前世体験記録

管理人が思い出してしまった前世の記録です。

輪廻の海を更新しました 2013年09月14日 00:03

輪廻の海を更新しました。

日本での前世が続いてます。
他の国での前世もいくつかあるんだけど、わりと普通の人生が多く、やはり何か大きな出来事が起こるのは日本みたい。
でもこの邪馬台国以前となるともう日本と言う国自体がないので、主に中国やエジプト、ギリシャなど他の国での話になる。

ところでその前世の記憶ついでに面白い事が最近あったので、その話。

現在、京ひぷのの方で行っている心応理と言う瞑想ワークで、戦国時代のあのお方、家康の記憶が出てくるお客さん(ここではAnさんとする)がいた。

えーっ、まさかと思った。
いや、ちょっと冷静になろうと、そもそもヒプノセラピーは、潜在意識に引っかかっている感情を吐き出していく事が目的であり、別に前世を思い出す事自体が目的ではない。それに付随する感情を今の自分が認識して消化する事が大事なのだ。その為の「前世物語」なので、その前世が本当かどうかなんて、どうでもイイ事。

と、わかってはいるものの、
実に興味深い。。。

まぁ、歴史上の人物の記憶を思い出す人は時々いる。今までにも何人かいた。
今の所、同じ人物の記憶を思い出す人はいないが、魂が別れたりくっ付いたりする概念もあるので、現れてもおかしくはないと考えてはいる。

しかし今回、いつも以上に私が興味を持ったのは、別のお客さんが、信長の下にいた私も家康と会っていたのでは、そう言う縁があったのではと言われた事。
なるほど、それはおもしろい。
と言う事は私が、その時の記憶を思い出せば、よりいっそうハッキリ分る事もあるのではと思い、早速挑戦した。

そして瞑想と言うか、自己ヒプノで出てきた場面はこんな感じだった。

———————–

信長のいる城の様な所。

ちょうど、家康が部屋から出て、庭か何かの所に出るところで、ふと私の存在に気付いて、私に声をかけてくれたと言う場面。
その場面では、一応たんたんと当たり障りなく会話に応じた様子で、すぐ別れると言う場面だ。

でも私の心の中では、「ああ、この人に付いていた運命だったら、自分はこれほど苦しまなくて済んだだろうな」と少し思いつつも、でもその時代の私は「嫌悪」に呑まれていたから、信長の方に縁付いてしまったんだろうと半分あきらめてる様な感じの場面だった。

確かに、その場面の中の家康の印象と、今世のAnさんの印象は近いかなと言う感じはある。

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そして実はもう一つ確信に近付くエピソードがある。
今回の輪廻の海でも最後に少し書いたが、私がいつも矢に刺さって死ぬ理由と言うのが分かる前世が別にあり、その前世でAnさんが登場していたのだ。
しかも同じ様にAnさんが、私を見つけて声をかけてくれると言う部分も同じだった。
その辺が分かってきた事もあり、なるほどだから戦国の時も、私に気付いたんだなと納得できた。
ちょっとネタバレにならない様、抽象的に書いているが、詳しくはまた、その前世の話を書く時にまとめて書きます。

※そんな前世の共有部分を参加者同士で見つけられたりするのも「京ひぷの」ならではのヒプノワークスタイルです(宣伝)。

しかし、関係ないが、私の前世はいつも誰か世の中を動かす人の側近の様な立場で活躍する前世が多く、なんで自分が表に出ないんだろうと不思議に思っていた。
それが昔、漫画家になる前に、ペンネームを考えようと姓名判断を色々調べた事があるのだが、面白いのは、私の本名が姓名判断で見ると「黒幕運」と出るのだ。ようは誰かのそばについて陰で力を発揮する運勢だと言う。

黒幕・・

。。。。。

何とも微妙な響き。私の中では「黒幕」と言うより「黒子」じゃないのかと言う気もするのだが。。

確かに今世でも思い当たる事は沢山あった。しかし今世に限らず前世でもいつも黒子、いや黒幕と言う感じの人生ばかりだ。
それってもう魂レベルで、そう言う黒子、いや黒幕人生まっしぐらの魂って事じゃないのかと思うとちょっと切なくなってきた。

だから歴史上で活躍する人と言うのは、だいたい繰り返し活躍しているものなので、さっきのAnさんも既にもう一つ歴史上の人物の前世を思い出しており、もうそう言う所からも、元々そう言う星の元に生まれた人と言うのが分かる。

そしてそう言う人に前世で縁付いてた私は、いつも黒子、いや黒幕と言うか、悔しいけどそう言う星の元の人なんだろうなぁと。。まぁ、それがイイのか悪いのかはわからないが。

前世の証明は出来ない。でもこう言うお客さんの話を一つの物語として、聞くのは非常に面白い。
えー、あの歴史上の有名なお方が、今世では普通の主婦ですか‥みたいなギャップも面白くていつも驚かされる。

とりあえず私は黒子、いや黒幕なりに、コッソリ怪しく、また頑張って記事を書いていこうと思う今日この頃なのであった。。。

 


世界の果ての日本人 2013年05月04日 00:30

今回は、ちょっと宣伝です。友人がTVに出るらしいので。。
昔、この日記でも書いた原始三人家族の娘でもあるケイコさんです。
今世では一応私の方が年下なのですが、父と呼ばれています(笑)。
元々女優さんで、引退後ハワイに住んでたかと思いきや、日本一周して、結婚して落ち着いたと思ったら、離婚して今度はロタ島で財産を一切持たない生活を始めて、もう1年ぐらいでしょうか。
私には展開が速すぎて付いて行けないと思うかたわら、彼女の生き方はとてもうらやましくも思っています。

2013年5月7日(火)19時からTBS系で「世界の果ての日本人~ここが私の理想郷~」と言う番組です。
サブタイトルの中に「家はテント!風呂は海!」。。間違いなく彼女の事です^^;

彼女がどんなふうに生活してるのか、見れるのが楽しみです。
なんか、またブログも始めてるようで、リンクしておきます。

http://ameblo.jp/keikokita2525/

確か以前、記事で書いたのは、彼女の結婚式の時で、私も行ったのですが、そこの神さんも祝福してたと言う様な記事を書いたと思います。
ところが翌年には離婚でビックリ!当時は落ち込んでないのだろうかとちょっと心配しましたが、それは余計な心配だったとよくわかりました。
彼女には、こう言う自由な生き方の方が似合ってるみたい。

世の中、沢山の情報がありすぎて、悩まなくてもイイ様な事まで悩まなきゃならない様な事が多すぎます。
住む場所、お金、仕事、人間関係、どれもがうまく回らないと生きて行けない様な錯覚を起こして、不安を大きくさせて、必要以上にそれを求めてしまう。
その為に、自分ではなく他のものに変化を求めてしまう。
家さえあれば、お金さえあれば、仕事さえあれば、この人さえいれば、あの人さえいなくなれば、あの国さえ滅んでくれれば。。
そうやってわざわざ自分の心を、満たされない状態に追い込んでしまう。そして苦しくなる。

そうやって一生を終えるのも一つの生き方ですが、何も持たずに自然と共に暮らす彼女の様な生き方も、その一つです。
生きていく手段なんて無限にあるんです。
それを選べる自由を自分自身も持っていると言う事に気付くだけで無限になるんです。

え?私ですか?私はこれからもひっそりこっそり怪しひ世界に生きる事が、私の生き方です(笑)。

そうそう、怪しい話ついでに、先ほどの彼女の昔の結婚式の記事の中で、コメントでだったか神々が祝福してたという話を書きました。
祝福してたんだから二人はきっとうまくいくと思ってました。でもすぐに離婚してしまったのですよ。
あの記事を書いた私の立場はどうなるんだ。。と思っていたのですが(笑)、ちょっとそれにちなんで思い出す話がありました。

以前の記事で、低級霊に憑かれたヒーラーさんの話「ヒーラーさんを信じて良いのか?」の
H2さんも、そのヒーラーさんに出会う直前、神社にお参りに行った時にちょっとした暖かい神秘体験があって、だから余計にそのヒーラーさんを信じてしまったと言ってたのです。

そして私自身も、天使や女神さんと繋がった時、質問をしてみるとイイ感覚だったから、これで間違ってないと判断して、進んだら間違ってたと言う事もたまにあるんです。
もちろんキャッチした通りうまくいく事も沢山あるのですが、でもこれらの意味がちょっとわかってきました。

つまり天使や神々のいる様な高次の世界においては、正しいも間違いも別に無いんですよ。
ただ我々人間側の感情や波長が一時的に高くなった時に繋がって、それに答えるように高次の存在達も暖かいエネルギーを送ってくるだけみたいです。

だから天使が現れたから間違っていないとか、あんまりアテにして考えない方がよさそうです。
それで間違ってたら天使のせいにしたくなりますよね。

アチラの方々にとっては、正しいも間違いもないんです。
そもそも物事が正しいのか間違っているのか、それを決めているのは我々人間側の概念です。
アチラの方々は、ただ祈る人の気持ちの波長をキャッチして、よりエネルギーが高まるように、返しているだけのようです。
逆に罪悪感や不安感が伴ってるような時は、そもそも波長が繋がりにくいから、反応も薄くなって、間違ってるのかなと解釈する。そんな感じでしょうか。

ただ、神々に化けた低級霊は別です。ハッキリと指示を与えてコントロールしようとするので。
そういう意味でも、自分の進むべき道は、基本自分自身で決めていく。
そして自分の決めた道に別に正しいも間違いもないと、全てが学びになると考えておけばいいと思います。

この辺の話、ちょうど去年末に面白い夢を見て、わかってきた事なんです。
左手に槍の様なもの、右手に宝珠?みたいな物を持っていて、真っ白の世界にひたすらただ立ってるという夢でした。

夢の中で夢を見てる自覚があって、これも前世だろうかと思いながら、あたりをよくよく見渡すと、直径1~2mぐらいの赤や青に光っている大きな蓮華がアチコチに咲いていて、
自分の心はとにかく何も考えていない、思考停止?みたいな、そんな不思議な夢を見たのですが、これを後日ヒプノで確かめてみたら、どーもこれも天界の前世の記憶だったようで、ようは、菩薩さんか何かの記憶の様でした。

この手の記憶は実はお客さんの中にもたまにいました。祠に居た様な記憶の出てくる人や、祭られてる記憶など。
仏教でも、菩薩の位は比較的、人間に近い神様の領域で、生前修行してた人が行く世界とも言われてるので、そんなに珍しい事ではないと思う。

で、面白いのは、その突っ立ってる時、普段は心が停止してるのに、時々、誰か人が祈りに来るときに意識が動き出すんです。
でもその意識が動き出す時って限られていて、本当にその祈りに来た人が真剣にお願いに来られた時だけなんです。
その瞬間だけ意識が繋がって、その人にふっと応援してあげる様な形に意識するだけでスーッとエネルギーがその人に向かって流れていくんです。

だから、その人が具体的に何を祈っているのかとかは何となくはわかるんだけど、別にそれに対して、こうすればイイとか、こっちに進めばいいとか、あんまりそこまでいちいち考えないんです。
ただ、祈る人に元気を分けるような感じで意識するだけで。その人の祈りが終わると、意識がすっと切れて、また思考が止まる。そんな感じでした。
まぁ、神仏によっても違うのかもしれないけど、とりあえず自分は、何をお願いしてるかまでは、いちいち詳しく聞いてませんでした。よーわからんけど、とりあえずエネルギー流しとこって感じでした(笑)。

だから、お参りと言うのも、ちゃんと本気で祈ったら、ちゃんとそこの神さんと繋がるんだろうなって思う。
これは別に霊感ある人だから繋がるとか、そう言うのは一切関係ないです。祈る気持ちや信じる気持ちが真剣な人ほど繋がると思って大丈夫。

しかもヒプノの中では、ちゃんと祈る人の姿もわかったので、やっぱり信じる気持ちに比例して繋がりやすくなるんだと思う。
ただ、アチラの方々も、特定の人に執着すると、多分その場所に居られなくなって堕ちてくると思うので、こちらも必要以上にアチラの方々に依存してしまうのも、ちょっと違うでしょうね。

あくまで、自分の道は自分で決めて、その決めた道に対して、パワーをお借りする様な気持ちで頼る分にはイイと思う。
そこまでがアチラの方々の修行にもなっていると思うので。

この辺の話は、近いうち、高次の存在にお願い事をする時のコツとして、京ひぷのの「りんねの事典」で詳しく記事に書く予定です。

 


邪馬台国 2013年04月21日 22:01

輪廻の海で、次回奈良の大仏設計に関わっていた時の前世を書く予定ではあるのだが、どーも前世って一度思い出すと興味が薄れて出にくくなりやすい様で、お客さんとのグループワークの中で一緒に詳しく見ようと、この前世に集中するんだけど、3回目あたりから、出にくくなってきて、今度は邪馬台国らしき記憶が勝手に出てくる様になってきた。

これは消化されてきたから集中力がわかなくなってきたと言えるのだが。まぁ多分、今のところ見た感じ大仏設計の前世は、殺されたとか飢えたとか病気になったとか、そんな大変な思いも感情の波が激しくなる様なトラブルもなく、それなりに成功して普通に幸せに暮らしてたっぽいから、もともと引っ掛かりが無くて出にくいんだろうなぁとは思う。
これは幕末も同じだし、多分今世も漫画家になったって言うくらいで幕末と似たような人生だし、来世で思い出そうとしても出にくそう。

なので大仏の次こそ遣唐使の前世が出てくるかもと思っていたのだが、何かチラッと聖徳太子らしき人物と何か仏教の様な宗教的なものに関わってたようなイメージは出てくるのだが、その脇で両側にヒョウタンみたいにまとめた髪のイメージが、どうしてもしつこく強く出てきて、しょうがないのでそちらに集中したら邪馬台国らしき国の前世が出てくるようになり、今しばらくは、この邪馬台国の前世が中心に出てきている。
この時点で、遣唐使や聖徳太子の時代の前世があったとしても、邪馬台国に比べたらそんなに感情の激しい前世ではなく、それなりに満足して終わった前世という事なのかも知れない。

で、この邪馬台国の前世は、最後滅ぶ時に一緒に自分も殺された様で、だからちょっと印象的に強く残っていて強めに出てくるみたいだ。
詳しくは、また輪廻の海でじっくり書くつもりだけど、この前世もまた何だかおもしろい。
いや、前世としてみるから面白いのであって、その前世の当時としてはちょっと悲しい終わり方なのだが。

邪馬台国は一般的には九州説と畿内説があるが、この前世を何度か確かめてみたのだが、どー感じてみても九州でも関西でもない。
邪馬台国自体がちょくちょく移住してたって事かもしれないが、少なくとも滅んだ場所は九州でも関西でもないって感じがした。
あと、ネットでちょっと調べた限りでは内部対立で滅んだと言う記事を見つけたのだが、それが通説なのかどうかは知らないが、私が見てみた感じでは滅んだ直接的な原因は内部対立って感じでもない。

あらためて特にもう2000年近く前となると、当時実際にあった事と現状の歴史との差も結構大きいんじゃないかって思う。
当時の書物にしても、自分達の権力を誇示する為に歴史をワザと書き換えて残されてる書物も沢山あるだろう。
現代でさえ、そうやって政治的な都合で堂々と歴史を書き換えようとする色んな国があるわけだから、真実は到底わからないし、分かったところで別に何かが変わるわけでもない。

邪馬台国の記憶が出てくるまで、私も多少の知識はあったので、場所が九州でも畿内でもない感じが強い時点で、これって邪馬台国ではない違う文明なのかなと最初は考えたのだが、卑弥呼らしき人は出てくるし、ヒプノのお客さんの中にも、何人かこの邪馬台国っぽい所で巫女さんをやってた記憶を思い出す人もいて、それがまた私自身思い当たるエピソードがあったりして、それらを総合するとやっぱり一般的に言われている邪馬台国で間違いなさそうだなと、今のところ認識している。

私が居たのは何か巫女さんばかりが集められた特別な建物があって、その中にいた。最初自分も巫女さんだったのかと思ったが、どう感じても自分一人だけ男で、まだ10代半ばの子供だ。まだ詳しく見てないので分からないが、何か霊的な意味で私も一緒にそこに入れられて育てられたって感じだ。

卑弥呼的な人の存在はいたが、誰も滅多にお会いする事はできない感じで、何かの儀式に公に出てくるのを見た時は、すでに結構、年配の女性だったが、「ああ、この人宇宙人だ」と感じてるところが面白かった。

やはり巫女としての霊感的な力の強さはあったんだろうなとは思うが、何か特別な奇跡を起こすとかそこまでではなく、頭がとてもよくて、とにかくその演出がうまくて感心させられてるって感じがした。
様々なアイデアで上手に民衆の信頼を得てる感じだ。確かにあれでは後継者を立てようとしても、どうしても卑弥呼と比較してしまい信頼を得るのは難しいだろう。

それにしても私自身は無宗教ではあるが、卑弥呼や聖徳太子、イエスキリストと、この辺の時代って、なんか宇宙人くさい目立つ人が多いが、私も勉強の為なのか、単に流行りものに弱かったのか、この辺の歴史上の人物ばかり追いかけて転生してた様な気がしてきた。。

今の時点では、まだ詳しく見れてないので、他の部分はこれから見ていきながら、いずれまとめたいと思っているが、今思い返すと、うちに来るお客さんの中にも、平安時代同様、この邪馬台国の時代も会ってた人が結構多い気がしてきてる。
ちょっと試しに、この邪馬台国の前世をテーマにしたヒプノリンクワークを実施してみてもイイかもしれない。この記憶が本当にいわゆる邪馬台国の記憶なのか、もっと明確になるかも。気が向いたら京ひぷのの方で企画してみたい。

私自身もあんまり現在の歴史の情報を知って余計な先入観が出来ると、自分で見ても信用できずに感じたものを頭でねじ曲げてしまいそうなので、これ以上知識的なものは調べない状態で、もうちょっと自分の潜在意識から出てくるものを詳しく見てみたいと思ってる。それがまとまってきたら、次回は大仏の前世と一緒にまとめて書いてみたいと思う。

この手の古代文明で今のところ出てきてるのは、邪馬台国の他に、古代ギリシャ、エジプト、そしてアトランティスなのかムーなのかわからないが、沈んだ大陸の記憶、それ以上遡ると、地球外の文明になるので、一応この先そんな流れで、輪廻の海の物語は続きます。。

 


生まれる前の記憶 2011年12月28日 00:10

今回紹介するのは私の話ではなく、このサイトの読者の方の話になる。
このサイトの記事の中でも何度か書いた、天界の記憶に関連した話だ。

ギリシャ風の神殿の大きなテーブルを前にOさんとよく話をしていた記憶の中で、Oさんが、別の記憶で何やらパネルを操作して、宇宙の惑星同士の衝突を出来るだけ避けるために惑星などの軌道を操作してた記憶の話(日記2004年11月29日「怪しい集い・・」参照)があったのだが、実はその記事を読んで、同じ記憶を持っていると言う方からメッセージを頂いたのだ。

その方は前世で亡くなった所から今世で生まれるまでの記憶をかなり鮮明に持っている貴重な人で、かなり面白い話だった。本人の了解を得て今回書いてみる事にした。
ここでは仮にBさんとしよう。Bさんの記憶は以下のような感じだ。

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それはひとつ前の前世において、交通事故か何かで自分が亡くなった場面から始まる。
30歳前後の男性で奥さんを残して亡くなってしまい、奥さんが心配でしばらくは成仏できずに、奥さんのそばにずっと留まっていたらしい。
突然の死の上、奥さんに悲しまれると死者にとっては当然余計に未練も大きくなり、なかなか旅立てなかったのだろう。

ようやく奥さんも立ち直り、もう大丈夫だろうと思えるようになって、Bさんもこの世を離れて成仏したようだ。
本人曰く15年ぐらいかかった様な気がするとのこと。

  • 生まれる前の記憶
    寂しい山道を歩く

さて、アチラの世界に入って、気がつくとひたすら寂しい山道を歩いていたと言う。
道の横には、ちょうど恐山なんかでよく見る、あの石をいくつか積み上げられた様なものが、沢山あったという。

この積み石は何の意味があるのか、この辺りも後々分かってくる。
Bさんの体験では、いわゆる三途の川は出てこなかった。よく臨死体験では定番の三途の川だが、この辺りは、その人の宗教観、価値観によってもイメージが変わるのかもしれない。

しばらく歩くとどこかの建物の中に入り、何やら人が3列ほどで並んでいた。
Bさんも自然とその一列に並ぶ。

ようやく順番が回って、先頭にたどり着くと、係りの様な人に何か色々話をされ、指示され、また次の場面へと変っていったらしい。

  • 生まれる前の記憶
    閻魔の鏡イベントか?

この列に並んで指示される場面。。おそらく生前の行いから、これからの行き先を案内されるようなイベントなのだろう。
昔話では閻魔様が出てきて、天国に行くか地獄に行くか裁かれるシーンだ。
生前の行いが、みんなの前で全て映し出されて、行き先を決められると言う、あの「閻魔の鏡」も、おそらくこのイベントの段階を表しているのだろう。

誰にも知られたくないあぁんな事とか、こぉんな事とか、みんなの前で赤裸々に堂々公開されてしまうと言う、あの「閻魔の鏡」イベント。あれだけは、勘弁して欲しいと思っているのは私だけではないはずだ!!

しかし最近はアチラの世界も人手不足で、一人一人そんな風に見ていく暇も無くなってきたのだろうか。三人体制で次々と順番が来ると言うのも、なんだか慌ただしい。
もしかすると、その判定を下す側の求人情報も探せばあるかもしれない。今度死んだ時は是非確認してみよう!

とにかくこれは、一人一人の潜在意識において生前の引っ掛かっているものが、浮き上がってくる(露わになってくる)段階なのだろう。
それらのカルマによって、自ら次の行く先を選択する、そういう段階だと考えられる。
ただ、これも人によってイメージが違うだけなのかもしれないし、人によっては潜在意識が織りなす自分物語をアチラの皆さんに公開しなくてはならないケースもあるのかもしれないので油断はできない!

次に来たところは、なにか一面水の様な沼のような所だったと言う。
水は膝まで浸かり、とりあえずあんまり心地の良くない場所だったらしい。
周りを見ると、最初に見たあの積み石の大きなバージョンとでも言おうか、それが塔のようにいくつか立っている。
よく見るとそれぞれ人が積んでいってるようだ。

するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「2万年そこにいるか、それとも石を積むか」そんな意味の声だった。
「2万年ってナンダ??そんなにこんな所になんかいられるか!」。。かと言って、こんな心地の悪い所でジッとしているのもつらい。とりあえず渋々ながらもBさんは石を積み始めるのだ。

しかし重い石をひたすら積むなんて、そう簡単な事ではない。何のために積むのかとか、何の意味があるのかとか、全く分からない。
バカらしくなって積むのを辞める。でもこんな心地の悪い所にこのままいるのも嫌だ。かと言って石を積んでいけば何か状況が変わるのかと言えば、それもわからない。
他をみると同じように迷う者もいれば、ただ黙って石を積み続ける者、早々にあきらめ何か穴の様な所にうずくまってじっとしている者もいる。あんな風になるのも嫌だなぁと、また石を積み始めるBさん。

どのぐらい時間が経っただろうか?それなりの高さになってきた積み石。
その頃にはBさん自身、ひたすら力を使う作業だけにやたら体が筋肉質になってきた。
ふと周りを見ると、同じ様に石を積み続けてる人達の中に、やたらスイスイと軽々しく石を積んでいってる人もいた。

  • 生まれる前の記憶
    子供が軽々と積んでる!

どんな大男が積んでるんだろうと近づくと、よくみると大男ではなく小さな子供ではないか!
それも何か力を使って石を積んでると言うより霊力の様な力でひょいひょいと軽やかに積んでいってるではないか。

なんでこんな小さな子がスイスイと石が積めるんだとBさんは不思議に思い、本人に聞いてみた。するとその子は、ただ「積んでいれば、そのうちわかるよ」と答えるだけだった。

どれぐらいの月日が流れたのか、もう何でこんな事をしているのかとか、しんどいとか、そんな事はいちいち考えなくなっていった。ただ無心に積み続けていた。
その頃からか、今までどんどん筋肉質な大男になっていく自分が、今度はどんどん若返って体が子供の様に小さくなっていく事に気が付いた。
その頃には、もう物理的な力は使っていない。何か精神的な不思議な力でスイスイと積み上げていってる自分がいた。あの子供が言っていた「そのうちわかるよ」と言うのは、こう言う事なのか。

しかし何故Bさんは、筋肉質な男から今度はどんどん子供に若返っていったのだろう。
おそらくこの「積み石」と言う作業は、自己の「囚われ」を落としていく作業なのではないかと思う。
「重い石」を積み続けると「筋肉が付く」と言うのも冷静に考えれば、コチラの世界つまり物質世界においての概念なので、肉体を持たないアチラの世でも通用すると言うのも、単にそういう感覚をアチラの世界に持ち込んでいる、言い方を変えれば物質的概念に「囚われている」に過ぎない為と解釈できる。

別記事エリアシフトの最後にも書いてるように、アチラの世界はイメージの世界であるにもかかわらず、この物質世界以上の鮮明感のある次元もある様なので、どうしても生前の感覚で解釈してしまいやすい部分は多々あると思う。
しかしこれは、物質世界、人間世界に対する囚われが残っているに過ぎない。
最初の「何でこんな事をしなきゃならないのか」とか「どうすればこんな心地の悪い所から抜けられるか」とか、これらも結局自己への囚われとも言える。
それら囚われが、ひたすら石を積み続ける事によって、どうでもよくなっていく、「囚われなくなっていく」事によって、どんどん軽々と石が積める様になっていったと考えられる。
若返っていくのは、そういった固定概念が剥がれていく事によって、本来の純粋な子供の様な自分の潜在意識が露わになっていく事を表しているのではないかと思う。
もちろんこれは正確な解釈だとは思わないが、イメージ的にそんな感じではないかと、話を聞いた時に私は思った。

やがて、いつしか積み上げた石が天にまで届く高さになってきた。Bさんは、自分で積み上げた高い高い石の塔をよじ登り、そのまま雲の上に辿り着いた。沼地の様な地獄から脱出できたのだ。

雲の上に辿り着いた時、なにか神々しい大きな存在を見た気がすると言う。
しかし残念ながら、その部分はよく思いだせないらしい。
とにかく愛にあふれた神様って感じの存在とそこで出会い感動した雰囲気だけは何となく覚えていると言う。

このイメージは、臨死体験の中でもよく耳にする。「何か大きな存在に会った」「神がいた」など。
まさに「自己への囚われ」が剥がれおちて、既に自分が「神々の愛」の中にいたという事に気づく瞬間だったのだろう。

  • 生まれる前の記憶
    天界!?

雲の上に来たBさん。そこはまさしく天界って感じの場所だったらしい。
雲の上にギリシャ風の神殿の様な建物が建っていたと言う。

この辺りの天界の話は聞けば聞くほど、私やOさんと共有していた天界のイメージに近い。
私の中ではそこまで鮮明な記憶はなく、とにかく何かよくわからないけど綺麗な場所だったなぁと言う程度のイメージしかないので、自分の中にある天界の場所と、Bさんの記憶の天界の場所と同じかどうかはわからないが、イメージ的には非常に似通っている。

またOさんの話では、その神殿の様な所に行くには長い螺旋階段を登って行ったと言っていた。私の中では何か柱の並んだ廊下の様な通路を歩いた様な記憶もある。それぞれ、天界のどこかの場所の記憶かもしれないが、共通しているのは、やはりギリシャ風の建物で、そこの人はみな白い服を着ていた事だ。
天使の様に羽を生やした人は見かけなかった。。

ちなみに「京ひぷの」でのグループワークでもやはり天界でお客さんの前世と会ってる記憶が出てくる事もあったが、その記憶では、みな羽を生やした天使の様な世界で、どこかの城の様な所の入り口で警備の様な事をしてる記憶が出てきた。
おそらくそういった羽を生やした天使の様な天界も、また別の所にあるのだと思う。

さてBさんの話に戻る。
Bさんは、そのギリシャ風の建物の中で、どこか大きなモニターのある部屋に行き、そこで惑星の無駄な衝突を避ける為に軌道を操作する仕事をしていたと言う。
何人か他にも人がいて、それぞれが画面に向かって操作してる。空中の画面を見ながらタッチパネルの様に操って仕事をしていたと言う。

  • 生まれる前の記憶
    惑星の軌道をコントロール

この辺りはOさんの言ってたイメージと全く同じでビックリした。
私がOさんから聞いた話では、やはり画面に向かってパネルを操作して、惑星の無駄な衝突を避ける仕事で、とてつもない計算をしながら、その惑星の軌道を変えていったという。
この辺りは、Bさんの話す内容と全く同じだ。
このサイトでは省略して話してない様な細かい所も、Bさんが喋るので、ああ、やっぱり本当にそんな所があるんだなと感心させられた。

Bさんは、この仕事をどれぐらい続けていたかは分からないが、結構長い間そこにいたらしい。
そこにいる間、他の人達の中に時折しばらく居なくなり、そしてまた現れる人が何人かいたと言う。
Bさんが言うには、しばらく居なくなる人は、居ない間どーもこちらの地上の世界に転生してるんだろうとの事。

Bさん自身は結構そこに長くいて、その間に何周も転生してる人もいたと言う。
やがて何かBさんも「そろそろ自分もいかなきゃ・・」と感じる様になったと言う。
そして地上に転生する為に、そこから出発したと言う。
やはり天界とは言え、そこに永住する様な感じでもないのだろうか。

気が付くとまたひたすら寂しい長い長い道を歩いてる。
今度はまた人間へと転生する為の旅だ。

やがてどこかの小屋に辿り着き、そこにしばらく滞在したと言う。
その小屋には気のイイお爺さんと、他にもそこを出入りする人が何人かいて、みなで語りあったと言う。
転生の待機場所の様な所なのだろうか。

  • 生まれる前の記憶
    旅の休憩

何日ぐらい滞在したかわからないが、日に日に一人また一人と周りの人が旅立っていき、最後は、そのお爺さんとBさんの二人だけになったと言う。
なんとなくずっとそこでお爺さんと話していたい様な、さみしい様な感じだったらしい。
この小屋での記憶がBさんにとっては何か心地良かったようで、懐かしそうに話すのが印象的だった。

やがて、大男がBさんを迎えに来たと言う。
Bさんは大男についていき、また歩き出す。
大男について行くとどんどん山奥に入っていく。
そのある山の斜面を歩いてる途中、気が付くといつの間にか大男の姿は見えなくなっていた。

どうしようかと思いながら辺りをよく見ると、その山の斜面に、いくつもの穴が開いていた。
何の穴だろうと、その一つを覗き込んでみたと言う。
そのままBさんは、その穴の中を進んでみた。

しかし中は狭く、引き返そうにも狭くて方向転換できず、かと言ってバックする事も難しく、そのままどんどん穴の中を進んで行ったという。

そのうち穴はさらに狭くなる。よく見ると、穴の向うに何か光が見える。
出口だ!

Bさんはその出口を目指してどんどん進む。
そして、その眩しい光の出口に飛び込んだ。

その出口を抜けると、そこはコチラの世界。この地上の世界だった。Bさんはそのままこの地上で生まれてきたと言う。

この生まれた直後の記憶も続きで覚えていると言う。しかしその記憶もいつしか途絶えていく。
この人間界の概念的情報が大量に流れ込んできて、そのまま記憶を失ったのだろう。
そして人間としての新しい記憶が積み上げられていくうちに、この記憶は消えていったようだ。

—————————–

以上がBさんの語ってくれた生まれる前の記憶の物語だ。
この記憶は昔からあったそうだが、自分の空想だろうと、すっかり忘れていたそうだ。
しかし、この「ゆらとふるへ」のサイトでOさんの「惑星の軌道を修正する仕事」の話を見つけて、自分のこの記憶がただの空想では無かったんだと驚いて、思わず連絡をくれたそうだ。

天界での記憶はヒプノのお客さんの中でもたまに思い出す人もいるが、天界の様子は人によって、くい違いは沢山ある。しかし所々似た表現をする人もいて、「あれ?その話、最近、他のお客さんも似た様な話をしてたなぁ」と驚かされる事もある。
アチラの世はどーもイメージ主体の世界であり、そこに入る魂によって見え方にズレはあるものの、心の動きから見ていくと、多くの話の流れに共通する関係性が明確に見えてくる。

Bさんの物語も、最初の沼地の様な所で「2万年か石を積むか」と言われてひたすら石を積んで天に上っていく場面。
この沼地は地獄の一種だと思うが、別に苦しい感じでもないので、比較的軽い地獄と言えるだろう。
そこで2万年も過ごす意味、そしてあるいは石をひたすら積むという行為の意味。
これは書いたように「囚われ」の消化の意味があると思う。

つまりBさんの中にある、この世に対する「未練」、奥さんの事や自分の事も含め、あらゆる「執着」が沼地を意味し、そこに足を囚われている状態だと解釈できる。
その囚われをとるには、ひたすら忘れるまでそこに留まるしかない。しかしエリアシフトでも書いているが、アチラの世はコチラの世と違い時間の流れも違うので、コチラではすぐに忘れられるような事もアチラの世界では時間が止まっているがごとく、忘れる事自体が難しい次元っぽい。

だから石を積み上げるなど一見意味を持たない行動をとって行く事で忘れる。。と言うよりは執着を手放していくと言う意味があるのだろう。
だから天に届くほど積み上げる頃にはBさん自身、なぜ石を積むのかとか、嫌だなぁとか、そんな事も感じず、ただ無心に積み続けると言う状態に近づいたのだろう。
全ての苦しみはあらゆるものに魂が「囚われ」る事で生じる。
その囚われを手放して行く事でBさんの魂は軽くなり、地獄から抜け出る事が出来たのだろう。

こちらの世界で見かける積み石なんかは、ある意味、残された人たちが、亡くなった人に対して、早く高い世界に行けるようにと、苦しみに対する囚われから抜けれるようにとの願いから、サポート的な意味合いで積むのかもしれない。
ちょうど花を添えると、あの世で亡くなった人のそばに花が咲いて、勇気づけると言う意味合いと似ていると思う。
今回のこの話で、私が一番印象に残ったのは、この積み石の部分だ。

また時間的概念が、どーもこちらの世と全く違う事が、あらためて感じさせられた。
積み石の場面はBさん曰く数百年かかったようだが、その感覚もこちらの感覚に置き換えると数カ月って感じだと言う。
いや、それ以前に何万年も経ってたら、ひとつ前の前世で亡くなった理由が交通事故と言うのもおかしいという事になる。
同時に天界の場面では、Bさん以外の人が何人も繰り返しこちらに転生してると言うのだから、そもそも時間の流れ方がこちらと全く違っている事がわかる。
そうなると、我々は、自分の前世は「過去」と当然の様に考えるが、実際はそうとは限らないのかもしれない。
もしかすると、人によっては前世の自分が今現在別人として生きている、前世が今世と重なってる魂もいるのかもしれない。
ヒプノでも時々(私自身もそうだが)、前世がいくつか時間的に重なってる人もいる。
時間の流れに沿って輪廻転生すると言うのは、ただその概念に我々が囚われているだけに過ぎないのかもしれない。

もしかすると身近な人が、自分の前世であったり来世であったりするのかもしれない。
そんな風に考えだすと、もう実際どうなってるんだと答えを明確にしようとすること自体意味がないのかもしれない。

まぁでも死後の世界は死後の世界なので、死んでみないと本当にわからない。
いずれ死んでアチラの世界に逝かれた時は、地獄に落ちても慌てず焦らず是非この記事を思い出して地道に頑張って脱出して欲しい。

—————————–

追記。
この記事を書き終えて、Bさんに掲載内容を確認してもらおうと久々に連絡を取ってみたら、ちょうどBさんも自分の記憶をまとめてブログに書きだした所だったらしい。そんな訳で、そのブログのリンクも貼っておきます。

「前世?天界?って感じの記憶を元にオカルトを科学するブログ」

http://blogs.yahoo.co.jp/biribirizaemon887347/2003124.html

ちなみに基本的に当サイトから他所にリンクを張る事は避けてきたのですが(当サイトのカラー上、迷惑がかかる様な事もあるかもしれないので^^;)、それがたまたまなのか前回から結果的に他所に連続でリンクを貼ってる状況なのですが、他所サイトの運営や価値観、方針等については当サイトのそれとは互いに一切関係がありません。他サイトの事を当サイトで問合せされても、またその逆も互いに一切わからないので、ご了承ください。

なぜ、あらためてこんな書き方をするのかと言うと、それは。。次回書きます。
実は、また霊的に妙な事が最近ありまして、他にも知らず知らずに似た様な事に巻き込まれてる人がいるかもしれないので、問題のない範囲で早めに、出来れば年内に書きたいと思ってます。お楽しみに。

 


生まれる前の記憶 はコメントを受け付けていません。

ヒプノ天界探求 2011年06月10日 20:00

ゆらとふるへ更新です。WEB版エリアシフトの「孤独の浄化」を公開しました。
ちょっと、お客さんからの要望もあり、エリアシフトの記事を優先して公開していってます。あと、京ひぷのでは、新たに「探求ヒプノリンク」と言うのを始めています。

実は宇宙人の前世を思い出すお客さんが出てきたと思ったら、今度は誘導してもいないのに死後の世界の記憶を思い出すお客さんも出てきて、私自身の記憶と重なる部分もあり色々考えさせられる事がありました。こちらでも将来書く記事の予告でアチラの世界の事をちょこっと書いたりしてましたが、一度意図的にヒプノで死後の世界を探求していくとどうなるのかと思い、今回このワークを追加してみました。
まぁ、前世を信じる人なら死後の世界も信じるだろうし、何か出てくるんじゃないかと企んだわけです^^。

通常ヒプノの中では一応、死後の世界として漠然とした光の世界をイメージしてもらって、そこに行くまではやります。でもそれは自分自身の潜在意識から色々アドバイスをもらうのが目的なので、特にその世界がどう言った所かなんて見ていったりはしません。そこを今回あえて見にいったらどうなるのか、と言うのをやってみます。同時に一つ前の前世もちゃんと体験してもらって、リンク誘導もやるので、それなりに色々体験できると思います。
また超古代文明や宇宙人の前世にも拘ってやってみるので、一段と妖しいモノ好きの方にはお勧めかも(笑)。これはちょっと半分実験的な要素も強いので、ずっとやっていくかはわかりません。今回限りかもしれません^^;。。。。

こう言った実験的要素を含めたセッションとしては「リンク誘導」がありますが、参加者同士の縁のわかる前世としての誘導で、毎回イイ結果が出るので、そのまま続けています。
他に以前タイズヒプノと言う第三者の本当の気持ちを理解していくと言うセッションを実験的にやってた事もありました。これはリアルに体験出来る人とそうでない人と別れてしまい、試行錯誤してたものの結局保留にしました。
と言うのも途中で一度ちょっとビックリする様な結果が出る事があって、クライアントの知人と言った第三者の知るはずの無い過去まで色々見えてしまい、そのまま遠隔で癒したり浄化できてしまえそうな結果が偶然出てしまって、スゴイッと思ったものの、同時にこの場合、私だけでなく一緒にクライアントにまで負担がかかる事がわかり、やはりそのまま進化させるのは難しいという判断から一旦保留にする事にしたのです。まぁ、これはクライアントさん自身の持っていた「力」が大きかったと言う部分もあるのですが。

ヒプノは色んな可能性を秘めてはいるもの、心理学だけで扱うには無理があると個人的には感じていて、やはり結構スピリチュアル的な部分も大きいです。
この辺りはそのうちまたあらためてヒプノと言うものがどういうものなのか、自分なりの記事を書きたいと思っています。

——————–

さて、そんな訳で今回はこの死後の世界、と言うより天界の話、自分がヒプノで体験した天界の話をちょっと書こうと思う。

天界については、元々私が前世を思い出すようになったきっかけが「前世の記憶」の記事にも書いてるように、Oさんと出会って、この世でない記憶を共有している事に気付いたのがきっかけなのだが、この最初に出てきた記憶が、天界の記憶だった。
しかしヒプノを使うようになってから、あらためてその天界については詳しく見ようと思った事はなかった、そもそもこれは前世と言えるのかよく分からなかったからだ。
単に死んだ後、生まれるまでの間の記憶かもしれないからだ。

でも、ちょっと宇宙人の記憶が出てから、この天界の記憶も気になった。宇宙人同様、この天界も色々見て行けば新たに気付く事もあるかもしれないと思ったからだ。
しかし!ここで先に結論から書いておく。

記事としてはつまらない。

。。。
いや、ホント、全体的にまっ白ばっかりで、よくわからない(笑)。

ただ、お客さんの中では、もっと細かく思い出すも人もいて、結構おもしろかったのだ。本人の了解は得てないので詳しくは書けないが、ああ、神さんっているんだなーと、そんな風に生まれるのかと、色々感心させられた。

で、私も負けじと天界の記憶を見てみようと、あるグループワークの時に、一緒に挑戦したのだ。
しかしまあ、大した内容ではないので期待はしないで欲しいのだが、一応今回簡単に書く事にする。

————

とりあえず前世と言えるが分からないが、お客さん達を誘導しながら自分は「天界にいた時の前世へ」と自己暗示をかける。
そして最初に出てきた場面は、真っ白の建物の通路の様な所を歩いている場面だ。自分も真っ白のギリシャ風の服を着て、どこかに向かっている。
外の景色は白くてよく分からない。

ちょっと広めの部屋に入ると、大きなテーブルがあり、そこで何人か集まって会議を始めようとする場面だった。
みんなで何やら真剣に会議をしている。多分この地球も含めて、宇宙全体の何か大きなことについて話し合ってるような感じだけは伝わったが、正直何の話かはよく分からない。そこにはOさんは見当たらなかったので、Oさんと一緒にいた時の前世(?)とはまた違う感じだ。
性別は無いのか?やっぱり良く分からない。気持ちとしては、まぁ落ち着いていてやるべき事をこなしてるって感じだ。

次に家族と過ごしている場面に移動してみる。
天界にも家族がいるのか!?
。。。
と思ったら、さっきと同じような会議の場面だった。
??
まぁ、ここで話し合ってる人達が、家族の様なものでもあると言う感じだろうか。
気持ちとしては、まぁ落ち着いて過ごしてるって感じだ。

次に重要な場面に移動してみる。
そこではいったい何が起こっているんだ!?
。。。
と思ったらまた会議だった!@@
なんか移動に失敗したのか?いや、そんな感じでもないし。。その場面でも、みんなと何か真剣に話し合ってる。
まぁ何か重要な事を話してるのか知れないが、何が重要なのかよく分からない。
気持ちとしては、まぁ落ち着いていてやるべき事をこなしてるって感じだ。

次に最も幸せな場面に移動してみる。
天界での幸せってどんな幸せなんだ!?
。。。
と思ったらまたしても会議だった!!ナニィ~@@;
会議が一番の幸せなのかぁ??どうなってるんだ??
やっぱり移動がうまくいかないのか?でも確かにその何か地球や宇宙の事についての話し合いに夢中になってる感じもする。
気持ちとしては、まぁ落ち着いて何か希望の様なやる気は感じられる。

最後、無くなる場面に移動する。
天界で亡くなるって、どう解釈すればいいんだ??
と思ったら、真っ白だった。

ただ、こっちの世界にこれから生まれようとしている感覚だけは伝わってきた。
天界で亡くなってこっちで誕生するわけか。

最後に振り返ってみる。
いや、ひたすら会議してたのだが??これが天界なのか??
何かもっと期待してたのだが、お客さんなんかから聞く死後の世界は、もっと色々あって驚かされるのだが、いや多分、これは今回そこまで自分自身興味がないままダイブしたからかなとも思った。

ハイヤーセルフにメッセージをもらうと。。
「何がしたいんだ?そんなの分かりきってる事だろう」みたいに笑われた。

  • 天界の記憶
    とにかくひたすら会議!?

————
と、まぁ、私の場合はひたすら会議と言うオチだったが、あらためてまた興味が沸いた時にもう少し詳しく見たいと思う。

ただ、一つだけこのセッションで気付いた事があった。
それは、天界と言うのは確かに「苦しみ」はほとんどない。
でも苦しみがないという事は、楽しみがあっても、それを楽しみと認識できないということだ。

この世には沢山の苦しみがあるが、逆に言えば苦しみがあるから楽しみを楽しみとして認識できる。
ある意味、苦しむ事によって幸せを学んでいる様な所もある。

高い世界に行くと苦しみが無くなると同時に幸せも無くなる。いや幸せを幸せと気付けなくなってしまう。
仮にひたすら遊んでいられる世界があったとしても、つらさがなければ遊んでいる事に楽しさそのものが感じられなくなっていくわけだ。

いわゆる悟りの世界は苦しみも楽しみも感じない、楽な状態ではあるだろうけど、楽そのものも認識しないだろうし、自我そのものが崩壊していく事によって、無に帰っていく状態なんだろうと思うけど、そこに慈悲が残っていたら、今度は他の全ての魂が無に還る事を願って降りてくる事もあるんじゃないかとか、いや、その前にじゃあ何故そもそも我々の魂は無からわざわざ生じたのかとか、そう考えてくるとちょっとここでは書けない様な悪魔的な考えがよぎったり、それが善悪の始まりだとか、何かもう色々考えてしまった。

と、何だか収拾がつかなくなってきたので、とりあえず最後はお約束、
京ひぷのワーク「探求ヒプノリンク」はこちら↓って感じの宣伝で終ろうと思う。

≫京ひぷのワーク「探求ヒプノリンク」はこちらっ!

 


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