶望感。いや、これは多分、死んだ事に気付けず苦しみ続けている霊達の念がすご過ぎて、それに耐えられない自分を分かっていて、自分の感情をブロックしてて涙も出なかったんだろう。
思い出しながらも、これは過去世なんだと自分に言い聞かせると・・今は泣いてもいいんだと思うと、わっと涙が溢れてきた。
その時の自分の感情も、どっと出てくる。
戦争と言うものの酷さ、空しさ。無意味さ。みんな生きたいと願ってるはずなのに人を殺さなければ生きていけない矛盾の世界。自然と沸いてくる怒りと悲しみ。でも誰を憎めばいいのかわからない。
ある意味仕方が無いんだろうけど、沢山の人達の業と言うか、こればかりは自分一人の力ではどうしようもない。
何とかしてあげたいけど、本当にどうしようもなかった・・。

そんな感情を押し殺してひたすらお経を唱えながら歩き回る。
よくわからないが時々、視点が転がっている死体からの視点になる。成仏できない死体に意識を重ねて、無理やり供養する様な変わった術を使っていたっぽい。我ながらホント不思議な術を使っていたと思い出しながらも感心している自分がいた。
(この辺りはおそらくチベットの生でやっていた舞い落ちる葉っぱに意識を重ねるワザに似ていると思った)

散々歩き回って、多分いくらかこの時、自分も被爆しただろう。
広島原爆の当時の死者は、戦後を合わせると260,000人になるらしい。
この時、見た光景は一生忘れる事は無い。転生しても忘れない。いや忘れてはならないと思った。

***

次に原爆の落ちる以前に遡る。

原爆が落ちる前にも広島には来ていたっぽい。そう、自分は多分、京都に住んでいた。
名前は・・「宮・・?」「宮」がつくっぽい。でも自信はない。禅宗のお坊さん。臨済宗かも?

でも戦時中は単独で行動してたっぽい。色んな人に色んな話を聞かせて、そのお礼に食べ物をもらって生活してた様な感じ。
歩くのは好きで苦にはならなかった。食料は芋ばっかりだった気がする。水と芋さえあればいくらでも生きられる変な自信があった。
(今世で東京で一人暮らしの時、肉は食べずともジャガイモだけは欠かさなかったのだが、これも前世からのクセだったのか?)

広島には誰か親しい人がいたっぽい。年上の男性。ヒゲを生やした尊敬できる先生みたいな感じの人。
その人の名前は「あらき・・」「荒木・・トモヒロ?」多分そんな感じの名前。
原爆が落ちるかもしれない事を予感していて、その荒木さんの事が気になり、何とか伝えようとしていたっぽい。
何故、原爆が落ちるかも知れないと感じていたのだろう・・。

京都では大本教にも関わっていた。入信はしてなかったみたい。お坊さんとして出家していて、その立場を守ろうとしてたっぽい。
大本教では原爆を予知されていたと言う話もある。もしかすると、そこで原爆の噂を聞いてたのかもしれない。
その噂に自分でも何か納得できるものがあり、広島に通っていたのかもしれない。何とか荒木さんや他の親しい人達に伝えようとしてたのかもしれない。その辺りの詳しい所までは思い出せない。

今回のヒプノで初めて気が付いたのだが、どーも最初見た広島の三滝霊園は、その荒木さんのお墓を見つけて参ってたのかもしれない。原爆が落ちた直後は、荒木さんの行方が分からず、自分が死ぬ間際になって、初めて荒木さんのお墓を見つける事が出来「もうすぐ自分もそちらに行きます」と語りかけてた様な気がする。

また今回もう一つ新たに出てきた記憶があった。
もう一人、広島の親しい人のイメージが出てきたのだ。
まだ原爆が落ちるずっと前の事。多分出家する前だと思うが、親しい女性が広島にいた。切ない感じなので好きだった人なのかもしれない。でも何か理由があって仕方なく互いに納得した上で別れた様なイメージだ。
振り返るとその建物の窓から悲しそうな笑顔で私の事を見て手を振ってくれている。それがその人との最後だったイメージ。
そしてその建物が原爆ドームだった。

以前妙に気になると言う、無意識に撮ってしまった原爆ドームの写真と今回繋がった。

多分、私はお経を唱えながら被爆地を歩き、原爆ドームを見た時、その女性の事を少し思い出していたのだと思う。
出家していたのだからきっと感情を動かす事もタブーだと自覚してたものの、どうしても思い出してしまっていたのだろう。
彼女はうまく逃げれたのだろうか、それとももしかしてこの原爆で亡くなったんじゃないかとか・・。
もしこの黒い死体の山の中に彼女を見つけてしまったらどうしよう・・。

見つける事はなかったけど・・
でも、このセッション中、胸がとても苦しくなった。

***

戦後、自分が亡くなる直前まで時間は進む。

今生で守護神としてついて下さってるのが、京都の亀岡にある元出雲の真名井の水を守っている女神さん。この女神さんとはさらに太古の昔に別次元で一緒にいた記憶があり、とても縁が深く毎生、守ってくださっていたイメージがある。
だから前世でも多分、歩いていけるような距離で、亀岡のこの元出雲の近くに住んでいたのは確かだと思う。

広島の三滝霊園へ墓参りに行った後、すぐに自分は亡くなったようだ。
亀岡の元出雲の近くの庭のある家かお寺。八畳位の畳の部屋で縁側に腰掛けていた。目の前は金木犀か何か垣根があって、庭の左手向こうに男の子と女の子がキャッキャ遊んでるのが見える。座ってる所からは見えないが、建物の向こう側に鐘がある様なイメージもある。

遊んでる子供達を見ながら、本当に平和になったんだなぁと感じながら、やがて左に倒れるようにして亡くなった。
気が付くと天井から自分の死体を見下ろしている。ああ死んだんだなと納得した。
やがて天からの強烈な光に呑まれるようにして気を失った。

***

光に呑まれた後について誘導してもらう。

沢山の女神さんや神様が見えてくる。暖かい光の世界。
でも自分の中では、死んでる暇は無いと言う感じが強く、自分から望んですぐにまた人間に転生してきたっぽい。
多分、今生も大変な人生になる。これからそう言う歴史の節目になる様な感じがある。

この時、ここでアバンダンティアの女神さんが近づいてきた。
メッセージをもらう。
「何も躊躇う事はありません。心配も要りません。ただ自分をそのまま表現していくだけで、アナタを見ている人達が、沢山の事に気づいていけます。思いっきり自分を表現してみてください。後悔しない様に出し惜しみなく全力で、自分を表現するのです・・。」
そんな感じの事を告げられた。なんとなく分かってはいたけど頭で考えてしまって躊躇ってる自分もいるなぁと思った。
(とりあえず表現した方がイイのかと思って・・今回は、すぐにこの体験談を日記に書いてみた^^)
アバンダンティアの女神さんは、またもとの頭上のポジションに戻った。

***

続いて、前世の日記(修行記録)についてフォーカスしてみる。

この自分が亡くなる数日前に、誰かに自分の修行記録を記した書物を渡した気がする。親しい人。血縁者か?その家に住んでいた人。渡したと言うより何か促すように話したのかもしれない。
修行記録には、被爆地で使っていた術の事や、これまでの前世の事なども色々書いている。自分なりに理解した宇宙の法則的な事を記しているっぽい。

自分の近い死を悟られないようにさり気無く冗談ぽく、遠い将来右腕にあざのある人が訪ねてきたら、この日記を渡して欲しいと誰かに頼んでおいた気がする。本気にしてもらえたかどうかは分からないが、今も亀岡のどこかの家の天井裏や物置に保管されていると願いたい。

自分としては、この戦時中の生で成し得なかった事を、来世(今現在の生)でこの書を読んで引き継ぎ、再び修行が始められる様にしたかったっぽい。
もしかすると自分は毎生このやり方で修行記録を来世の自分に伝えてきたかもしれない。
もちろん今生で生まれた時、自分の右腕には大きな青アザがあった。親は気味悪がって私が嫌な思いをしない様にと、赤ん坊のうちに青アザを消そうとドライアイスで焼いたとか色々してくれたらしい。それでも今でもそのアザの跡は残っている。

これも今回のヒプノで分かったのだが、当時の自分はどうもワザと来世でアザが現れるようにと、自分で自分の右腕を焼いたっぽい。
それほどまでに、自分は人として生きる間にやらなければならない事があったような気がする。
とても何か大切な事を、来世の自分に引き継いで欲しいと願っていた気がする。その大切な事がその修行日記に全て書かれている気がする。
ただ、今の時点でも結構自力で思い出してきてるので、それほど探す事に囚われる必要も無いと言う気はしている。

***

ちなみにその修行日記の内容についてフォーカス。

自分は、平安時代かチベットか、その辺りの生で大変貴重な体験をしているっぽい。ちょっとした悟りのようなもの。イメージとして出てくるのは、自我の崩壊。イコール完全なる自由。

多くの人が自我があるが故に自我に囚われ苦しんでいる。そこから少しでも多くの人を解放したくて、そのヒントを伝えたくて度々この世に生まれてきている様な感覚だ。
多分、今度の生も後半、大変な動きのある予感だけがある。その中でしっかりと自分の使命を果たしたい。
そして今生やるべき事をちゃんと果たせたら、今度こそ死んだ後は、少しゆっくり休みたい・・。
と、今生、生まれる前に考えていた様だ。

ここでセッション終了。

***

大まかな所は、以前にも自分で瞑想して思い出していた部分がほとんどではあったが、細かい部分も含めて今回は特に一つ前の前世、原爆の前世に焦点を絞ってあらためて明確化が出来たように思う。

ちなみに今回ヒプノをして下さったATさんは、私と歳は違うが誕生日が一日違いで、会った時から縁は感じていたのだが、でも前世は西洋っぽい感じもするし・・と思っていたら、ATさん自身、平安時代の前世もあると言われて納得。平安時代に会った事があるんだと確信した。

また機会があったらATさんにお願いしたい。
しかしここでちょっと自分もヒプノを勉強しておきたいとも思った。
と言うのも、特に興味のある平安時代やチベットの生は、どーも人にヒプノしてもらうのがとても怖いのだ。

特にチベットの前世については、かなり危険な匂いがする。以前の日記(仮死状態!?危機一髪!?)でも書いたが、瞑想中に自分の心臓が止まってしまう事があって驚いた。
どーもチベット辺りで、何か心臓の動きをコントロールする様な事をしていた様な、また何か地獄に落ちる訓練をしていた様な感覚もあるのだ。
地獄でさえ幻であると体感させコントロールする様な。その上で人のカルマも制御できるみたいな、それがとても危険思想に繋がっていってた様な感覚もありとても怖いのだ。

これはちょっとセラピストであっても知られてはいけない様な、この部分は自分で思い出して自分で消化したい様な。
実は、今回のセッションでも一部、自分の理性が働いて言葉に出来なかった部分があった。これは人として言葉にしてはいけないと言う感覚で、この辺りがどーもチベットの生にも関係してるっぽく、もしかすると前世の修行記録日誌にも色々書かれている事かもしれない。
この辺りは、自分で日誌を見つけて納得するか。
もう少し自分一人で思い出せるようになってこっそり納得するしかないだろうと思っている。

と、そんな話はまた別の話として。
とにかく今回の体験は日記に書いてみたが、ちょっとあらためて自分の前世体験は別でまとめてブログにするとか何かしたいと思ってる。
目的はもう少しオープンに前世の修行日記を探してみたいのと、今回はあんまり関係なかったが、前世の体験がどんな風に今世に影響するものなのか、また自分が前世で学んでいた色んな輪廻上の法則も思い出してきてるので、その辺をまとめたいとも思っている。
自分を表現するって言うのはそんな活動の事なのかな?と解釈しての考えではあるんだけど・・。

と、まぁ今回は、とりあえずそんな感じのヒプノ体験報告でした。

 


広島の西北の山。 2003年03月23日 22:29

今日、四条の方に行ったら反戦デモやってました。
本屋で本を買おうと思ってたんだけど、目の前に反戦デモの団体がやってきて、しかも歩道歩いてる人よりデモ行進の人の方が多くて何だか圧倒されて思わず飛び入り参加しました(笑)。しかし行列は本屋と逆方向に向かってる・・(^^;)
解散場所まで来て、やっと本が買いにいけると再び本屋に向かったら、まだまだ後ろから行列がやってくるし、思わずもっぺん加わって2往復しようかと思ったけど、それじゃ永久に本が買えないって思って皆さんには申し訳ないけどそれ以上は加わらず、やっとの思いで本が買えました(笑)
しかし戦争って、今の時代ホントは自国が攻撃されても他国の平和を願うぐらいの覚悟でないと永久になくならないかもなぁって、ちょっと考えてしまいました。

でも、なんか最近やたら戦争が気になるなぁって思ってたんだけど、どーもこの間の広島に寄って以来、一つ前の前世の時の戦争と気持ちがリンクしてしまってるんじゃないかってわかってきた。
そして広島に寄った時、帰りにOさんの「右じゃないの?」って言葉に騙されて右折してしまって道に迷った時、なんとなく目の前に見えていた山が気になって、前世はあの山に住んでたんじゃないか?とチラッと思ってたのだが、気のせいだとも思ってそのままその時は忘れてたが一応その事をOさんに話すと、Oさんは広島市に入った時に右手の山が気になってそこにオレが住んでたんじゃないかとチラッと感じたらしいのだ。そして二人でよくよく思い出しながらお互い感じた山の場所を確認していくと方角的にオレの感じた山とOさんの感じた山の位置関係がピッタリ一致してしまうのだ。やっぱりオレは広島にいたのだろうか??

一応オレの一つ前の前世で今わかってるのは広島市から西北方向の山のどこかの寺にしばらく住んでいたのではないかという事。あとその寺は階段を登った上にあるイメージ。ちょっと今度地図でもう一度調べてある程度寺を割り出して訪ねてみたい。それでもし戦時中に生きてたオレが誰かわかったら、京都のどこで死んだかもわかるかもしれないし、そこまでわかったら日記が見つかる可能性も跳ね上がるはず。う~ん、我ながらかなり怪しいぞ(^^;)

 


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やっぱり怪しさ全快 2002年05月25日 23:04

実は先週、呼吸法などを教えてくれてる人達に某団体に入る事をかなり強引に薦められた。今ならある特殊な状態に意識を持ち込めるハズだからと言う事なのだが‥。でもやはりどうしても納得できなくて断った。今週はこの件でぐるぐるだったのだ(^^;)。

しかしそれは以前から言ってる様に、特定の組織や宗教の様なものに入ると一つの思想にかたよってしまう事がすごく嫌で今まで極端に嫌っていたつもりだったのだが、それがどうもそれだけでなく前世にも関わってる事がわかってきた。
チベットで修行していた前世では最初はやはり組織の中で修行していたのだが、途中どうしても組織のやり方に納得できない部分が現れ結局組織を離れ一人で修行するようになった。その時の人間関係が今世でも再現されてる状態なのだ。だから今世でもやはり自分は一人でやっていくんだなって気がしている。

ただ、今日気が付いたのだが、昔から自分は神秘体験を中心に日記をつけているのだが、ふと一つ前の前世で書いてた日記を読まなくてはと言う想いでいっぱいになった。そんなアホな事できる訳ないのだが‥(^^;)。
しかし何となくだが、一つ前の前世で死ぬ直前に自分の日記を来世の自分が読める様に子供に預けた気がするのだ。それを読めば現在の自分の魂の本来の状態がわかると同時に、その状態に戻る為の何かと無駄な手間を省ける気がするのだ。そんな事を考えてる矢先、Oさんから電話があり、その話をするとそれはおもしろい!って事で前世の日記探し(^^;)を手伝ってくれる事になった。オレも自分の力にはまだ自信がないしOさんの霊視がかなり助けになる気はする。

今わかっている限りで、特に確実なのは‥戦争中に生きてた、坊さんをやってた、京都にいた、の3点のみ。後は自信はないが昭和30年代から40年前後に亡くなっている事と、あと特に縁を感じてる寺が一つあるのだが、そこかも‥?って事ぐらい。イメージとしては一応坊さんではあるが宗派にこだわりはなく一人で自分なりの修行をしてた事と、自然が何よりも好きで山によく行ってた事。あと今世で生まれた時に右腕に大きなアザがあったのだが、これも何か関係があるのか?と、それぐらい。う~ん、妖しさ全快の今日この頃。しかし借金は変わらず28万2千円也!(TvT)

 


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