前世日記探しの旅

一つ前の前世で亡くなる前にどこかに隠した自分の前世の日記(修行記録)を探しています。

ヒプノセラピー(前世療法)体験記 2008年08月15日 21:25

ちょっと書きたくなりました。

実は先日、ヒプノセラピーを受けてきた。
ヒプノはいわゆる前世療法で、現世での色んな障害の原因が前世にある場合、それを思い出す事で癒されると言う催眠療法の一種だ。

いや、別に特にそんな障害があるわけではないし、しかも自分の場合すでに沢山の前世を自分で思い出してるし、必要ないと言えば必要ないんだけど。
ただここ最近ずっとヒプノと言うキーワードに引っ掛かっていて、何かある様な気がして興味半分で受けてみたのだ。

しかしセラピストさんは沢山いすぎて迷いました。とりあえず直感で何となく縁のありそうな人をネットで捜し、仮称ATさん(男性でカウンセラーでもある方)に決めました。

8月11日(月)、会社帰りに立ち寄った。小さな小部屋で、まずはカウンセリング。
ここでは今まで自分が思い出したいくつもの前世の記憶を語った。そして今回の目的を前世の日記探しに絞ってみた。(「日記2005.5.25参照)

1時間ぐらいカウンセリングした後、布団に寝転がり、横で先生の誘導が始まる。
催眠と言ってもそんな意識が飛ぶ様な感覚は無く怖くはなかった。よくある暗示誘導みたいな感じで「アナタは森の中を歩いてます・・○○が見えてきました・・」って感じでイメージしながら誘導されていった。

***

最初に見えてきたのは、広島の三滝霊園。これは以前、瞑想中にも見たシーン。
暑い夏で、セミがみんみん鳴いている。自分は70歳近く。昭和30年代~40年前後か?そんな雰囲気。
並ぶお墓の前で、原爆の日の事を思い出している。何かとても寂しく切ない感じ。戦争は終わった・・。大変な人生だった・・。多分、自分ももうすぐ亡くなるんだろう。これからこの世が本当の意味で平和になってくれたらいいのに・・そんな事を考えながら景色を眺めていた。

***

次に原爆投下直後まで遡る。
赤黒い曇り空のイメージ。広島の被爆地。原爆が落ちてからまだそんなに日は経ってない感じ。自分は傘を被ったお坊さん姿で、ひたすらお経を上げながら赤い地面をゆっくり歩いている。自分は京都に住んでいたが、原爆投下を知って、いてもたってもいられなくてとにかく現地に来たって感じだ。
歳は40~50歳ぐらい。禅宗のお坊さんではあるけど単独で行動していたっぽい。

そのあまりもの光景に涙も出ない。沢山の黒焦げ死体と瓦礫の山。強烈な絶望感。いや、これは多分、死んだ事に気付けず苦しみ続けている霊達の念がすご過ぎて、それに耐えられない自分を分かっていて、自分の感情をブロックしてて涙も出なかったんだろう。
思い出しながらも、これは過去世なんだと自分に言い聞かせると・・今は泣いてもいいんだと思うと、わっと涙が溢れてきた。
その時の自分の感情も、どっと出てくる。
戦争と言うものの酷さ、空しさ。無意味さ。みんな生きたいと願ってるはずなのに人を殺さなければ生きていけない矛盾の世界。自然と沸いてくる怒りと悲しみ。でも誰を憎めばいいのかわからない。
ある意味仕方が無いんだろうけど、沢山の人達の業と言うか、こればかりは自分一人の力ではどうしようもない。
何とかしてあげたいけど、本当にどうしようもなかった・・。

そんな感情を押し殺してひたすらお経を唱えながら歩き回る。
よくわからないが時々、視点が転がっている死体からの視点になる。成仏できない死体に意識を重ねて、無理やり供養する様な変わった術を使っていたっぽい。我ながらホント不思議な術を使っていたと思い出しながらも感心している自分がいた。
(この辺りはおそらくチベットの生でやっていた舞い落ちる葉っぱに意識を重ねるワザに似ていると思った)

散々歩き回って、多分いくらかこの時、自分も被爆しただろう。
広島原爆の当時の死者は、戦後を合わせると260,000人になるらしい。
この時、見た光景は一生忘れる事は無い。転生しても忘れない。いや忘れてはならないと思った。

***

次に原爆の落ちる以前に遡る。

原爆が落ちる前にも広島には来ていたっぽい。そう、自分は多分、京都に住んでいた。
名前は・・「宮・・?」「宮」がつくっぽい。でも自信はない。禅宗のお坊さん。臨済宗かも?

でも戦時中は単独で行動してたっぽい。色んな人に色んな話を聞かせて、そのお礼に食べ物をもらって生活してた様な感じ。
歩くのは好きで苦にはならなかった。食料は芋ばっかりだった気がする。水と芋さえあればいくらでも生きられる変な自信があった。
(今世で東京で一人暮らしの時、肉は食べずともジャガイモだけは欠かさなかったのだが、これも前世からのクセだったのか?)

広島には誰か親しい人がいたっぽい。年上の男性。ヒゲを生やした尊敬できる先生みたいな感じの人。
その人の名前は「あらき・・」「荒木・・トモヒロ?」多分そんな感じの名前。
原爆が落ちるかもしれない事を予感していて、その荒木さんの事が気になり、何とか伝えようとしていたっぽい。
何故、原爆が落ちるかも知れないと感じていたのだろう・・。

京都では大本教にも関わっていた。入信はしてなかったみたい。お坊さんとして出家していて、その立場を守ろうとしてたっぽい。
大本教では原爆を予知されていたと言う話もある。もしかすると、そこで原爆の噂を聞いてたのかもしれない。
その噂に自分でも何か納得できるものがあり、広島に通っていたのかもしれない。何とか荒木さんや他の親しい人達に伝えようとしてたのかもしれない。その辺りの詳しい所までは思い出せない。

今回のヒプノで初めて気が付いたのだが、どーも最初見た広島の三滝霊園は、その荒木さんのお墓を見つけて参ってたのかもしれない。原爆が落ちた直後は、荒木さんの行方が分からず、自分が死ぬ間際になって、初めて荒木さんのお墓を見つける事が出来「もうすぐ自分もそちらに行きます」と語りかけてた様な気がする。

また今回もう一つ新たに出てきた記憶があった。
もう一人、広島の親しい人のイメージが出てきたのだ。
まだ原爆が落ちるずっと前の事。多分出家する前だと思うが、親しい女性が広島にいた。切ない感じなので好きだった人なのかもしれない。でも何か理由があって仕方なく互いに納得した上で別れた様なイメージだ。
振り返るとその建物の窓から悲しそうな笑顔で私の事を見て手を振ってくれている。それがその人との最後だったイメージ。
そしてその建物が原爆ドームだった。

以前妙に気になると言う、無意識に撮ってしまった原爆ドームの写真と今回繋がった。

多分、私はお経を唱えながら被爆地を歩き、原爆ドームを見た時、その女性の事を少し思い出していたのだと思う。
出家していたのだからきっと感情を動かす事もタブーだと自覚してたものの、どうしても思い出してしまっていたのだろう。
彼女はうまく逃げれたのだろうか、それとももしかしてこの原爆で亡くなったんじゃないかとか・・。
もしこの黒い死体の山の中に彼女を見つけてしまったらどうしよう・・。

見つける事はなかったけど・・
でも、このセッション中、胸がとても苦しくなった。

***

戦後、自分が亡くなる直前まで時間は進む。

今生で守護神としてついて下さってるのが、京都の亀岡にある元出雲の真名井の水を守っている女神さん。この女神さんとはさらに太古の昔に別次元で一緒にいた記憶があり、とても縁が深く毎生、守ってくださっていたイメージがある。
だから前世でも多分、歩いていけるような距離で、亀岡のこの元出雲の近くに住んでいたのは確かだと思う。

広島の三滝霊園へ墓参りに行った後、すぐに自分は亡くなったようだ。
亀岡の元出雲の近くの庭のある家かお寺。八畳位の畳の部屋で縁側に腰掛けていた。目の前は金木犀か何か垣根があって、庭の左手向こうに男の子と女の子がキャッキャ遊んでるのが見える。座ってる所からは見えないが、建物の向こう側に鐘がある様なイメージもある。

遊んでる子供達を見ながら、本当に平和になったんだなぁと感じながら、やがて左に倒れるようにして亡くなった。
気が付くと天井から自分の死体を見下ろしている。ああ死んだんだなと納得した。
やがて天からの強烈な光に呑まれるようにして気を失った。

***

光に呑まれた後について誘導してもらう。

沢山の女神さんや神様が見えてくる。暖かい光の世界。
でも自分の中では、死んでる暇は無いと言う感じが強く、自分から望んですぐにまた人間に転生してきたっぽい。
多分、今生も大変な人生になる。これからそう言う歴史の節目になる様な感じがある。

この時、ここでアバンダンティアの女神さんが近づいてきた。
メッセージをもらう。
「何も躊躇う事はありません。心配も要りません。ただ自分をそのまま表現していくだけで、アナタを見ている人達が、沢山の事に気づいていけます。思いっきり自分を表現してみてください。後悔しない様に出し惜しみなく全力で、自分を表現するのです・・。」
そんな感じの事を告げられた。なんとなく分かってはいたけど頭で考えてしまって躊躇ってる自分もいるなぁと思った。
(とりあえず表現した方がイイのかと思って・・今回は、すぐにこの体験談を日記に書いてみた^^)
アバンダンティアの女神さんは、またもとの頭上のポジションに戻った。

***

続いて、前世の日記(修行記録)についてフォーカスしてみる。

この自分が亡くなる数日前に、誰かに自分の修行記録を記した書物を渡した気がする。親しい人。血縁者か?その家に住んでいた人。渡したと言うより何か促すように話したのかもしれない。
修行記録には、被爆地で使っていた術の事や、これまでの前世の事なども色々書いている。自分なりに理解した宇宙の法則的な事を記しているっぽい。

自分の近い死を悟られないようにさり気無く冗談ぽく、遠い将来右腕にあざのある人が訪ねてきたら、この日記を渡して欲しいと誰かに頼んでおいた気がする。本気にしてもらえたかどうかは分からないが、今も亀岡のどこかの家の天井裏や物置に保管されていると願いたい。

自分としては、この戦時中の生で成し得なかった事を、来世(今現在の生)でこの書を読んで引き継ぎ、再び修行が始められる様にしたかったっぽい。
もしかすると自分は毎生このやり方で修行記録を来世の自分に伝えてきたかもしれない。
もちろん今生で生まれた時、自分の右腕には大きな青アザがあった。親は気味悪がって私が嫌な思いをしない様にと、赤ん坊のうちに青アザを消そうとドライアイスで焼いたとか色々してくれたらしい。それでも今でもそのアザの跡は残っている。

これも今回のヒプノで分かったのだが、当時の自分はどうもワザと来世でアザが現れるようにと、自分で自分の右腕を焼いたっぽい。
それほどまでに、自分は人として生きる間にやらなければならない事があったような気がする。
とても何か大切な事を、来世の自分に引き継いで欲しいと願っていた気がする。その大切な事がその修行日記に全て書かれている気がする。
ただ、今の時点でも結構自力で思い出してきてるので、それほど探す事に囚われる必要も無いと言う気はしている。

***

ちなみにその修行日記の内容についてフォーカス。

自分は、平安時代かチベットか、その辺りの生で大変貴重な体験をしているっぽい。ちょっとした悟りのようなもの。イメージとして出てくるのは、自我の崩壊。イコール完全なる自由。

多くの人が自我があるが故に自我に囚われ苦しんでいる。そこから少しでも多くの人を解放したくて、そのヒントを伝えたくて度々この世に生まれてきている様な感覚だ。
多分、今度の生も後半、大変な動きのある予感だけがある。その中でしっかりと自分の使命を果たしたい。
そして今生やるべき事をちゃんと果たせたら、今度こそ死んだ後は、少しゆっくり休みたい・・。
と、今生、生まれる前に考えていた様だ。

ここでセッション終了。

***

大まかな所は、以前にも自分で瞑想して思い出していた部分がほとんどではあったが、細かい部分も含めて今回は特に一つ前の前世、原爆の前世に焦点を絞ってあらためて明確化が出来たように思う。

ちなみに今回ヒプノをして下さったATさんは、私と歳は違うが誕生日が一日違いで、会った時から縁は感じていたのだが、でも前世は西洋っぽい感じもするし・・と思っていたら、ATさん自身、平安時代の前世もあると言われて納得。平安時代に会った事があるんだと確信した。

また機会があったらATさんにお願いしたい。
しかしここでちょっと自分もヒプノを勉強しておきたいとも思った。
と言うのも、特に興味のある平安時代やチベットの生は、どーも人にヒプノしてもらうのがとても怖いのだ。

特にチベットの前世については、かなり危険な匂いがする。以前の日記(仮死状態!?危機一髪!?)でも書いたが、瞑想中に自分の心臓が止まってしまう事があって驚いた。
どーもチベット辺りで、何か心臓の動きをコントロールする様な事をしていた様な、また何か地獄に落ちる訓練をしていた様な感覚もあるのだ。
地獄でさえ幻であると体感させコントロールする様な。その上で人のカルマも制御できるみたいな、それがとても危険思想に繋がっていってた様な感覚もありとても怖いのだ。

これはちょっとセラピストであっても知られてはいけない様な、この部分は自分で思い出して自分で消化したい様な。
実は、今回のセッションでも一部、自分の理性が働いて言葉に出来なかった部分があった。これは人として言葉にしてはいけないと言う感覚で、この辺りがどーもチベットの生にも関係してるっぽく、もしかすると前世の修行記録日誌にも色々書かれている事かもしれない。
この辺りは、自分で日誌を見つけて納得するか。
もう少し自分一人で思い出せるようになってこっそり納得するしかないだろうと思っている。

と、そんな話はまた別の話として。
とにかく今回の体験は日記に書いてみたが、ちょっとあらためて自分の前世体験は別でまとめてブログにするとか何かしたいと思ってる。
目的はもう少しオープンに前世の修行日記を探してみたいのと、今回はあんまり関係なかったが、前世の体験がどんな風に今世に影響するものなのか、また自分が前世で学んでいた色んな輪廻上の法則も思い出してきてるので、その辺をまとめたいとも思っている。
自分を表現するって言うのはそんな活動の事なのかな?と解釈しての考えではあるんだけど・・。

と、まぁ今回は、とりあえずそんな感じのヒプノ体験報告でした。

 


前世の日記探し3-広島編2 2004年09月18日 23:09 Pages: 1 2 3

「管理人旅記録」は、旅先でのあやしひ出来事を中心につづった記録です。
こう言った話が理解し難い方は、すみやかにブラウザーの閉じるボタンを押し、現実に戻って「一瞬変なものを見た気がしたが、これは私の体調不良による幻覚だ!そうに違いない!!」と考え、コップ一杯の青汁を一気飲みして健康な自分を取り戻しましょう。

*枠のある写真はクリックすると拡大して見れます。

三滝

いくつか思い出した前世の中でも特に引っ掛りの大きい一つ前の前世。
京都でお坊さんをやっていて、戦争が始まってとても悲しい思いで過ごしていたらしい。そして独自の修行法や目的を自分なりに日記に記録し、来世の自分がそれを読んで引き継げるように親しい人に預けてから死んだ記憶がある。この旅は、その前世の日記を探し出す旅なのだ。

前回の広島編_1の旅と今までの霊体験などからわかってきた事は・・。

  • 原爆が投下された当時、しばらく広島にいたのではないかと言う事。
  • 傘を被った坊さん姿でお経を上げながら被爆地を歩いていたイメージが出てきた。
  • 斜面の霊園にいたイメージが出て、これが広島の三滝霊園だろうと言う事と、その三滝寺に何か関わりがあったかもしれないという所まで分かってきた。

そんな訳で今回は、その一番関係ありそうな三滝寺の住職さんと話がしてみたいと思い、再び広島に旅立つ事にしたのだ。
果たして、その住職さんから何か前世に関するヒントは得られるのか!?

2004年9月8日(水)「全面通行禁止・・突破!?」

前日の火曜日、三滝寺の住職さんのアポが取れ、9日木曜の午前中に会う事となった。
果たして、こんな前世の話を信じてもらえるのだろうか?普通なら呆れて追い返されるか、危険を感じて適当に話を流されるかだろう(^^;)。
それでも、ここまで来るとどう思われようと探せるトコまで探したいのが本音なのだ。今回の旅は前世探しの一つ節目になりそうだ。

AM8:00 起床。窓を開けると、そこそこ天気はよさ気。旅を準備を初め、出発前に今日泊るホテルを決めて電話する。今回も広島市内に泊る事になる。クルマは去年買い換えたRAV4。これで広島に行くのは今回が初めて。現在オドメータは56,712km。
AM9:30 旅の無事を祈って出発。このまま高速に乗りたいところだが、手ぶらで住職さん会うわけにもイカンだろう・・って事で買い物に立ち寄る事にする。
AM10:00 とりあえず京都駅に寄る。お寺だし、お客さんに出せるようなお茶のセットでも・・と思い、伊勢丹でお茶のセットを買い、京都駅を出発。
AM10:40 京都南インターより高速に入る。以前の高野山の旅とは違い、平日なのでスイスイ走れて快適だ。行きは名神から中国道に入る。しばらく走って、ちょっと立ち寄りたい所があるので、岡山院庄インターで一旦高速を降りる。R179からR181に入る。

PM12:30 R181沿いにある道の駅「久米の里」に到着。京都からここまでの距離206km。
実はここには、なんでも趣味で作られたガンダムがあると聞いて立ち寄ったのだ。
これがとにかくデカイ!7mほどあるらしい。裏から見てもちゃんと中身がある!ハリボテではない。
説明を読むとちゃんと人が乗れ、一応動くとか。操縦席にそれらしきレバーがあるみたい。う~ん。しかしまぁすごいものをよく作ったものだ。

食堂で焼きそばを食べる。
カメラの電池が切れ掛かって唖然。昨日充電したはずなのに!以前の旅では1日は余裕でもったのに、まだ3、4枚しか撮ってないのに、おかしい。充電し損ねたのか?それとも寿命?とりあえず、今日はこれ以降携帯のカメラのみで撮る事にする。
昼も食べ終わって、また高速に戻るつもりだったが、それだとPM3時ぐらいには広島のホテルに着いてしまう。ちょっと時間に余裕もあるし、ここから下の道を通って行ったらどうなるだろうと、ナビで設定してみた所、今度は到着予想時間がPM9:20頃と出た。う~ん、高速使うのと全然違う・・。でも下の方が景色も楽しめるし、まぁいっかと思いとりあえず下で行ってみる事にする。
PM1:10 道の駅「久米の里」を出発。R181で広島方面へ走り出す。

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    京都駅で手土産
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    高速に入ります
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    ガンダムだ!
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    よく作ったものだ・・

 

PM1:36 途中、R313に入ってから、いったん給油。
R313から県道58号線に入り、さらに県道442号線に入る。どんどん道が狭くなる。・・と、いきなり全面通行止めの看板が!え~こんなトコで行き止まり?昨日の台風の影響か?あの細い道をまた戻るのか?
とりあえず、どっか近くに道はないものかとナビの地図で探す。しかしこの道を通らない事には、かなり引き返す事になってしまう。つーかホテルに着くのもさらに遅くなる。
と、かろうじてもう一本近くに道があった。少し引き返してそっちに入ってみる。こっちは通れそうだ。しかししばらく走るとなんかさっきの行き止まりの道らしきところに合流。全面通行止めのデッカイ看板があったが、道端に立掛けてあるだけで、道は塞がれてはいない。もう、いけるんじゃないのか?と思い、とりあえず進んでみる。
木や石があちこち転がってて怖い。道はとうとう車一台分ギリギリの車幅となり、それが結構長く続いてて、ここで対向車でも来たら終わりだ。でも対向車が来たら、この道は通れるって事の証明でもあるし、来て欲しい様な来て欲しくない様な・・。
しかし、いくら走ってもクルマは全く見かけない、対向車も前も後ろもクルマが一台も来ない。しかも道は狭くて木や石がごろごろ転がってる。ますます不安になる。
そして、来る時が来たのだ!

前方にデカイ岩が見える!ぎゃあああ!!まさか!やっぱり通れないのか(ToT)!?
全面通行止めの看板があったんだから考えたら当り前なのだが(^^;)、それまでにUターンできそうな道幅の部分さえ全然無かった気が!まさか必殺の数キロバックなのか!?
何とか行けないものかと、スピードダウンしながら岩に近づくと、その岩の近くで小さなショベルカーが作業しているではないか!ちょうど、崩れた岩などを片付ける所だった様だ!助かった、通れる!ショベルカーのオッちゃんが神様のように見えてきた(TvT)!

しかしどれくらい時間かかるか分からない。作業してるオッちゃんらもオレのクルマに気付いたようで、とりあえず車が通れる道幅を確保するように石をショベルカーでどけていってくれた。な、なんとかなりそう。助かった~。
PM2:50 とりあえず道が出来て出発。
オッちゃん「向こう側通行止めの看板なかったか?」
オレ「横においてあったから・・もういけるのかと思ったんで・・(^^;)」
さらに5分ほど走ると、全面通行止めの看板が裏向きに道をふさいでる。
あらためて全面通行止めの道を無理やり突破してしまったのかと、ちょっと反省する。なんだかさっきのオッちゃんらに申し訳ないと思いつつ気を取り直して走り出す。

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    木が・・!
    台風の影響か?
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    全面通行禁止!!
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    道を塞ぐ岩!
    その奥に・・
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    神の使いか?
    ショベルカー!
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    ここまでが全面
    通行禁止だった

 

R180からR182に入り、ようやく広島県内に入る。東城で県道23号線に入るが、さっきの県道442に比べたらもう2車線で広くて全然走りやすい。走りやすい道って、なんて素晴らしいんだろう・・。
ここで思わず即興で歌いだす。

「ああ、すばらしき23号線」
作詞・作曲:管理人

♪23号線は、すばらしい。
ホントのホントにホントでホントすばらしい~

♪特に2車線って すばらしい~。
そして道が広くて すばらしい~。
対向車があるって すばらしい~。
前後に車があるって すばらしい~。

♪23号線は、すばらしい。
ホンマのホンマにホンマでホンマすばらしい~

♪特に舗装されてて すばらしい~。
石や木が転がってなくて すばらしい~。
歩いている人がいて すばらしい~。
崖っぷちでなくて すばらしい~。

♪すばらしい~ をうをうをう いぇい いぇ~
♪すばらしい~ るるるる いぇい いぇ~

(注:ここは、笑う所です)

県道23号線から、R432へ。さらに庄原でR183に入る。
PM4:45 ようやく見覚えのある街、三次に入る。三次と言えばチベットの前世を共有するSさんだが、メールした所、今回は色々忙しいようで会えないらしい。
ただSさんによると、今、宮島でチベット修行者の描いた砂曼荼羅が見れるらしい。これはチェックだ。
三次を過ぎてR54に入る。広島市までもう少しだ。この時点ではもう到着予想時刻がPM6:20まで縮まっていた。3時間も縮まるものなのか?(^^;)
しかし広島まであと30分ほどってところで渋滞にひっかかる。

PM7:00 ようやく今日の宿泊ホテルに着く。しかし、部屋に入ってから大切な事に気がつく。LANの貸し出しに気を取られて眺めのいい部屋を希望するのを忘れていたのだ!
まぁ、まさかそんな何度も「窓を開けたら壁!」なんて部屋は当たらんだろう・・と思うのだが・・。部屋に入って、そっとカーテンを開けてみる・・。
・・・・!!
スリガラスの窓!(ToT)
開けても隣のホテルの壁が見えるだけ(TvT)!
またしても夜景が見れない~!広島ってやっぱり申告しないと眺めのいい部屋にはしてもらえない何か掟があるのだろうか!?

  • 前世探し2
    やっと普通の道に
    なってきた!
  • 前世探し2
    素晴らしき23号線
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    美しき夕日
  • 前世探し2
    で、部屋はまたしても
    スリガラス・・

 

PM7:30 とりあえず街に出る。晩飯が食べたいものの、知らない土地は気をつけないと当たり外れが大きそうで怖い。
と、前を歩いてる一人のサラリーマンを見つけ、もしやと思い後をつけてみた。するとサラリーマンは何の躊躇いもなくさっさとある和食風の店に入った。その店の前のメニューを見ると結構安くて美味しそう。やはり独身のサラリーマンは安くて美味しいところをよく知ってる。これは間違いない!と判断。その店に入る。
茄子と豆腐のなんたらかんたらと山菜ご飯のセットとビールで1123円。なかなか量もあってうまかった。

帰りについつい呼び込みにつかまりシルクスクリーンのギャラリーに立ち寄る、kimoなどの絵が中心だったが確かに奇麗なんだがふと札を見ると150万と書かれてる(^^;)。ギャラリーの青年が必死で絵を説明するのだが、オレがそんな何百万も出して絵なんか買う訳ないだろ!・・と思いつつ、でも面白いから、自分も絵を描いてるとかこれぐらいなら自分で描けるとか、つーか人の絵を買うぐらいなら自分で描くなど適当な事を言っておく(笑)。
「すごいですね~漫画家みたいですね」と言われ(爆)思わず漫画家だったよ!とノドまで言葉が出かかったが・・ぐっとこらえた(^^;)。
話が長引きそうだったので、「ごめん、そろそろ帰ってエエかなぁ?」と笑顔で逃げる。ちょっと可愛そうだったが、つーか、ちゃんと金持ってそうな人見つけて声かけなさいって感じだ(^^;)。

PM9:00 ホテルに戻りLANセットを繋げてみる。明日泊まる所をネットで探して検討。やっぱりこれからはLANの使えるとこを探した方が便利だ。

明日はいよいよ住職に会う日だ。
もうドキドキで眠れな~い・・と思いながら爆睡!

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:422km
  • 出費(約):高速代4,700、昼食400、ガソリン2,700(旅出発から給油地点までの221kmのみを平均燃費10kmで計算)、おやつ300、ホテル6,300、駐車1,200、夕食(ビール込み)1,100、計17,000弱
  • 主なBGM:瞑想音楽と尾崎豊(-_-)
  • 前世探し2
    右に無料レンタルルータ
    右下にもらったkimoの絵葉書
    左上にさりげなく管理人!

 

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前世の日記探し2-広島編1 2003年11月03日 23:48 Pages: 1 2 3

「管理人旅記録」は、旅先でのあやしひ出来事を中心につづった記録です。
こう言った話が理解し難い方は、すみやかにブラウザーの閉じるボタンを押し、現実に戻って「一瞬変なものを見た気がしたが、これは私の体調不良による幻覚だ!そうに違いない!!」と考え、コップ一杯の青汁を一気飲みして健康な自分を取り戻しましょう。

*枠のある写真はクリックすると拡大して見れます。

三滝

いくつか思い出した前世の中でも特に引っ掛りの大きい一つ前の前世。
京都でお坊さんをやっていて、戦争が始まってとても悲しい思いで過ごしていたらしい。そして独自の修行法や目的を自分なりに日記に記録し、来世の自分がそれを読んで引き継げるように親しい人に預けてから死んだ記憶がある。この旅は、その前世の日記を探し出す旅なのだ。

前回の出雲の旅帰りに広島に寄った時、そこで初めて広島にも前世で住んでたかもしれないと言う気がして、京都に帰ってから色々調べ始めた。当初は一時的に住んでたかもしれないと感じる程度だったが調べれば調べるほど結構長く住んでたような気もしてきたのだ。

また前回の旅で後から分かったのだが、広島市内でオレが妙に気になった山と、Oさんが妙に気になった方角がピッタリと一致、しかもその地名には何かとキーワードとして縁深い「竜」の文字が・・。もしかするとこの山に住んでいたのかもしれない・・。
さらに日頃のプチ心霊体験の中、被爆地らしき所を坊さん姿で歩いているイメージまで出てきた。原爆が投下された当時、広島にいたのか?
とにかく気になり始め、もう一度広島に行く事を検討し始めた。

そして8月に入って、ちょっと遅れての盆休みが取れる。チャンス!
そんな訳で今回はその「竜」の文字の付いた地名、「竜王町」と言う所を目指して再び旅立ったのだ。

 

2003年8月28日(木)「原爆ドーム」

旅立つ前日になって、高校時代の友人T3から連絡があった。ひみつ日記を見たらしく、ちょうど木曜に出張で広島に行く事になってるとの事。おお、また何やら奇妙な偶然が起こり始めたのか?
とりあえずT3とは木曜の夕方広島市内で会う約束をしておいた。

AM9:00 出発。出発時のオドメーターは105,684km。
出勤時間帯の為か、京都市内は結構混んでいた。30分ほど走って京都南インターから高速に入り大阪方面に向かう。このまま広島へ・・と行きたいところだが、実はちょいと大阪に用事があって一度茨木インターで高速を降りる。

用事というのは茨木にある某農水産物製品開発関係の会社。ここでハイポニカと言う水気耕栽培の研究をされていて一株から13000個のトマトの実をならす事が出来るらしく、障害者施設などいろんな施設に導入されていると聞いて以前からちょっと興味があって今回見学の予約を入れていたのだ。
ちょうどウチの弟が通っている養護施設なんかにもイイんじゃないかと考えていたのだが、先日親に話してみたところ弟の行ってる施設は教会の一部の場所を借りてやってるらしく、そう言ったものの導入は話を持ちかけること自体難しいらしい。まぁでも、とりあえずそのトマトの巨木を見てみたくて今回見学に行ってみた。

高速を降りて10分ほど走ってAM10:00到着。2時間ほど説明や案内をしてもらった。
原理としてはわりと簡単で土を使わず栄養を含んだ水を根っこ部分に絶えず流してやる事で本来の植物の持つ生命力を最大限発揮させる事ができると言った感じらしい。個人的には手ごろな観葉植物なんかでもこんな変化が見れたらもっと一般にも流通するんじゃないかと思ったが、実際やりだすと難しいものなんだろうか。さしあたってカイワレ大根で自作して試してみたい(^^;)。
今回の旅の目的とは直接関係ないので詳細は省略するが、詳しくはこちらで見てもらえればどう言った所かはわかると思う。
植物や自然に関わる仕事柄か、案内してくれた社員の方も非常にノビノビ生き生きした印象の方で、何だかちょっとうらやましい気もした・・。
資料や案内など色々お世話してくださった社員の皆様ありがとうございました。

AM11:50、再び茨木インターから高速に乗る。夕方T3と広島で合う約束をしてるので、広島まで4時間として、もうひたすら広島目指して走るだけって感じになりそうだ。
途中雨も降ってくる。結構激しい雨だ。と思ったら晴れてきたりと天気の移り変わりが激しかった。広島では晴れてくれるとイイのだが・・。高速内では2回ほどパーキングエリアで休んで、プリッツと緑茶と菓子パンを買って地図でルートを確認したところ、広島市内で高速を降りると微妙に遠回りになる事に気が付いて少し手前の千代田インターで降りる事にした。夕方四時前千代田インターを降りてR52号線に入り広島市内に向かう。

  • 広島
    京都、渋滞です
  • 広島
    高速PAで一休み
  • 広島
    豪雨だ!
  • 広島
    広島市内。路面電車です

 

PM5:00、広島市内に入りとりあえず今日泊る所を探す。先日の心臓停止時に見た場所が建物の中って印象があったのだが(2003年8月3日の日記のスケッチ参照)、当時被災地で残った建築物は少数のはずだし、原爆ドームそのものだった可能性もあると思い、何か思い出せるきっかけになればと言う事で原爆ドーム近辺で手ごろなビジネスホテルを探す。一件目はあいにく満室、二件目でシングルを一部屋取れた。とりあえずそのホテルに向かって走るが市内は結構混んでる上、微妙に道に迷って同じ所を何度もグルグル走ったりして5時半頃ようやく無事にホテルを発見。
とった部屋は一番安いからか夜景を期待して窓を開けると目の前の手の届きそうな所に隣のマンション・・壁しか見えない(TvT)。まあいっか、明日は郊外の眺めの良さそうなところに泊ろう。

と、ちょうどT3からも電話が入る。彼は出張で広島に来てたのだが、平和大橋で無事に合流。高校時代の友人で、同じ京都市内の近所に住んでると言うのに、一年ぶりに広島で会うとは・・(^^;)。
彼は日帰り出張だったのだが、明日の夜から仕事らしくせっかくだからって事で同じビジネスホテルに泊る事に。そして彼の部屋の窓も開けると手の届きそうな所に隣のマンションだった・・(笑)

PM6:00 ホテルを出て晩飯を食べに行く事にする。・・の前にオレの希望で原爆ドームに立ち寄る。
ホテルから歩いて2、3分。前回の3月に来た時は周りの柵?が工事中かなんかでよく見れなかったが、今回は良く見える。もちろん瓦礫がそのままあってドームの中には入れない。・・・・。あれ?ドームの中って昔バイクで来た時、中に入れた様な気もするが・・、そんな訳ないか・・記憶違い?
そんな事を考えながらジックリ見る。何か出てきそうで出てこないもどかしい思いで一杯だった。先日の夢の現場もここだった様な、ここでなかった様な。しかし冷静に考えると本当に被爆直後、仮に2、3日後に坊さんであった自分がここを歩いていたとしたら、それなりに自分も被爆してたんだろうなと思った。

そこでさらに一つ気が付いた事がある。実はオレは生まれた時から皮膚が弱く、あちこち湿疹が出来やすいのだが、これも前世で被爆してた事が関係あるのでは?と思った。特に右腕には生まれた時から大きな青あざがあり、赤ん坊の時、親が医者に連れて行ってドライアイスで焼いて青あざを消そうとしたらしのだが、その為に大きな湿疹が出来て、それも治療はしたのだが、いまだにあざらしきものは残っている。
また小学生の頃、親父の乗ってたバイクのマフラーで左足の脹脛を火傷したのだが、そこも後々湿疹が出来、同時に何故か火傷も何もしてない右足の脹脛にも左足とちょうど対称の位置に湿疹が現れたのだ。
何だか来世で気が付くようにワザと前世で火傷でもしたのか?とふと思ったりもするのだが、そうだとしたら右腕、右足、左足・・残るは左腕?(^^;)とりあえず今世ではマゾではないので、もう火傷はしたくないんですけど・・(TvT)。

 

原爆ドームのその横を流れる川がまた異様な空気の重さがあった。ちょっと川のそばに下りてみた。重い・・。前回広島に来た時、Oさんが被爆直後、多くの人が川で亡くなったんじゃないかと話してた事を思い出した。確かに熱さに耐え兼ねてこの川に浸かって死んでしまった人がすごくいたんだと思う。
いや、どうだろう?川の水も殆ど干乾びてたんじゃないのか?もしかして被爆直後に水を飲むと死ぬとか言う事は無かったのだろうか?そんな話を聞いたような気もするのだが・・。だとしたらわずかな水を求めてここに降り、死ぬと分かっていながらも飲んでしまい亡くなった人なんか大勢いたのかもしれない。
そんな人達が今も水を求めて彷徨ってるのかもしれない。
「大丈夫、もう何も熱くないよ」と、そんな霊達に心の中で声をかけつつその場を去る。今は繁華街となったこの辺りの地上と、この川の雰囲気が対照的で何だかとても異様な感じだった。

城好きのT3が広島に来たら広島城に行かねば人間ではないと言いだす(^^;)。とりあえず人間でありたいので広島城へ向かって歩く(笑)。しかし城の中は既に拝観時間を過ぎていて見れなかったので、晩飯を食べに行く事にする。
T3が広島に来たら広島焼きを食べなければ人間ではないと言いだす(^^;)(^^;)。とりあえず人間でありたいので広島焼きを探して歩き出す(笑)(笑)。しかし二人とも広島については全然分からないので、繁華街らしき方向を目指して歩いてみる。地下に入り案内板を見つけて、広島焼きを発見。スペシャルと言う言葉に弱い二人。T3はスペシャル。オレもネギ焼きスペシャルと中ジョッキを注文。あ・・、そう言えば明後日Sさんと広島焼きを食べる約束をしていたのだが・・、まぁ、色々食べ比べるのもいいだろう。とりあえず食べる。満足。店を出てフラフラ繁華街を歩く。途中カフェに入ってコーヒーを飲んで落ち着く。T3は最近買ったVTR(大型バイク)の話をひたすらしていた。オレはもう5、6年以上オートバイに乗ってないはず。ちょっとまた乗りたいって気にもなったが、最近抜け毛も気になるし(笑)ちょっとメットを被る事にも抵抗がある年頃(?)なのだ。・・・・。しかしうらやましい・・。

  • 広島
    見えてきました広島城
  • 広島
    見えてきました入り口です
  • 広島
    広島城前にて
  • 広島
    繁華街です

 

繁華街を歩いてて気が付いたのだが、何で昔多くの人が亡くなった場所って繁華街になるのだろう?
京都の某繁華街もよく落ち武者の霊とかすごく多いと昔Nさんから聞いた事があったのだが、オレも昔その某所でたまに急に気分が悪くなってどうしようもなくなる事がよくあったので、その為かなと思ったのだが、この広島の繁華街にしても何だか戦時中の状況と対照的で不思議な感じがした・・。どういうエネルギー状態になってるのかよくわからない。
PM9:30 酔いもまわって眠気に耐えれずホテルに戻る事にした。
今日は、とりあえず原爆ドームをもう一度しっかり見ておきたかったと言う感じ。もう半世紀以上も前の出来事ではあるけれど、この先ずっとずっと人類が決して忘れてはいけない歴史の一つでもあるはず。

さて、明日はいよいよ寺探し。気合を入れて寝ます

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:429km
  • 出費(約):高速代900+7,200、おやつ300、ホテル6000、駐車1000、夕食(ビール込み)1700、コーヒー400・・計18,000弱
  • 主なBGM:サラブライトマンと尾崎豊(-_-)
  • 広島
    日記の催促が来たので書いて
    寝ます(^^;)。

 

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広島の西北の山。 2003年03月23日 22:29

今日、四条の方に行ったら反戦デモやってました。
本屋で本を買おうと思ってたんだけど、目の前に反戦デモの団体がやってきて、しかも歩道歩いてる人よりデモ行進の人の方が多くて何だか圧倒されて思わず飛び入り参加しました(笑)。しかし行列は本屋と逆方向に向かってる・・(^^;)
解散場所まで来て、やっと本が買いにいけると再び本屋に向かったら、まだまだ後ろから行列がやってくるし、思わずもっぺん加わって2往復しようかと思ったけど、それじゃ永久に本が買えないって思って皆さんには申し訳ないけどそれ以上は加わらず、やっとの思いで本が買えました(笑)
しかし戦争って、今の時代ホントは自国が攻撃されても他国の平和を願うぐらいの覚悟でないと永久になくならないかもなぁって、ちょっと考えてしまいました。

でも、なんか最近やたら戦争が気になるなぁって思ってたんだけど、どーもこの間の広島に寄って以来、一つ前の前世の時の戦争と気持ちがリンクしてしまってるんじゃないかってわかってきた。
そして広島に寄った時、帰りにOさんの「右じゃないの?」って言葉に騙されて右折してしまって道に迷った時、なんとなく目の前に見えていた山が気になって、前世はあの山に住んでたんじゃないか?とチラッと思ってたのだが、気のせいだとも思ってそのままその時は忘れてたが一応その事をOさんに話すと、Oさんは広島市に入った時に右手の山が気になってそこにオレが住んでたんじゃないかとチラッと感じたらしいのだ。そして二人でよくよく思い出しながらお互い感じた山の場所を確認していくと方角的にオレの感じた山とOさんの感じた山の位置関係がピッタリ一致してしまうのだ。やっぱりオレは広島にいたのだろうか??

一応オレの一つ前の前世で今わかってるのは広島市から西北方向の山のどこかの寺にしばらく住んでいたのではないかという事。あとその寺は階段を登った上にあるイメージ。ちょっと今度地図でもう一度調べてある程度寺を割り出して訪ねてみたい。それでもし戦時中に生きてたオレが誰かわかったら、京都のどこで死んだかもわかるかもしれないし、そこまでわかったら日記が見つかる可能性も跳ね上がるはず。う~ん、我ながらかなり怪しいぞ(^^;)

 


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前世の日記探し1-出雲編 2003年03月09日 22:29 Pages: 1 2 3 4

「管理人旅記録」は、旅先でのあやしひ出来事を中心につづった記録です。こう言った話が理解し難い方は、すみやかにブラウザーの閉じるボタンを押し、現実に戻って「一瞬変なものを見た気がしたが、これは私の体調不良による幻覚だ!そうに違いない!!」と考え、コップ一杯の青汁を一気飲みして健康な自分を取り戻しましょう。

*枠のある写真はクリックすると拡大して見れます。

出雲

大きな仕事が一つ片付いて一週間休暇をもらえたので、今回は一人クルマで出雲に行こうと考えた。元々出雲神話や邪馬台国など好きなのであらためて行ってみたくなったのだ。また、広島のあやしひ友人Sさんにも久々に会ってみたくなった。
この旅に出る数日前、そんな話をOさんと茶店でしていたのだが、そこへ偶然ZKさんとMNさんが通りかかって、思わず呼び止め4人で話してるうち結局4人でSさんに会いに行こうと言う話になってしまった。
しかしオレはあくまでメインは一人旅なんだと主張すると、今週の金曜にみんなで仕事など休んで広島現地集合!(爆)Sさんと5人で何故か広島の河原で鍋をやり、帰りはオレのクルマで京都に帰ると言う話になってしまった!?
わ、わけがわからん!! そんな訳でとりあえずオレは一足先に水曜日、京都を発つ事に決定。一応広島までは一般道をノンビリ走って、帰りはみんなと合流して高速で帰る予定。
いったいこの旅どうなる??

 

2003年2月26日(水)「元伊勢参り」

結局、広島のSさんは合流したあと、オレのクルマに同乗して京都に来る事になったらしい。で、京都で鍋をやろうかと言う話になった。とりあえずこれで鍋や飯盒、ガスコンロなどを広島まで持っていかずに済むみたい。
今日は朝から曇り空。とりあえず金曜にOさん、Sさんらと広島で合流するのは確かなので、木曜の夜は広島に比較的近い出雲で一泊と決めて、出雲の某温泉旅館に予約を入れる。今日泊まる所は、どこまで行けるかが予想つかないので、日が暮れる頃に予約することにした。さすがに寒いので今回は野宿は考えてない。(寝袋、テントはクルマに積みっ放しだが・・)
久々の一人旅でワクワクしながら、ガレージへ。一応クルマのエンジンルームを開けて様子を確かめる。う~ん、汚すぎて点検にならない(笑)。あ、よく見るとタイヤの溝が消えかけてる・・!ま、とりあえず京都に戻ってくるまでぐらいはもつだろう。

AM10:20 出発です。出発時のオドメーターは104,050km。自宅を出て、まず9号線へ。しかし、ふとダイエーを見かけて立ち寄る。手持ちのデジカメにプロテクターを付けたのだが、そうすると付属のバッグに入らなくなったので、ちょっと小さめの肩掛けカバンを買う。1000円也。
気が付くと昼!今日中に鳥取までは行きたいと思ってたので、ちょっと慌てて9号線に入って亀岡を通過。福知山の手前に来て、とりあえずスタンドで給油。よく見ると左のワイパーがボロボロだったので、ついでに換えてもらった。
福知山を過ぎてすぐ175号線に入る。鳥取は9号線をまっすぐなのだが、今日のメインは、この175号線の先にある元伊勢の皇大神宮なのだ。昔、漫画のネタにと元伊勢について色々調べていて見つけた神社なのだが、何やらとても妖しくて(?)オレ的にすごく気に入ってる場所なのだ。ここ数年は毎年参りに行っている。

  • 出雲
    9号線をまっすぐ~
  • 出雲
    この階段の上に
    外宮が・・
  • 出雲
    皇大神宮、外宮です
  • 出雲
    外宮、裏側より
    失敬!

 

元伊勢というのは、今は伊勢神宮に天照大御神(あまてらすおおみかみ)が祭られてはいるが、大昔その伊勢神宮に祭られるまでは、どこに祭れば一番いいのか巫女さんなどのご神託に従って、ここかな?いや、あっちかな?・・と日本各地を転々として祭られていたのだ。その通過点とも言える祭られたそれぞれの場所を元伊勢と言うのだ。だからこの皇大神宮も伊勢神宮と同様、内宮と外宮があり、ちゃんと天照大御神と豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祭られているのだ。

PM2:00 そんな訳で、まずは外宮を参拝。階段を上って、コケだらけの古~い感じの社が見える。やはり平日昼間だけに誰もいなくて、とても静かでなんだか大昔にトリップしたような気分になれる。
次に内宮。こっちもやはり古い感じなのだが、とにかく周りの古木の根っこが力強くてやはり怪しいパワーを感じさせる。空気もまた神秘的なものがあり結構本殿まで坂道で片道10分ぐらいかかるのだが、登って行くほどに元気になってくるような感覚さえある。今回初めて気が付いたのだが社務所の隣の建物に天照大御神の絵があった。もともと神道は仏教と違い自然崇拝が基本なので神仏像などは殆どないものなのだが・・、珍しいので写真を一枚パシャリ。

 

参拝したら、お約束の御神籤!数年前から毎年引いてるのだが毎年思い当たる事がピタリとあるから欠かさずひいてる。去年は大吉で、確かにすごく面白い一年だったが、今年はさらに面白くなればなぁと思っていたのだが、さすがに2年連続大吉はないだろう・・とひいてみたら、なんと!今年も大吉だった!うそ~!ここの御神籤、大吉しか入ってないんちゃうん!?(笑)。う~ん、やはり今年も色んな事が起こりそうな気がしてきた!
ちょっと記念撮影・・と思ったら、オレ以外、誰も参拝客がいなくてシャッターを押してもらえない・・。あ、そーだ社務所にカワイイ巫女さんでもいたら、ちょっとさりげなくお願いして仲良くなろう・・と社務所を覗くと、これまただ~れもいない!・・・。きっと並んでるお守り盗んでもバレないな‥!

自分を撮るのはあきらめて、次は内宮の裏にある「天の岩戸神社」と呼ばれる奥の院へ向かう。ここが、オレにとっては一番お気に入りの場所なのだ。「天の岩戸」とは天照のひきこもり伝説(?)に出てくる岩戸の事。小さな祠なのだが、川のそばの崖に立てられていて、これまたイイ雰囲気をかもし出してるのだ。社の後ろにある山も、また怪しくてピラミッド型をしていて、見てるだけでもかなり強い力を感じさせる。岩戸神社に向かう道の途中で、そのピラミッド型の山の見える丘があったので、ここでミニ三脚を使って自分撮り。微妙に空しい(笑)

石の階段を下っていく。川が見えてくる。祠は小高い崖に建てられていて、参る為には崖をよじ登らなければならない。その為の鎖もちゃんとあるのだ‥。去年は正月に来て全面雪で真っ白でこれまた無茶苦茶綺麗だったのだが、今回は雪がないのがちょっと残念。次回はまた雪が積もってそうな時期を狙って来たいものだ。

 

PM3:30 駐車場に戻ると皇大神宮を後にして、9号線に戻って鳥取に向かう。雨がちょっとパラついてきてうっとおしい。
PM5:00 鳥取まであと30キロ程と言う所で、とりあえず宿探しを始める。車に積みっぱなしだったホテルガイドを久々に引っ張り出し、片っ端から電話するつもりだったが、あっさり一件目で予約が取れる。まぁ平日だしねぇ。

PM6:00 ビジネスホテルに着く。シングル4800円。いいんじゃないの?
チェックインしたら、すぐに街に出る。昔バイクで地方を旅行してた時、よく夜の7時には殆どの店のシャッターが閉まり食べる所が見つからずコンビニ弁当をホテルに持ち帰って寂しく食べた事が何度かあったので‥、早めに晩飯にする事にした。う~ん、美味しそうな店はなかなか見つからない。つーか、開いてる店の殆どが居酒屋?明日は温泉旅館で懐石を予約してるんだ!今日は出来るだけ安く済ませたい。
と、そこへお好み焼き屋を発見。鳥取のお好み焼きってどんなんかなぁと、見てると・・??看板には「ニコニコ焼き&お好み焼き」???「ニコニコ焼き」?そんなのあったっけ?何?ニコニコ焼きって!なんかオレの好奇心をすごくくすぐる響き・・。(^^)なマークが横に出てるけど・・。(^^)な形をしただけのお好み焼きでは?あるいは店員がやたらニコニコしながら焼いてくれるのか?それとも食べる側がニコニコしなくてはいけないのか?(笑) 怪しい~。気になる~。結局、お好み焼きはSさんらと会った時に広島焼き食べる約束をしてるのでパスだ!しかし、いずれまた来てニコニコ焼きの正体を暴いてやる!(笑)

すぐ近くに定食もあるワリとよさげな雰囲気の居酒屋を見つけて、そこに入る。鳥取は何がおいしいのかなぁと、注文を聞きに来た店員にお勧めを聞いてみたところ「豚しょうが焼き定食」を薦められた。・・・。普通やん‥!。オレとしては海鮮とか期待してたのだが、せっかくアルバイトっぽい兄ちゃんが薦めてくれたので、注文してみた。でもこれが意外に美味しくって満足!

PM7:30 店を出るとすでにほとんどの店がシャッターを閉じていた。う~ん、やはり早めに食べに出て正解だった。コンビニに寄ってからビジネスホテルに戻る。と、OさんやMNさんからメール。MNさんはSさんが京都に来てくれる事になったので結局、広島には行かないかもしれないらしい。Oさんはとりあえず遊びに出かけたいらしく広島まで行くらしい‥。ZKさんは考え中との事。金曜日はどうなるんだろう・・。

ところでここで「あやしひ旅記録」らしくなる様、妖しい友人達をあらためて紹介。
まずOさんは去年、友人を通して知り合った年上の女性。大きな息子さんもいるのに元気で気持ちはいつもお若く、見た目はちょっと派手なお方です(笑)。霊感が強く、出会ってイキナリオレと久々に会った様な訳の分からん話をされ、変な人だと思っていたのだが・・。結局この人がきっかけでオレも訳の分からん色んな前世の記憶を一気に思い出してしまったのだ‥。
Oさんとは天界の様な所でのかなり付き合いの長い親友だった。この天界の様な所と言うのも死んだ後に行くいわゆる天国なのかどうかは、よくわからない。ただ男とか女とかの性別と言う区別が無く、みんな白いギリシャ風の服を着ていて、建物もギリシャっぽい白い柱がありとても静かでいて、でも意識すると心地よい音楽が流れて来る様な・・。外は花畑なのか草原なのか、色んなイメージが出てきてよく思い出せないが、とにかくとても綺麗で平和で永遠に居たくなる様な所だった気がする。
その建物の中に大きな机があって、そこでOさんといつも色んな話をしていた。でも不思議な事によく会話に出てくるのはこの現世の物質世界の事だったような気もするのだ。Oさんの話では、その机のある部屋は高い所にあって、螺旋状の階段を上って行ったらしいが、その辺はオレは覚えていない。
また他の前世の記憶としてはチベットで修行していた時の前世で、オレは男で、よく大きな樹の下で葉っぱになる瞑想(?自然と一体化する様な瞑想かも・・)をしていたのだが、その瞑想の邪魔をしに来ていた近所の悪ガキっぽい男の子がOさんだった記憶もある。
また同様のチベットの前世で、一緒に修行僧をやっていたのが広島のSさん。OさんもSさんとはチベットで会ってた記憶があるらしいが、三人とも同じ前世で同時に会ってたかどうかはわからない。とりあえずみんな何度かチベットでは繰り返し生まれてた様なので、ハッキリはしない。オレも平安時代以降は殆どが日本のしかも京都で生まれているハズなのだ。

さて、そんな怪しい話を語りつつ今日と言う日は過ぎていくのであった。とりあえず、あとは風呂に入ってミックスゼリー「きらり」を食って寝るだけ。明日は出雲だ!

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:235km
  • 出費(約):カメラバッグ1,000、ガソリン&ワイパー5,000、ホテル5,000、駐車500、晩飯1,000、おやつ400、・・計13,000弱
  • 主なBGM:ラブサイケデリコと尾崎豊(-_-)
  • 出雲
    夕焼け(運転しながら
    撮るな?)
  • 出雲
    ホテルの窓から・・
    右手に鳥取駅が見える

 

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