天界の記憶

世界の果ての日本人 2013年05月04日 00:30

今回は、ちょっと宣伝です。友人がTVに出るらしいので。。
昔、この日記でも書いた原始三人家族の娘でもあるケイコさんです。
今世では一応私の方が年下なのですが、父と呼ばれています(笑)。
元々女優さんで、引退後ハワイに住んでたかと思いきや、日本一周して、結婚して落ち着いたと思ったら、離婚して今度はロタ島で財産を一切持たない生活を始めて、もう1年ぐらいでしょうか。
私には展開が速すぎて付いて行けないと思うかたわら、彼女の生き方はとてもうらやましくも思っています。

2013年5月7日(火)19時からTBS系で「世界の果ての日本人~ここが私の理想郷~」と言う番組です。
サブタイトルの中に「家はテント!風呂は海!」。。間違いなく彼女の事です^^;

彼女がどんなふうに生活してるのか、見れるのが楽しみです。
なんか、またブログも始めてるようで、リンクしておきます。

http://ameblo.jp/keikokita2525/

確か以前、記事で書いたのは、彼女の結婚式の時で、私も行ったのですが、そこの神さんも祝福してたと言う様な記事を書いたと思います。
ところが翌年には離婚でビックリ!当時は落ち込んでないのだろうかとちょっと心配しましたが、それは余計な心配だったとよくわかりました。
彼女には、こう言う自由な生き方の方が似合ってるみたい。

世の中、沢山の情報がありすぎて、悩まなくてもイイ様な事まで悩まなきゃならない様な事が多すぎます。
住む場所、お金、仕事、人間関係、どれもがうまく回らないと生きて行けない様な錯覚を起こして、不安を大きくさせて、必要以上にそれを求めてしまう。
その為に、自分ではなく他のものに変化を求めてしまう。
家さえあれば、お金さえあれば、仕事さえあれば、この人さえいれば、あの人さえいなくなれば、あの国さえ滅んでくれれば。。
そうやってわざわざ自分の心を、満たされない状態に追い込んでしまう。そして苦しくなる。

そうやって一生を終えるのも一つの生き方ですが、何も持たずに自然と共に暮らす彼女の様な生き方も、その一つです。
生きていく手段なんて無限にあるんです。
それを選べる自由を自分自身も持っていると言う事に気付くだけで無限になるんです。

え?私ですか?私はこれからもひっそりこっそり怪しひ世界に生きる事が、私の生き方です(笑)。

そうそう、怪しい話ついでに、先ほどの彼女の昔の結婚式の記事の中で、コメントでだったか神々が祝福してたという話を書きました。
祝福してたんだから二人はきっとうまくいくと思ってました。でもすぐに離婚してしまったのですよ。
あの記事を書いた私の立場はどうなるんだ。。と思っていたのですが(笑)、ちょっとそれにちなんで思い出す話がありました。

以前の記事で、低級霊に憑かれたヒーラーさんの話「ヒーラーさんを信じて良いのか?」の
H2さんも、そのヒーラーさんに出会う直前、神社にお参りに行った時にちょっとした暖かい神秘体験があって、だから余計にそのヒーラーさんを信じてしまったと言ってたのです。

そして私自身も、天使や女神さんと繋がった時、質問をしてみるとイイ感覚だったから、これで間違ってないと判断して、進んだら間違ってたと言う事もたまにあるんです。
もちろんキャッチした通りうまくいく事も沢山あるのですが、でもこれらの意味がちょっとわかってきました。

つまり天使や神々のいる様な高次の世界においては、正しいも間違いも別に無いんですよ。
ただ我々人間側の感情や波長が一時的に高くなった時に繋がって、それに答えるように高次の存在達も暖かいエネルギーを送ってくるだけみたいです。

だから天使が現れたから間違っていないとか、あんまりアテにして考えない方がよさそうです。
それで間違ってたら天使のせいにしたくなりますよね。

アチラの方々にとっては、正しいも間違いもないんです。
そもそも物事が正しいのか間違っているのか、それを決めているのは我々人間側の概念です。
アチラの方々は、ただ祈る人の気持ちの波長をキャッチして、よりエネルギーが高まるように、返しているだけのようです。
逆に罪悪感や不安感が伴ってるような時は、そもそも波長が繋がりにくいから、反応も薄くなって、間違ってるのかなと解釈する。そんな感じでしょうか。

ただ、神々に化けた低級霊は別です。ハッキリと指示を与えてコントロールしようとするので。
そういう意味でも、自分の進むべき道は、基本自分自身で決めていく。
そして自分の決めた道に別に正しいも間違いもないと、全てが学びになると考えておけばいいと思います。

この辺の話、ちょうど去年末に面白い夢を見て、わかってきた事なんです。
左手に槍の様なもの、右手に宝珠?みたいな物を持っていて、真っ白の世界にひたすらただ立ってるという夢でした。

夢の中で夢を見てる自覚があって、これも前世だろうかと思いながら、あたりをよくよく見渡すと、直径1~2mぐらいの赤や青に光っている大きな蓮華がアチコチに咲いていて、
自分の心はとにかく何も考えていない、思考停止?みたいな、そんな不思議な夢を見たのですが、これを後日ヒプノで確かめてみたら、どーもこれも天界の前世の記憶だったようで、ようは、菩薩さんか何かの記憶の様でした。

この手の記憶は実はお客さんの中にもたまにいました。祠に居た様な記憶の出てくる人や、祭られてる記憶など。
仏教でも、菩薩の位は比較的、人間に近い神様の領域で、生前修行してた人が行く世界とも言われてるので、そんなに珍しい事ではないと思う。

で、面白いのは、その突っ立ってる時、普段は心が停止してるのに、時々、誰か人が祈りに来るときに意識が動き出すんです。
でもその意識が動き出す時って限られていて、本当にその祈りに来た人が真剣にお願いに来られた時だけなんです。
その瞬間だけ意識が繋がって、その人にふっと応援してあげる様な形に意識するだけでスーッとエネルギーがその人に向かって流れていくんです。

だから、その人が具体的に何を祈っているのかとかは何となくはわかるんだけど、別にそれに対して、こうすればイイとか、こっちに進めばいいとか、あんまりそこまでいちいち考えないんです。
ただ、祈る人に元気を分けるような感じで意識するだけで。その人の祈りが終わると、意識がすっと切れて、また思考が止まる。そんな感じでした。
まぁ、神仏によっても違うのかもしれないけど、とりあえず自分は、何をお願いしてるかまでは、いちいち詳しく聞いてませんでした。よーわからんけど、とりあえずエネルギー流しとこって感じでした(笑)。

だから、お参りと言うのも、ちゃんと本気で祈ったら、ちゃんとそこの神さんと繋がるんだろうなって思う。
これは別に霊感ある人だから繋がるとか、そう言うのは一切関係ないです。祈る気持ちや信じる気持ちが真剣な人ほど繋がると思って大丈夫。

しかもヒプノの中では、ちゃんと祈る人の姿もわかったので、やっぱり信じる気持ちに比例して繋がりやすくなるんだと思う。
ただ、アチラの方々も、特定の人に執着すると、多分その場所に居られなくなって堕ちてくると思うので、こちらも必要以上にアチラの方々に依存してしまうのも、ちょっと違うでしょうね。

あくまで、自分の道は自分で決めて、その決めた道に対して、パワーをお借りする様な気持ちで頼る分にはイイと思う。
そこまでがアチラの方々の修行にもなっていると思うので。

この辺の話は、近いうち、高次の存在にお願い事をする時のコツとして、京ひぷのの「りんねの事典」で詳しく記事に書く予定です。

 


生まれる前の記憶 2011年12月28日 00:10

今回紹介するのは私の話ではなく、このサイトの読者の方の話になる。
このサイトの記事の中でも何度か書いた、天界の記憶に関連した話だ。

ギリシャ風の神殿の大きなテーブルを前にOさんとよく話をしていた記憶の中で、Oさんが、別の記憶で何やらパネルを操作して、宇宙の惑星同士の衝突を出来るだけ避けるために惑星などの軌道を操作してた記憶の話(日記2004年11月29日「怪しい集い・・」参照)があったのだが、実はその記事を読んで、同じ記憶を持っていると言う方からメッセージを頂いたのだ。

その方は前世で亡くなった所から今世で生まれるまでの記憶をかなり鮮明に持っている貴重な人で、かなり面白い話だった。本人の了解を得て今回書いてみる事にした。
ここでは仮にBさんとしよう。Bさんの記憶は以下のような感じだ。

—————————–

それはひとつ前の前世において、交通事故か何かで自分が亡くなった場面から始まる。
30歳前後の男性で奥さんを残して亡くなってしまい、奥さんが心配でしばらくは成仏できずに、奥さんのそばにずっと留まっていたらしい。
突然の死の上、奥さんに悲しまれると死者にとっては当然余計に未練も大きくなり、なかなか旅立てなかったのだろう。

ようやく奥さんも立ち直り、もう大丈夫だろうと思えるようになって、Bさんもこの世を離れて成仏したようだ。
本人曰く15年ぐらいかかった様な気がするとのこと。

  • 生まれる前の記憶
    寂しい山道を歩く

さて、アチラの世界に入って、気がつくとひたすら寂しい山道を歩いていたと言う。
道の横には、ちょうど恐山なんかでよく見る、あの石をいくつか積み上げられた様なものが、沢山あったという。

この積み石は何の意味があるのか、この辺りも後々分かってくる。
Bさんの体験では、いわゆる三途の川は出てこなかった。よく臨死体験では定番の三途の川だが、この辺りは、その人の宗教観、価値観によってもイメージが変わるのかもしれない。

しばらく歩くとどこかの建物の中に入り、何やら人が3列ほどで並んでいた。
Bさんも自然とその一列に並ぶ。

ようやく順番が回って、先頭にたどり着くと、係りの様な人に何か色々話をされ、指示され、また次の場面へと変っていったらしい。

  • 生まれる前の記憶
    閻魔の鏡イベントか?

この列に並んで指示される場面。。おそらく生前の行いから、これからの行き先を案内されるようなイベントなのだろう。
昔話では閻魔様が出てきて、天国に行くか地獄に行くか裁かれるシーンだ。
生前の行いが、みんなの前で全て映し出されて、行き先を決められると言う、あの「閻魔の鏡」も、おそらくこのイベントの段階を表しているのだろう。

誰にも知られたくないあぁんな事とか、こぉんな事とか、みんなの前で赤裸々に堂々公開されてしまうと言う、あの「閻魔の鏡」イベント。あれだけは、勘弁して欲しいと思っているのは私だけではないはずだ!!

しかし最近はアチラの世界も人手不足で、一人一人そんな風に見ていく暇も無くなってきたのだろうか。三人体制で次々と順番が来ると言うのも、なんだか慌ただしい。
もしかすると、その判定を下す側の求人情報も探せばあるかもしれない。今度死んだ時は是非確認してみよう!

とにかくこれは、一人一人の潜在意識において生前の引っ掛かっているものが、浮き上がってくる(露わになってくる)段階なのだろう。
それらのカルマによって、自ら次の行く先を選択する、そういう段階だと考えられる。
ただ、これも人によってイメージが違うだけなのかもしれないし、人によっては潜在意識が織りなす自分物語をアチラの皆さんに公開しなくてはならないケースもあるのかもしれないので油断はできない!

次に来たところは、なにか一面水の様な沼のような所だったと言う。
水は膝まで浸かり、とりあえずあんまり心地の良くない場所だったらしい。
周りを見ると、最初に見たあの積み石の大きなバージョンとでも言おうか、それが塔のようにいくつか立っている。
よく見るとそれぞれ人が積んでいってるようだ。

するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「2万年そこにいるか、それとも石を積むか」そんな意味の声だった。
「2万年ってナンダ??そんなにこんな所になんかいられるか!」。。かと言って、こんな心地の悪い所でジッとしているのもつらい。とりあえず渋々ながらもBさんは石を積み始めるのだ。

しかし重い石をひたすら積むなんて、そう簡単な事ではない。何のために積むのかとか、何の意味があるのかとか、全く分からない。
バカらしくなって積むのを辞める。でもこんな心地の悪い所にこのままいるのも嫌だ。かと言って石を積んでいけば何か状況が変わるのかと言えば、それもわからない。
他をみると同じように迷う者もいれば、ただ黙って石を積み続ける者、早々にあきらめ何か穴の様な所にうずくまってじっとしている者もいる。あんな風になるのも嫌だなぁと、また石を積み始めるBさん。

どのぐらい時間が経っただろうか?それなりの高さになってきた積み石。
その頃にはBさん自身、ひたすら力を使う作業だけにやたら体が筋肉質になってきた。
ふと周りを見ると、同じ様に石を積み続けてる人達の中に、やたらスイスイと軽々しく石を積んでいってる人もいた。

  • 生まれる前の記憶
    子供が軽々と積んでる!

どんな大男が積んでるんだろうと近づくと、よくみると大男ではなく小さな子供ではないか!
それも何か力を使って石を積んでると言うより霊力の様な力でひょいひょいと軽やかに積んでいってるではないか。

なんでこんな小さな子がスイスイと石が積めるんだとBさんは不思議に思い、本人に聞いてみた。するとその子は、ただ「積んでいれば、そのうちわかるよ」と答えるだけだった。

どれぐらいの月日が流れたのか、もう何でこんな事をしているのかとか、しんどいとか、そんな事はいちいち考えなくなっていった。ただ無心に積み続けていた。
その頃からか、今までどんどん筋肉質な大男になっていく自分が、今度はどんどん若返って体が子供の様に小さくなっていく事に気が付いた。
その頃には、もう物理的な力は使っていない。何か精神的な不思議な力でスイスイと積み上げていってる自分がいた。あの子供が言っていた「そのうちわかるよ」と言うのは、こう言う事なのか。

しかし何故Bさんは、筋肉質な男から今度はどんどん子供に若返っていったのだろう。
おそらくこの「積み石」と言う作業は、自己の「囚われ」を落としていく作業なのではないかと思う。
「重い石」を積み続けると「筋肉が付く」と言うのも冷静に考えれば、コチラの世界つまり物質世界においての概念なので、肉体を持たないアチラの世でも通用すると言うのも、単にそういう感覚をアチラの世界に持ち込んでいる、言い方を変えれば物質的概念に「囚われている」に過ぎない為と解釈できる。

別記事エリアシフトの最後にも書いてるように、アチラの世界はイメージの世界であるにもかかわらず、この物質世界以上の鮮明感のある次元もある様なので、どうしても生前の感覚で解釈してしまいやすい部分は多々あると思う。
しかしこれは、物質世界、人間世界に対する囚われが残っているに過ぎない。
最初の「何でこんな事をしなきゃならないのか」とか「どうすればこんな心地の悪い所から抜けられるか」とか、これらも結局自己への囚われとも言える。
それら囚われが、ひたすら石を積み続ける事によって、どうでもよくなっていく、「囚われなくなっていく」事によって、どんどん軽々と石が積める様になっていったと考えられる。
若返っていくのは、そういった固定概念が剥がれていく事によって、本来の純粋な子供の様な自分の潜在意識が露わになっていく事を表しているのではないかと思う。
もちろんこれは正確な解釈だとは思わないが、イメージ的にそんな感じではないかと、話を聞いた時に私は思った。

やがて、いつしか積み上げた石が天にまで届く高さになってきた。Bさんは、自分で積み上げた高い高い石の塔をよじ登り、そのまま雲の上に辿り着いた。沼地の様な地獄から脱出できたのだ。

雲の上に辿り着いた時、なにか神々しい大きな存在を見た気がすると言う。
しかし残念ながら、その部分はよく思いだせないらしい。
とにかく愛にあふれた神様って感じの存在とそこで出会い感動した雰囲気だけは何となく覚えていると言う。

このイメージは、臨死体験の中でもよく耳にする。「何か大きな存在に会った」「神がいた」など。
まさに「自己への囚われ」が剥がれおちて、既に自分が「神々の愛」の中にいたという事に気づく瞬間だったのだろう。

  • 生まれる前の記憶
    天界!?

雲の上に来たBさん。そこはまさしく天界って感じの場所だったらしい。
雲の上にギリシャ風の神殿の様な建物が建っていたと言う。

この辺りの天界の話は聞けば聞くほど、私やOさんと共有していた天界のイメージに近い。
私の中ではそこまで鮮明な記憶はなく、とにかく何かよくわからないけど綺麗な場所だったなぁと言う程度のイメージしかないので、自分の中にある天界の場所と、Bさんの記憶の天界の場所と同じかどうかはわからないが、イメージ的には非常に似通っている。

またOさんの話では、その神殿の様な所に行くには長い螺旋階段を登って行ったと言っていた。私の中では何か柱の並んだ廊下の様な通路を歩いた様な記憶もある。それぞれ、天界のどこかの場所の記憶かもしれないが、共通しているのは、やはりギリシャ風の建物で、そこの人はみな白い服を着ていた事だ。
天使の様に羽を生やした人は見かけなかった。。

ちなみに「京ひぷの」でのグループワークでもやはり天界でお客さんの前世と会ってる記憶が出てくる事もあったが、その記憶では、みな羽を生やした天使の様な世界で、どこかの城の様な所の入り口で警備の様な事をしてる記憶が出てきた。
おそらくそういった羽を生やした天使の様な天界も、また別の所にあるのだと思う。

さてBさんの話に戻る。
Bさんは、そのギリシャ風の建物の中で、どこか大きなモニターのある部屋に行き、そこで惑星の無駄な衝突を避ける為に軌道を操作する仕事をしていたと言う。
何人か他にも人がいて、それぞれが画面に向かって操作してる。空中の画面を見ながらタッチパネルの様に操って仕事をしていたと言う。

  • 生まれる前の記憶
    惑星の軌道をコントロール

この辺りはOさんの言ってたイメージと全く同じでビックリした。
私がOさんから聞いた話では、やはり画面に向かってパネルを操作して、惑星の無駄な衝突を避ける仕事で、とてつもない計算をしながら、その惑星の軌道を変えていったという。
この辺りは、Bさんの話す内容と全く同じだ。
このサイトでは省略して話してない様な細かい所も、Bさんが喋るので、ああ、やっぱり本当にそんな所があるんだなと感心させられた。

Bさんは、この仕事をどれぐらい続けていたかは分からないが、結構長い間そこにいたらしい。
そこにいる間、他の人達の中に時折しばらく居なくなり、そしてまた現れる人が何人かいたと言う。
Bさんが言うには、しばらく居なくなる人は、居ない間どーもこちらの地上の世界に転生してるんだろうとの事。

Bさん自身は結構そこに長くいて、その間に何周も転生してる人もいたと言う。
やがて何かBさんも「そろそろ自分もいかなきゃ・・」と感じる様になったと言う。
そして地上に転生する為に、そこから出発したと言う。
やはり天界とは言え、そこに永住する様な感じでもないのだろうか。

気が付くとまたひたすら寂しい長い長い道を歩いてる。
今度はまた人間へと転生する為の旅だ。

やがてどこかの小屋に辿り着き、そこにしばらく滞在したと言う。
その小屋には気のイイお爺さんと、他にもそこを出入りする人が何人かいて、みなで語りあったと言う。
転生の待機場所の様な所なのだろうか。

  • 生まれる前の記憶
    旅の休憩

何日ぐらい滞在したかわからないが、日に日に一人また一人と周りの人が旅立っていき、最後は、そのお爺さんとBさんの二人だけになったと言う。
なんとなくずっとそこでお爺さんと話していたい様な、さみしい様な感じだったらしい。
この小屋での記憶がBさんにとっては何か心地良かったようで、懐かしそうに話すのが印象的だった。

やがて、大男がBさんを迎えに来たと言う。
Bさんは大男についていき、また歩き出す。
大男について行くとどんどん山奥に入っていく。
そのある山の斜面を歩いてる途中、気が付くといつの間にか大男の姿は見えなくなっていた。

どうしようかと思いながら辺りをよく見ると、その山の斜面に、いくつもの穴が開いていた。
何の穴だろうと、その一つを覗き込んでみたと言う。
そのままBさんは、その穴の中を進んでみた。

しかし中は狭く、引き返そうにも狭くて方向転換できず、かと言ってバックする事も難しく、そのままどんどん穴の中を進んで行ったという。

そのうち穴はさらに狭くなる。よく見ると、穴の向うに何か光が見える。
出口だ!

Bさんはその出口を目指してどんどん進む。
そして、その眩しい光の出口に飛び込んだ。

その出口を抜けると、そこはコチラの世界。この地上の世界だった。Bさんはそのままこの地上で生まれてきたと言う。

この生まれた直後の記憶も続きで覚えていると言う。しかしその記憶もいつしか途絶えていく。
この人間界の概念的情報が大量に流れ込んできて、そのまま記憶を失ったのだろう。
そして人間としての新しい記憶が積み上げられていくうちに、この記憶は消えていったようだ。

—————————–

以上がBさんの語ってくれた生まれる前の記憶の物語だ。
この記憶は昔からあったそうだが、自分の空想だろうと、すっかり忘れていたそうだ。
しかし、この「ゆらとふるへ」のサイトでOさんの「惑星の軌道を修正する仕事」の話を見つけて、自分のこの記憶がただの空想では無かったんだと驚いて、思わず連絡をくれたそうだ。

天界での記憶はヒプノのお客さんの中でもたまに思い出す人もいるが、天界の様子は人によって、くい違いは沢山ある。しかし所々似た表現をする人もいて、「あれ?その話、最近、他のお客さんも似た様な話をしてたなぁ」と驚かされる事もある。
アチラの世はどーもイメージ主体の世界であり、そこに入る魂によって見え方にズレはあるものの、心の動きから見ていくと、多くの話の流れに共通する関係性が明確に見えてくる。

Bさんの物語も、最初の沼地の様な所で「2万年か石を積むか」と言われてひたすら石を積んで天に上っていく場面。
この沼地は地獄の一種だと思うが、別に苦しい感じでもないので、比較的軽い地獄と言えるだろう。
そこで2万年も過ごす意味、そしてあるいは石をひたすら積むという行為の意味。
これは書いたように「囚われ」の消化の意味があると思う。

つまりBさんの中にある、この世に対する「未練」、奥さんの事や自分の事も含め、あらゆる「執着」が沼地を意味し、そこに足を囚われている状態だと解釈できる。
その囚われをとるには、ひたすら忘れるまでそこに留まるしかない。しかしエリアシフトでも書いているが、アチラの世はコチラの世と違い時間の流れも違うので、コチラではすぐに忘れられるような事もアチラの世界では時間が止まっているがごとく、忘れる事自体が難しい次元っぽい。

だから石を積み上げるなど一見意味を持たない行動をとって行く事で忘れる。。と言うよりは執着を手放していくと言う意味があるのだろう。
だから天に届くほど積み上げる頃にはBさん自身、なぜ石を積むのかとか、嫌だなぁとか、そんな事も感じず、ただ無心に積み続けると言う状態に近づいたのだろう。
全ての苦しみはあらゆるものに魂が「囚われ」る事で生じる。
その囚われを手放して行く事でBさんの魂は軽くなり、地獄から抜け出る事が出来たのだろう。

こちらの世界で見かける積み石なんかは、ある意味、残された人たちが、亡くなった人に対して、早く高い世界に行けるようにと、苦しみに対する囚われから抜けれるようにとの願いから、サポート的な意味合いで積むのかもしれない。
ちょうど花を添えると、あの世で亡くなった人のそばに花が咲いて、勇気づけると言う意味合いと似ていると思う。
今回のこの話で、私が一番印象に残ったのは、この積み石の部分だ。

また時間的概念が、どーもこちらの世と全く違う事が、あらためて感じさせられた。
積み石の場面はBさん曰く数百年かかったようだが、その感覚もこちらの感覚に置き換えると数カ月って感じだと言う。
いや、それ以前に何万年も経ってたら、ひとつ前の前世で亡くなった理由が交通事故と言うのもおかしいという事になる。
同時に天界の場面では、Bさん以外の人が何人も繰り返しこちらに転生してると言うのだから、そもそも時間の流れ方がこちらと全く違っている事がわかる。
そうなると、我々は、自分の前世は「過去」と当然の様に考えるが、実際はそうとは限らないのかもしれない。
もしかすると、人によっては前世の自分が今現在別人として生きている、前世が今世と重なってる魂もいるのかもしれない。
ヒプノでも時々(私自身もそうだが)、前世がいくつか時間的に重なってる人もいる。
時間の流れに沿って輪廻転生すると言うのは、ただその概念に我々が囚われているだけに過ぎないのかもしれない。

もしかすると身近な人が、自分の前世であったり来世であったりするのかもしれない。
そんな風に考えだすと、もう実際どうなってるんだと答えを明確にしようとすること自体意味がないのかもしれない。

まぁでも死後の世界は死後の世界なので、死んでみないと本当にわからない。
いずれ死んでアチラの世界に逝かれた時は、地獄に落ちても慌てず焦らず是非この記事を思い出して地道に頑張って脱出して欲しい。

—————————–

追記。
この記事を書き終えて、Bさんに掲載内容を確認してもらおうと久々に連絡を取ってみたら、ちょうどBさんも自分の記憶をまとめてブログに書きだした所だったらしい。そんな訳で、そのブログのリンクも貼っておきます。

「前世?天界?って感じの記憶を元にオカルトを科学するブログ」

http://blogs.yahoo.co.jp/biribirizaemon887347/2003124.html

ちなみに基本的に当サイトから他所にリンクを張る事は避けてきたのですが(当サイトのカラー上、迷惑がかかる様な事もあるかもしれないので^^;)、それがたまたまなのか前回から結果的に他所に連続でリンクを貼ってる状況なのですが、他所サイトの運営や価値観、方針等については当サイトのそれとは互いに一切関係がありません。他サイトの事を当サイトで問合せされても、またその逆も互いに一切わからないので、ご了承ください。

なぜ、あらためてこんな書き方をするのかと言うと、それは。。次回書きます。
実は、また霊的に妙な事が最近ありまして、他にも知らず知らずに似た様な事に巻き込まれてる人がいるかもしれないので、問題のない範囲で早めに、出来れば年内に書きたいと思ってます。お楽しみに。

 


生まれる前の記憶 はコメントを受け付けていません。

ヒプノ天界探求 2011年06月10日 20:00

ゆらとふるへ更新です。WEB版エリアシフトの「孤独の浄化」を公開しました。
ちょっと、お客さんからの要望もあり、エリアシフトの記事を優先して公開していってます。あと、京ひぷのでは、新たに「探求ヒプノリンク」と言うのを始めています。

実は宇宙人の前世を思い出すお客さんが出てきたと思ったら、今度は誘導してもいないのに死後の世界の記憶を思い出すお客さんも出てきて、私自身の記憶と重なる部分もあり色々考えさせられる事がありました。こちらでも将来書く記事の予告でアチラの世界の事をちょこっと書いたりしてましたが、一度意図的にヒプノで死後の世界を探求していくとどうなるのかと思い、今回このワークを追加してみました。
まぁ、前世を信じる人なら死後の世界も信じるだろうし、何か出てくるんじゃないかと企んだわけです^^。

通常ヒプノの中では一応、死後の世界として漠然とした光の世界をイメージしてもらって、そこに行くまではやります。でもそれは自分自身の潜在意識から色々アドバイスをもらうのが目的なので、特にその世界がどう言った所かなんて見ていったりはしません。そこを今回あえて見にいったらどうなるのか、と言うのをやってみます。同時に一つ前の前世もちゃんと体験してもらって、リンク誘導もやるので、それなりに色々体験できると思います。
また超古代文明や宇宙人の前世にも拘ってやってみるので、一段と妖しいモノ好きの方にはお勧めかも(笑)。これはちょっと半分実験的な要素も強いので、ずっとやっていくかはわかりません。今回限りかもしれません^^;。。。。

こう言った実験的要素を含めたセッションとしては「リンク誘導」がありますが、参加者同士の縁のわかる前世としての誘導で、毎回イイ結果が出るので、そのまま続けています。
他に以前タイズヒプノと言う第三者の本当の気持ちを理解していくと言うセッションを実験的にやってた事もありました。これはリアルに体験出来る人とそうでない人と別れてしまい、試行錯誤してたものの結局保留にしました。
と言うのも途中で一度ちょっとビックリする様な結果が出る事があって、クライアントの知人と言った第三者の知るはずの無い過去まで色々見えてしまい、そのまま遠隔で癒したり浄化できてしまえそうな結果が偶然出てしまって、スゴイッと思ったものの、同時にこの場合、私だけでなく一緒にクライアントにまで負担がかかる事がわかり、やはりそのまま進化させるのは難しいという判断から一旦保留にする事にしたのです。まぁ、これはクライアントさん自身の持っていた「力」が大きかったと言う部分もあるのですが。

ヒプノは色んな可能性を秘めてはいるもの、心理学だけで扱うには無理があると個人的には感じていて、やはり結構スピリチュアル的な部分も大きいです。
この辺りはそのうちまたあらためてヒプノと言うものがどういうものなのか、自分なりの記事を書きたいと思っています。

——————–

さて、そんな訳で今回はこの死後の世界、と言うより天界の話、自分がヒプノで体験した天界の話をちょっと書こうと思う。

天界については、元々私が前世を思い出すようになったきっかけが「前世の記憶」の記事にも書いてるように、Oさんと出会って、この世でない記憶を共有している事に気付いたのがきっかけなのだが、この最初に出てきた記憶が、天界の記憶だった。
しかしヒプノを使うようになってから、あらためてその天界については詳しく見ようと思った事はなかった、そもそもこれは前世と言えるのかよく分からなかったからだ。
単に死んだ後、生まれるまでの間の記憶かもしれないからだ。

でも、ちょっと宇宙人の記憶が出てから、この天界の記憶も気になった。宇宙人同様、この天界も色々見て行けば新たに気付く事もあるかもしれないと思ったからだ。
しかし!ここで先に結論から書いておく。

記事としてはつまらない。

。。。
いや、ホント、全体的にまっ白ばっかりで、よくわからない(笑)。

ただ、お客さんの中では、もっと細かく思い出すも人もいて、結構おもしろかったのだ。本人の了解は得てないので詳しくは書けないが、ああ、神さんっているんだなーと、そんな風に生まれるのかと、色々感心させられた。

で、私も負けじと天界の記憶を見てみようと、あるグループワークの時に、一緒に挑戦したのだ。
しかしまあ、大した内容ではないので期待はしないで欲しいのだが、一応今回簡単に書く事にする。

————

とりあえず前世と言えるが分からないが、お客さん達を誘導しながら自分は「天界にいた時の前世へ」と自己暗示をかける。
そして最初に出てきた場面は、真っ白の建物の通路の様な所を歩いている場面だ。自分も真っ白のギリシャ風の服を着て、どこかに向かっている。
外の景色は白くてよく分からない。

ちょっと広めの部屋に入ると、大きなテーブルがあり、そこで何人か集まって会議を始めようとする場面だった。
みんなで何やら真剣に会議をしている。多分この地球も含めて、宇宙全体の何か大きなことについて話し合ってるような感じだけは伝わったが、正直何の話かはよく分からない。そこにはOさんは見当たらなかったので、Oさんと一緒にいた時の前世(?)とはまた違う感じだ。
性別は無いのか?やっぱり良く分からない。気持ちとしては、まぁ落ち着いていてやるべき事をこなしてるって感じだ。

次に家族と過ごしている場面に移動してみる。
天界にも家族がいるのか!?
。。。
と思ったら、さっきと同じような会議の場面だった。
??
まぁ、ここで話し合ってる人達が、家族の様なものでもあると言う感じだろうか。
気持ちとしては、まぁ落ち着いて過ごしてるって感じだ。

次に重要な場面に移動してみる。
そこではいったい何が起こっているんだ!?
。。。
と思ったらまた会議だった!@@
なんか移動に失敗したのか?いや、そんな感じでもないし。。その場面でも、みんなと何か真剣に話し合ってる。
まぁ何か重要な事を話してるのか知れないが、何が重要なのかよく分からない。
気持ちとしては、まぁ落ち着いていてやるべき事をこなしてるって感じだ。

次に最も幸せな場面に移動してみる。
天界での幸せってどんな幸せなんだ!?
。。。
と思ったらまたしても会議だった!!ナニィ~@@;
会議が一番の幸せなのかぁ??どうなってるんだ??
やっぱり移動がうまくいかないのか?でも確かにその何か地球や宇宙の事についての話し合いに夢中になってる感じもする。
気持ちとしては、まぁ落ち着いて何か希望の様なやる気は感じられる。

最後、無くなる場面に移動する。
天界で亡くなるって、どう解釈すればいいんだ??
と思ったら、真っ白だった。

ただ、こっちの世界にこれから生まれようとしている感覚だけは伝わってきた。
天界で亡くなってこっちで誕生するわけか。

最後に振り返ってみる。
いや、ひたすら会議してたのだが??これが天界なのか??
何かもっと期待してたのだが、お客さんなんかから聞く死後の世界は、もっと色々あって驚かされるのだが、いや多分、これは今回そこまで自分自身興味がないままダイブしたからかなとも思った。

ハイヤーセルフにメッセージをもらうと。。
「何がしたいんだ?そんなの分かりきってる事だろう」みたいに笑われた。

  • 天界の記憶
    とにかくひたすら会議!?

————
と、まぁ、私の場合はひたすら会議と言うオチだったが、あらためてまた興味が沸いた時にもう少し詳しく見たいと思う。

ただ、一つだけこのセッションで気付いた事があった。
それは、天界と言うのは確かに「苦しみ」はほとんどない。
でも苦しみがないという事は、楽しみがあっても、それを楽しみと認識できないということだ。

この世には沢山の苦しみがあるが、逆に言えば苦しみがあるから楽しみを楽しみとして認識できる。
ある意味、苦しむ事によって幸せを学んでいる様な所もある。

高い世界に行くと苦しみが無くなると同時に幸せも無くなる。いや幸せを幸せと気付けなくなってしまう。
仮にひたすら遊んでいられる世界があったとしても、つらさがなければ遊んでいる事に楽しさそのものが感じられなくなっていくわけだ。

いわゆる悟りの世界は苦しみも楽しみも感じない、楽な状態ではあるだろうけど、楽そのものも認識しないだろうし、自我そのものが崩壊していく事によって、無に帰っていく状態なんだろうと思うけど、そこに慈悲が残っていたら、今度は他の全ての魂が無に還る事を願って降りてくる事もあるんじゃないかとか、いや、その前にじゃあ何故そもそも我々の魂は無からわざわざ生じたのかとか、そう考えてくるとちょっとここでは書けない様な悪魔的な考えがよぎったり、それが善悪の始まりだとか、何かもう色々考えてしまった。

と、何だか収拾がつかなくなってきたので、とりあえず最後はお約束、
京ひぷのワーク「探求ヒプノリンク」はこちら↓って感じの宣伝で終ろうと思う。

≫京ひぷのワーク「探求ヒプノリンク」はこちらっ!

 


ヒプノ天界探求 はコメントを受け付けていません。

大晦日の罪滅ぼし(になってるのか?) 2010年12月31日 23:10

久々過ぎて、ホンマすみません!
なんか、このままでは「大晦日謝罪記事」が例年行事になってしまいそうで怖い!

今年もあやしひ事は沢山あったのだが、なにせ忙しく、なかなかゆっくり書く間がない状況で、今年の初めから放置状態。

ダメだ・・。
ブログの意味がない。
もうほとんど日記言うより年記だ。。

サイトも今年こそリニューアルしようと思っていたのだが、もうしばらくかかりそう。。
ブログはやっぱり掛持ちは難しい言う事もあって、とりあえず「ぷじゃメモ」を無くしました。
さらに「ひぷのメモ」と「輪廻の海」もくっつけてしまおうと考えてたのだが、そうなると「ゆらとふるへ」はさらに放置されるだろうし。。

「ゆらとふるへ」はもう1年半以上の未更新状態。
無料のレンタルサイトスペースだったら、とっくに消されていてもおかしくない。
いっそのこと無くした方がいいのかなぁとも考えていたのだが、これだけ放置状態なのに、それでも毎日沢山のアクセスがちゃんとあると言うのが、これまたありがたい事で、このままでは放っておけない。。

なので結局、現在ブログとしての「ゆらとふるへ」を再編集する事にしました。
「ひぷのメモ」と「輪廻の海」をブログ「ゆらとふるへ」としてまとめてしまうのだ。
そうすれば、更新記事投稿もきっと楽になるし、もっとこまめに記事が書けるはず!
なので、もうしばらく!もうしばらくだけ、お待ちください!
(この言葉に妙に罪悪感を感じるのは気のせいか!?)

さて、ここでは書けていない今年あったあやしひ話をチラ語り。。

一つは、前世の日記探しが大きく進んだ事!
実は、どーも一つ前の前世で亡くなった場所らしき所が見つかったのだ!
ただ、問題はその場所で亡くなった人の記録がまだ見つからず捜している状態。
来年あたり何らかの答えが出そうで、これについては現在、記事も準備中。お楽しみに!

そしてもう一つ、以前からチラホラ書いていたが、私に縁あるアチラの方々のうちの一人の正体が明確にわかった事。
以前から、白い龍神さんは何度も現れていて分かっていたのだが、もうひとり女神さんがいて、自分には洋風に感じられるのに、周りの人にはよく「和風の女神さんがいるね」と言われて、別人なのか、同じ存在なのかわからなかったのだが、ある方から、その女神さんの正式な名前を教えてもらう事が出来たのだ。
そして、その女神さんと縁ある神社を訪ねたら、直接コンタクトが取れた事。これかなりあやしひ話になるんだけど、自分的には結構、幸せな神秘体験でした。これもいずれ全部、記事にしたいと思っています。

また、「前世の記憶」の記事や、ここの古い日記で書いてる天界の話(日記2004.11.29参照)で、以前Oさんが、惑星の軌道を修正する仕事をしていたと語っていた部分があったのだが、実はこの天界らしき所の惑星の軌道修正の仕事をしていたと言う人が、もう一人現れたのだ!
たまたま、このサイトを見つけて、そのOさんの記憶の記事を見つけて、本人もビックリされて、長年の疑問が晴れたとメールを頂いたのだ。
この人は、またすごくて、前世で亡くなってから、地獄の様な所で何百年もワークをして、やっと天界に上って、そこで例の惑星軌道修正のワークをして、また人間に生まれてきたという所までの記憶を結構鮮明に持っている様で、本人の許可も得ているので、いずれまたここで記事にさせていただく予定だ。

他にも細々したあやしひ話は沢山あったのだが、なにせ今しばらく忙しくてゆっくり書けない。
来年、春ぐらいまでには、何とか「ゆらとふるへ」も含めて、ここをリニューアルして、その辺りの面白い話も記事にしたいと考えているのだ。。

と。。去年の年末もそんな事を書いてた様な気もするが。。
あ、、ここでわざわざ去年の大晦日の記事を見返さないように!

 


天使とカウンセリング 2008年03月31日 21:24

以前からちょっと不思議に思っていた事があった。
カウンセリングを勉強し始めて、友人、知人を練習がてらカウンセリングする事が増えてきたのだが、このカウンセリングの最中に天使が現れる事が時々あるのだ。

・・・。

もしかして私はまた変なのに憑かれてるのだろうか?
とりあえず鼻うがいは続けているので大丈夫だと思う(←関係ねー)

さぁ、そんな妖しい話であれば、ここしばらく日記がご無沙汰してた事など、読み手の頭からすぐに消え去るだろう・・。
・・・!な、なんて計算済みの上で語るわけではないですよ!信じて欲しい!

以前、ここの日記でも書いたのだが、友人のカウンセリングをした時、感動的な変化があった。(日記2006.10.19参照) この時、実は気のせいかもしれないと思ったから特に記さなかったのだが、彼女の表情がガラッと変わる直前に、天使が彼女の横に降りてきたような感じがしたのだ。あれ?と思ったのだが、そう言う事もあるかもなぁとは思って、あんまり気にはしなかった。

しかし、私自身もカウンセリングを勉強する上で、クライアントを経験しなければならないと言う事で、学校の授業の1部として、実際のカウンセリングを何度か受けてるのだが、その中でも天使が現れる事があった。
その時は、私は「地獄に落ちてる人を助けるには、自分も同じ地獄に落ちないと無理だ」と言う話をしてて、何気にカウンセラーの方に「なぜ、一緒に地獄に落ちないと助けられないと思うのですか?」と聞かれてハッとしたのだ。
もしかして自分はこの考え方に捕らわれすぎてただけなのかな?と。自分の中では大きな気付きが起こったのだ。
で、この時も、そう気付くのとほぼ同時に自分のそばに天使が現れた感じがあって、不思議に思っていた。

またカウンセリングではないが、友人の悩みを聞いてる最中、現れるとまではいかなかったが、ちょっと遠くから天使に意識されてると気が付く事があり、同時にふと友人の顔を見たら涙目の笑顔になっていて、後から聞けば、気持ちが上向きに切り替わる瞬間があったと言う。

何か、こうカウンセリングとか、そう言う人の心を深く考えさせられる時って、天使が寄ってくるのかなー?と、ちょっと不思議に思っていたのだ。

それが最近、そう言ったスピリチュアルな感覚も持ち合わせているカウンセラーの先生がいて、その先生のちょっとした心理学講座があり興味本位で受けてみたのだ。
そしたら、その先生が何気に「人に気付きが起こる時、天使が現れるんですよ」とぽろっと話されてビックリ!

後から、その先生に聞いたのだが、天使達は常に人間を助けたいと思っているから、天使のサポートとその人の「気付き」がほぼ一緒に起こると言う。オレはその天使達のサポートの瞬間を感じてたっぽい。もう、すごく納得した。

そして、これまたすごい体験があったのだが・・!
カウンセリングを勉強している友人達10人ぐらいで集まって話し合いをしてた時の事。
みんなカウンセリングを勉強してこれから何をしていくのかと言う話題になったのだが、その中でみんな互いに問題意識として浮かんできたのは今の日本が精神的に住みにくい環境になってきてるんじゃないかって話になったのだ。

残虐な少年事件やいじめにしても、生まれた時から残虐な人間なんていないんだし結局育つ環境が問題だろうと。
例えば母親が子供を公園に連れて行って遊ばせてる間、母親はずっとメールを打っている・・なんて光景もよく目にする様になったし、これでは今の子供が友達ともあんまり直接話す事無くみなメールで会話する様になってきてるのも当然。
その結果、心が通じきらずに信じられない事件や虐めが起こったりして。
このままでは日本はどうなっていくんやろう・・と、何とも暗い話に行き着いて、みんなど~んよりした表情で沈黙してしまった。

その時、オレはホンマに世の中って悪い方向に進むしかないんやろか?と考えていたのだが、ふと天井の方にすごい気配を感じて、意識を向けたらもうビックリしたのだが、すごい人数(?)の天使達が天井に集まってきていたのだ!

肉眼では見えないから、数える事は出来なかったけど・・少なくとも10人以上いたと思う。
それもみんな「力を貸したい」「協力したい」と言う気持ちが伝わってきて、オレは訳がわからないまま思わず口から「ほな、オレらの手で日本を変えていこか」と口走ってしまった。
もちろんみんな冗談やと思ったらしく笑いが漏れたのだが・・。

でもオレは、別に不可能ではないと言う気がしてきて、例えばスクールカウンセラーとかでも子供のカウンセリングの前に教師や親のカウンセリングが先決ではないかとか。
学校の中でも子供達が互いに本音を言葉で話せる様な環境作りが必要なんじゃないかとか。
それぐらいなら自分達にも具体的にやっていけるんやないかと。そんな事気が付いたら語ってしまっていて、ちょっとみんなももしかして出来るかも?と言う前向きな表情に変わってきていたのだ。

暗い怖い話をしてると霊が寄ってくるというが、多くの魂の向上に繋がる様な前向きな話題には天使が寄ってくるのかもしれない。
ちょっとそんな感じで何かと天使に意識が向いてきている今日この頃なのだ。

とりあえずは、まだ副業の別サイトの方のリニューアル準備で忙しいけど、それが落ち着いたら、このサイトもまたちょっと一段と「怪しひ」から「妖しい」「癒しい」へとシフトしていきたいところ(数年前から言ってる気もしないでもないが・・)
日本を変えるのは、まぁその後の話だ!

 


Copyright (C) Yuratofurue.com All rights reserved

illust by atelier PUJA