面妖日記

管理人のあやしひ日常を綴っています。心してその面妖なワールドに踏み込みましょう。

淡路島の旅 2018年07月20日 10:00

淡路島

久々の旅記録になる。でも今回は一人旅ではない。友達と4人で淡路島に向かった。

ゆらとふるへの旅記録は気ままな一人旅が中心で、友人との旅行を記事にすることはあまりない。
だが、今回はその切っ掛けがまた怪しすぎて、自分でもちょっと後ほど読み返して色々謎を解いていきたいこともあり、こちらのサイトに書き残しておくことにした。

でもこれ内容が内容だけに伏字だらけになってしまった。読んでもよく分からないと思うが、冒頭だけなのでそこはご了承願いたい。

なお、読み始めて精神の危険を感じられた方は、そっとブラウザーを閉じ、軽く脳トレを行ってから、こっそり養命酒を試してみましょう。

プロローグ

発端は昨年の心応理講座(ここれんねのグループワーク)。
この講座の後半は連続して前世を見に行く形になるのだが、参加者の中で天界で天使だった前世の記憶が出て来た人がいた。
その人がさらに天使の前は女神さんだった記憶が出て来て、その名前まで分かることがあった。
その過程が面白くて、人間に試練を与える女神さんだったのだが、その仕事が辛かったから女神さんを辞めて天使さんに転職したと言うのだ。

神様って自分の意志で辞めれたりするのか?と、すごく興味をそそられた。
昔は存在していたのに今は不在になって名前だけが残っているようなこともありえるのでは?と思った。
特にどこにも祭られていないような、神話の中だけの神様なんかは、祈った時にいくらか手応えのある神様と全く手ごたえの返って来ない神様がいたりする。
単に繋がり易さや縁があるかどうかの違いだろうとこれまで思っていたのだが、もしかするとその神様自体がすでにご隠居されているみたいな事もありえそうだ。

そしてもう一つ私の中でずーっと謎の記憶があった。
当サイトの「輪廻の海」「戦時中」の記事の中で、豊受大神(トヨウケノオホカミ)さんが「真名井の水」と名乗って最初に現れてくれた時のエピソード。
さわりだけチラッと書いたが、その時なぜか国生み神話と思われるビジョンと重なって見えた。ただ神話ではイザナミさんのはずなのに私の見たビジョンの中ではトヨウケさんになっていたので、何でイメージが重なって出てくるのか分からなかった。

また私の周りの見える人には、トヨウケさんが和風の女神さんとして見えるのだが、私の中ではなぜか西洋風の衣装の女神さんに見える事など(と言っても同一神と思われるアバンダンテイアの姿とも違う)。
私の中ではどーも謎だらけだったのだ。
しかし先ほどのお客さんの体験がヒントとなって私の中である一つの仮説が浮かんできた。

つまり現在の○○○○の神さんの意識体が、元は○○○○の神さんの意識体として存在していた。
そしてそれ以前、まだ我々が地球で輪廻するようになる前の時代においては、私の記憶の中にあるような西洋風の別存在の意識体、○○○として存在していたのではないかと。
さらに私が物質界の出来事と思っていた○○○の記憶の一つの世界が、天界など反物質の世界と自由に行き来できるような特殊な次元の世界だったのではと感じられてきたのだ。

私はこの閃いた仮説がどーも深い部分でしっくり来る感覚があって、これが事実なのか知りたくなった。
いや、伏字だらけで何を言ってるのかさっぱり分からないと思う…。
でもこれをそのまま書くと、ある意味神話に出てくる神様と言う概念そのものを否定しているようにも解釈できる仮説なので、恐ろしくて書けないです。

そこで友人の占い師でもある(ここれんねではおなじみの)Hさんと昨年の年末に会う機会があり、上記の話を打ち明けてトヨウケさんの正体や遠い過去においての私との関係など、この見立てが正しいかどうかを上の人にカードで尋ねて欲しいとお願いした。
今の私なら、これぐらいならもちろん自分でも占えるのだが、もし私自身が動物霊か何かに誘導されている罠だったりしたらという警戒心もあって、念のため私から客観的に見れるHさんにお願いしたのだ。
すると「その通りだよ!」「やっと気づいてくれたね!」ともう何か祝福されたような形で次々と肯定的な答えがポンポン出てきたのでビックリした。
これってまた動物霊の誘導じゃないよね?と二人で警戒しながら色々探ったが、問題なさげだったのでちょっとホッとしつつも、そういう事だったのかとすごく納得させられた。

これは私にとっては自分の本当の正体がやっとわかったような衝撃的な内容だった。
でも生憎もうこれ以上ここでは書けない。さっきも書いたように後々自分で占うと、公には絶対に出すなと釘を刺されたのだ。
具体的に書くと、ある意味神様を冒涜してしまうような表現に解釈されかねないし、ここぞとばかり悪用しようとする動物霊やら何やらに憑かれた人も引き寄せかねないらしい。
昔、教祖に祭り上げられるんじゃないかとホントに怖い思いをした事があって、このサイトのメール受付を廃止し管理人と名乗るようになったのもそのためなのだ。
もし今後これについて私が生きている間に自ら「私は○○○○の分け御霊である」とか言い出したら、その時の私は既に動物霊か何かに憑かれたと考えて、速やかにこのサイトから退避していただきたい。

一応この記事ついては、どのくらいまでなら問題ないか慎重に確認しながら書いてはいるが、結局上記のように伏字だらけにはなってしまった。
何か日本神話に関係する前世の記憶絡みで淡路島に行くことになったのだな…という程度に理解しておいてもらえればいい思う。

そして話は続く。そう言えば淡路島に国生みの伝説があって…とHさんが話だし、占いでも「そこに行けば、何か分かるかもよ」的なカードが出た。
さらに後日、別の仲の良い友人が何故か急に淡路島の話をしだすなど妙に淡路島に呼ばれている感が強くなったのだ。
結局その友人たちと皆で淡路島に旅行に行こうと言う話になり今回の旅が決まった。

ただ何故かこの友人達との話の中で、怨霊伝説で有名な「早良 親王(以後、検索防止のためサワラ氏)」の話も出てきた。淡路島に鎮魂のお寺などがあり、そこにも立ち寄ってみようと言う話になったのだ。
私は全く興味が無かったのだが、どーもこれも何か意味がありそうで、これについてもちょっと自分なりに調べてみる事にした。
私は自営だし表向き出張^^;友人達も接客関係が多く土日以外が都合いいようで、渋滞に巻き込まれないよう一足早くGW前の4月中頃の平日に行くことにした。

2018年4月18日(水)

出発

9時過ぎ。私の事務所にA、B、Cさん到着。特定されないように私以外はアルファベットになってしまうがご了承願いたい。
簡単に区別する為に表現するならば、近所の仕事仲間とも言える友人Aさん、元々Aさんのいた会社の同僚Bさん。そして風来坊?Cさん…としておこう。
天気はちょっと小雨だったが、ちょうどみんなが揃う頃には止んでいた。

9時45分頃、とりあえず私の運転で事務所を出発。コンビニで軽く車内で食べれそうな菓子など買ってから1号線に入る。
平日と言う事もあって、クルマの混み具合はソコソコ。ETCカードを確認して、京都南インターから高速に入り大阪方面に向かう。そして吹田JCTから左側道・中国道に入る。

今日向かうのはサワラ氏の最初のお墓「天王の森」と常隆寺。そして伊弉諾神宮だ。
これは記事を書く為の取材旅行だ。そう遊びではないのだ(出発前はここれんね用に考えていた記事なので)…と自分に言い聞かせる私の隣で、3人がやたらハイテンションに喋っている。
まぁ、みんな5年以上の付き合いなのだが4人揃って一泊旅行と言うのは今回が初めてで、ちょっとテンションが高くなってしまうのも仕方がない。
そして私もついつい話に夢中になってしまい油断してしまったため、気が付くとナビの謎の誘導にもてあそばれてしまった。

謎の三木東

11:00頃。「側道へお進みください。三木東。高速出口です」と、ナビの案内。んん?確か淡路島までずっと高速だったと思うのだが、途中で降りる所があったのか?
ちょっと不審に思ったが、まぁナビ子(ナビの通称)に任せておけばいずれは着くだろうと、深く考えずに高速を降りた。
そう思っていると「次の交差点を右折です」…はい。「次の交差点を右折です」…ほう。「次の交差点を右折です」…ふむ。「側道へお進みください。三木東。高速入口です」んが!?
なんで三木東で降りて、また三木東から高速に入るんだ?私はナビ子にもてあそばれているのか??
いや、これはおそらく目には見えない何らかの力で、我々は三木東に引き寄せられてしまったのだ!そしてナビ子によってくるくるお参りさせられたのか!何と言う神のお導き!!

…と一瞬妄想したが、んーなワケなかった。
どうも私がみんなとの話に夢中でナビ子の誘導を聞き逃して、曲がるべき所を曲がらずに通り過ぎてしまっていたようだ。
後から調べて分かったが、本当は西宮山口JCTで阪神高速に乗る予定だったのが、気付かずにそのまま山陽道・中国道を走り続けてしまっていた。
しかもそれまでにも曲がるべき所は何度かあったのに全く気づかず、もう引き返すしかない所まで進んでしまっていたらしい。

一人で乗る時はナビの声はうるさいので小さめに音量を設定していた。しかしさすがに4人乗って喋り出すとナビの声がほとんど聞こえない。
そういえば確かにナビ子が何か言ってるような気がしたことが何度かあった。

とりあえずもう道を間違えないようナビ子の声をみんなの声に負けないくらい大きく設定し直す。
するとギャーギャー騒いでいるみんなの会話を問答無用で遮り
次の交差点を左折です!!!
といきなりナビ子が大声で叫び、みんなが一瞬ギョッと驚いて固まり、1.5秒ほど沈黙が生じる。
それが私にはちょっと何とも言えない快感になったきた(笑)

逃げろ管理人!

三木東から再び高速に乗ってすぐ、三木JCTから神戸淡路鳴門自動車道へ。
11:30頃、やっと明石海峡大橋を渡る。すごくイイ天気になってみんなスマホで写真を撮りまくる。
明石海峡大橋を渡るとすぐ淡路SAがある。とりあえず淡路島に上陸したということで、そこに立ち寄り休憩することにした。

えらく遠回りになってしまったが、それでも昼前に上陸できたので結構予定通りだ。
クルマを降りると目の前に大きな観覧車があった。店に入り海の見える窓際の席でみんな並んで簡単にランチ。
私はあまりお腹も空いてなかったので、簡単にアイスティとドーナツとアップルパイだけ頂いた。
その後、散歩したり写真撮ったりここで軽く寛いだ。

今日の予定としては、最初は例のサワラ氏のお墓に行くつもりだった。でもここは行く前から気持ちが沈むことは分かっていた。
なので、その前にもう少しこうエネルギーを上げておけそうな、気持ちのイイ場所をまわっておきたいと思い、淡路SAからすぐ近くの絵島にちょっと立ち寄ることにした。

12:15頃、淡路SAを出発。とりあえず淡路インターから一般道に降りる。しかしこの時また、とんでもない事件が起こったのだ!

淡路インターから出ようとETC専用レーンに入った瞬間、バーが降りてブザーが鳴り響く!
「しまった!バレてしまったようだ!逃げろ!」と何がバレたのか分からないのに思わず逃亡を企てる管理人!
ギアをバックに入れ、猛スピードでバックスピンターン!ルームミラーに映るいくつもの赤色灯!管理人の逃亡劇が今始まる!(つづく)

…と、そんな私の妄想を冷たく遮るようにナビ子が「係員の指示に従って下さい…!」と叫ぶ。はい、ごもっとも…。
どうやらETCカードが挿入されておらず引っ掛かったようだ。さっきのサービスエリアで抜いたことをすっかり忘れていたのだ。

係員が来たのでETCカードを渡す。バーが上げられ料金所をくぐって左脇に車を止める。
しばらくして係員が走って来てETCカードとレシートを持って来てくれた。
精算してもらえたようだ。これはちょっと恥ずかしい。

道を間違えた次はETCを差し忘れる。なんだ一人旅の時の管理人の調子と何も変わらないぞ。
なんだか先が思いやられる。

絵島

気を取り直して絵島に向かう。淡路インター出口からはクルマで5分ほどだ。
12:20頃、絵島到着。
専用ガレージはないのだが、近くのフェリー乗り場に立体駐車場があり、1時間まで無料なのでそこに止めた。
しかし古い駐車場のためか狭い。最近の1800幅の車では、かなり気を遣うと思う。
3階に止めて階段を降りて絵島へ向かう。

絵島は、おのころ島伝承の地の一つ。
私も古事記の訳本で読んだだけでよくは知らないが、まだ日本も出来ていない大昔にイザナギ、イザナミの神さんが「天の浮き橋」と言うアチラの世界とコチラの世界を結ぶ橋に立って「天の沼矛」と言う矛を海に下ろしてかき混ぜて日本を作ったと言う伝説。その矛を持ち上げた時に最初に滴り落ちて出来たのがオノゴロ島と言われているようだ。
オノゴロ島が現代のどこなのか幾つか説があり、それが「おのころ島伝承」と呼ばれているようだ。
淡路島のそばにある沼島や紀淡海峡の友ヶ島の沖ノ島など、いくつか候補地があるらしく、この絵島もおのころ島伝承の地の一つらしい。

駐車場から2~3分歩くと、大きな山のような岩が見える。綺麗な縞模様の岩肌が印象的だ。
小さな橋を渡って岩の上を歩く。何だかよく分からないが心地よくて20分ぐらい4人でダラダラ過ごした。
オノゴロ島伝承については、もひとつピンとくるものも無くよく分からなかった。
もう日本がオノゴロ島ってことでイイやん…ぐらいにしか思っていなかったから…かもだが。

日差しが優しく風も心地よくて、とりあえずここは気分転換にはとても良かった。いいリフレッシュにはなった。
3人共帰りも寄りたいと言う。私も明日帰りに時間があったら寄ろうと思った。
12:45頃、絵島の駐車場を出発。いよいよ今日の最初のテーマ、サワラ氏について探りに行く。

  • 明石海峡大橋
    明石海峡大橋
  • 逃げろ!
    逃げろ!
  • 絵島到着
    絵島到着
  • 縞々の岩肌
    縞々の岩肌

天王の森

絵島から下道を通って「天王の森」と呼ばれるサワラ氏の最初の墓を目指した。
サワラ氏は暗殺事件の容疑者として兄の桓武天皇の命により淡路島に流されることになり、身の潔白を示す為に絶食し淡路島に着く前に絶命したと言われる。
その後、天皇親近者の相次ぐ死や病、天災などが相次ぎ、占わせるとサワラ氏の祟りと出たらしい。
以来、淡路のサワラ氏の墓を供養したり墓守を置いたり祟りを鎮める儀式を続けたものの天災もなかなか収まらず、結局長岡京も僅か10年で手放し平安京遷都となった。
遺骸を奈良に移し崇道天皇という名を贈り色々手を尽くしたらしいが、桓武天皇は亡くなるまで悩まされ続けたらしい。

今回のテーマは当時の事件の真相云々ではなく、怨霊と言うものがどういうものかを私なりに知りたくなった。
ちなみに旅行に出発する前、カードでも自分で少し占ってみた。こう書くといよいよゆらとふるへ管理人も怪しさを増してきてる感じもして、少々自分で自分が心配だが。
一応、アチラの方々も依存心や動物霊に入れ替わる危険性は承知しているようで、つい夢中で連続で詳しく占ったりすると最終的な答えに辿り着く前にストップがかかる。
全て悪いカードしか出なくなったりするのだ。「後は自分で考えなさい」と言う事らしい。なので今回は以下の二点だけに絞って占った。

[当時の災害・不幸は、本当に亡くなったサワラ氏の怨念によるものだったのか。]
答えは本当らしい。もちろん当時の人達の潜在的な罪悪感に影響されて、集団的にカルマの返りが早くなった面も同時にあるとは思う。
私はむしろそっちの方が大きいのではと考えていたのだが、きっかけとしてはやはりサワラ氏の無念の意志が大きく影響はしていたようだ。

[サワラ氏は今でも怨霊として存在しているのか。]
一番気になる部分だが、答えは「ノー」だった。もう既に転生していてアチラの世界にサワラ氏はいないと出た。さすがに1000年も経っていたらそうなるのか…。
今の所、ここれんねに前世がサワラ氏でしたと言う人は現れていないが、いつかは「いやぁ…あの時は、やり過ぎちゃいました。てへっ」と現れてくれると私もホッとするのだが。

と言う事は今回、本人のいないお墓に行くことに何か意味があるんだろうか?と、ちょっと不思議に思った。
それについても聞くと「充分に気をつけなさい」と言うメッセージが出た。い、いったい何??そこで何かある事はあるっぽい。

13:10頃、そんな謎の天王の森に辿り着く。
わきに車を止めて看板の方に近付くとここで妙な寒気。Cさんも嫌な感じがすると言い出す。とにかく4人で向かってみた。
右手は開けていて畑が見えるが、左手は木が生い茂っていて、この左手から異様な気配が出てる。
わたしはそう言う幽霊的な存在はよく分からないのだが、今回は結構強く気配を感じた。それも一人ではなく沢山だ。
最初は近くに古戦場か何かあったんだろうかと思ったぐらいだった。
でもそうでもないような何というか、こちらに対して「入ってくるな」という敵意を持っているような気もした。

少し歩くと鳥居があり、左手上の方に古い社らしきものがあった。大きな誰かの気配といったものはあまり感じられず、やはり沢山の人の気配だけがそこら中にあった。
何か理由があって集まってきた方々なのだろうか。
とにかくイイ気がしないので、写真だけ撮って早めに切り上げ4人共さっさと引き返した。
うーん、この沢山の気配は何なんだろう。まぁ旅行後にあらためて結論を出すとして、このまま先に進もうと思う。
次に向かうのは常隆寺だ。ここでサワラ氏の霊を供養されていたらしい。
13:20頃、天王の森を出発する。

常隆寺

昼間なのに暗い森の中の細い一本道を通っていく。途中ホント車幅しかないような道幅の所もあり対向車が来たら延々とバックせねばと思うとドキドキものの道だった。
でも対向車は1台も現れない。それはそれで助かるのだが…。
逆に本当に我々は常隆寺に向かっているのだろうかと不安になってくる。
何だか突然ナビ子が崖に向かって…直進して下さい!」とか。
500m先、あの世です!」とか。
まもなく目的地、霊界です。お疲れさまでした!」とか!
…言い出しそうで怖かった。

13:35頃、無事に常隆寺に到着。駐車場には我々の車しかない。
車を降りるととても爽やかで清々しい気持ちになれるイイ感じの場所だった。ちょっと意外だ。
お寺に観光客はなく、工事をしているようで大工さんらしき人が数人いるのみ。全体的にひっそりとしていて静かな感じのお寺だ。

本殿を参る。
左手には紅葉もチラホラ。
ん?4月なのに紅葉?何度も見返すが…やっぱり紅葉に見える。
まぁ、そんな事もあるのかもしれない…。
あまり気にしないで、本堂横の鳥居をくぐって上に続く階段を登ってみた。
何かあるのかと思ったら、そのまま山道となってずっと続いている。どこに向かうのかも分からず、かといってここで引き返すのもなんだか悔しくて、何かに導かれるように4人は山道をどんどん進んでいった。

山道の途中、大きな石があり「魚霊供養塔」と書かれていた。
ぎょぎょぎょ??なぜこんな山奥で魚の供養?昔はここまで泳いでくる魚がいたのか!?
海から押し寄せる魚の大群が、おさかな天国のテーマと共に山に登ってくる…そんな光景が管理人の頭の中で広がった。
まぁ、そんな事もあるのかもしれない…。
これについてはネットでも情報が見当たらず謎のままだ。
さらに登るととても眺めのイイ所に出た。4人でここで休憩。私もすっかりサワラ氏の事を忘れてくつろげた。

ここまでまわって何かわかるかなと思ったが、とりあえず天王の森にはアチラの方々が集まっていたと言うことぐらいで何も分からなかった。
しかも4月の紅葉に、山の中での魚霊供養とプチ謎が増えてしまうだけだった。

14:10頃、常隆寺を出発した。また細い道をドキドキしながら走っていく。そしてようやく人里が見えてきた。この世に戻ってこれたようだ。ちょっとホッとする。

サワラ氏絡みについてはこれで終わり。また旅行後にあらためて検証してみるとして。
ここからは国生み神話がらみでまわっていく。向かうのは伊弉諾神宮だ!
淡路島西側の海岸沿いに下道を走って向かう。

  • 天王の森
    天王の森
  • 細い一本道
    細い一本道
  • 常隆寺到着
    常隆寺に到着
  • 脇道から頂上へ
    脇道から頂上へ

伊弉諾神宮

14:40頃、伊弉諾神宮到着。入口からデカくて伊勢神宮みたいな雰囲気だ。とても清々しい雰囲気。
イザナギさんが国生みを終え、この辺りで余生を過ごしたと言う伝説がある日本最古の神社らしい。祭神はイザナギさんとイザナミさん。
ただ、何だろう。私が期待していたほど特別に何か感じるものはなく、よく分からなかった。
妖しい記事が書けずもどかしいが、そう言う事もある。そんな事よりもただただ心地よい雰囲気に浸りたい気分だった。
本殿では何か儀式をされている最中で、巫女さんが舞っていた。右隣には樹齢900年を越える「夫婦大楠」がある。
左手前には社務所があり、右手前にはお伊勢さんと繋がっている参拝所があった。比較的大きな神社だ。

一通り回って、売店で白桃のアイスクリーム食べる。
しかしここでちょっとした事件が。Bさんが財布の中のお金が足りない事に気付く。ええ?なんで?
どうやら淡路SAで食券を買う時にお釣を取るのを忘れていたようだ。9千円以上失くした事になるらしい。それは痛い。
すぐに淡路SAに電話してみたが、見つからなかったらしい。とりあえず管理人が1万ほど貸すことに。それで旅行中は何とかなりそうだ。
15:45頃、伊弉諾神宮出発。

  • まずは参道
    まずは参道
  • そして伊弉諾神宮
    そして伊弉諾神宮
  • 池もある
    池もある
  • 夫婦大楠
    夫婦大楠

買い回り

15:50頃、伊弉諾神宮のすぐ近くの淡路梅薫堂(お香屋さん)の江井工場に立ち寄る。Aさんがお香を買いたいとのことだった。
駐車場が工場脇の邪魔にならないのかな?と気になるような所だったので、私だけ車の中で休憩がてら3人を待つことにする。
16:10頃、3人が帰ってくるが車に乗り込む時、AさんとBさんが何やら騒いでる。
聞けばBさんが車に乗ろうとした時に財布をクルマの下に落とし、Bさんはそれに気づいてなくて、Aさんがその財布に気付き騒いでいたようだ。
えええ?Bさん、さっき9千円以上失くしたって話を…!お魚くわえたBさん!いや、財布を落して呑気なBさん、今日もイイ天気だけど気を付けて…!
16:10頃、淡路梅薫堂 江井工場を出発。

途中でコンビニに寄ったあと、次に日洋堂(ケーキ屋さん)を目指す。Aさんがテレビでこの店の玉葱ケーキを見つけて、気になり予約したらしい。
しかし最初、場所が分からず電話で確認してUターン。ちょうど駐車場に別の車がすでに止まっていたので仕方なく向かいの郵便局に止め3人が店へ。
店の人に郵便局に止めてもイイと言われて止めたのだが、なんか邪魔にならないのかなぁと何となく気になって私は車で待機。
待っている間、郵便局の中から年配の男性が出てきて、車の前を何やら掃除なのかウロウロされて、何となく目のやり場に困った。学生のころ立ち読みしていると、辺り本を整理しだす本屋の店主を思い出した。

10分ほどして3人が帰ってくる。見通しが悪く狭いところに思わず前向き駐車したので、Cさんに誘導してもらいながらバックで車を出して出発。
淡路島って、四国に行く時に何度か通り過ぎたが、正直あまり人が住んでるイメージが無かった(島民の皆様ごめんなさい)。それが街中では京都並みに狭い道の所が結構あって意外だった。
ケーキは私の分も買って来てくれていた。ありがとう。そして今日泊まる温泉旅館を目指す。

温泉

17:30頃、温泉旅館「海月館」に到着。なんだかんだで1日運転は疲れる。一応私以外の三人共免許は持っているのだが、何となく心配で結局一人で最後まで運転してしまった。
泊まる部屋は6階の和室だ。窓一面で海が見える。壁でなくて一安心。宿泊先はAさんに任せておいて正解だった。みんなそれぞれくつろぐ。

とりあえず温泉に行ってみる事にした。
この温泉がまた「イザナギの湯(男湯)」「イザナミの湯(女湯)」と名前が付けられていたので、なんとも今回の旅にマッチしすぎている。
夜は5階が男湯、4階が女湯。朝はこれが入れ替わるらしい。

エレベーターに乗り、5階で降りて温泉に向かう。
さらに正面に下へ降りる階段があって、降りた所に「湯」の文字が見えた。「あそこか」と思って階段を降りようとする管理人。ここでハッとする。
まてまてまて!確か5階が男湯で、4階が女湯。ここで階段を降りたら4階で女湯じゃないのか??思いとどまって振り返ると、ちゃんと5階にも「湯」の文字があった。
危ない危ない。「怪しい管理人」が「危ない管理人」になるところだった。

平日と言う事もあってか、お爺さんが一人入ってるだけでほぼ貸きり状態でゆっくりできた。
外湯に入るとちょうど夕日が山に沈むところが見えた。これは綺麗だった。

19:00頃、夕食。みんなで乾杯して豪華な海鮮料理を頂く。デカい鯛が目立つ。
玉葱一個丸ごと揚げたようなものも出て来た。おいしそうだが食べきれない人もいて管理人がもらって結局丸々2個食べた。
お腹一杯食べ終わった所で、Aさん達の買ってきたケーキも頂く。
私はイチゴプリンを頂いた。イチゴだ~~!

春はやっぱりイチゴの季節。しかもイチゴとプリンでプチプチプルプルの絶妙ハーモニー!イチゴの甘酸っぱさとプリンのまろやかな触感が管理人の舌を包む。
「あぁあイチゴさん。君はなんてプチプチなんだ」「それは淡路の採れたてイチゴだからよ」「そうだったね、あははは!」「おほほほ!」海辺を駆け出すイチゴと管理人…。
それを陰からそっと見つめるプリン「私の事も思い出して!」「はっ!キミはプリンさん。そーか!プリンさんのプルプル触感が、イチゴさんのプチプチをさらに引き立てていたんだね!」
イチゴ「プリンさん、出てきて!さぁ三人で踊りましょう!」「あははは!」「おほほほ!」「うふふふ!」
はう!い、いけない。美味しすぎてまたしても思わずアチラの世界へ幽体離脱するところだった!
イチゴプリンも美味かったが、玉葱ケーキも少し頂いたが、フワフワでなかなか美味しかった。

明日はおのごろ島神社に行く予定だ。
他に回るべき何か発見出来そうな所はないかも占ったりしたのだが、場所としては他に特に何もないと出た。
ただ、買い物?お土産?そんな店か何かに行くと、おもしろい発見があるかもしれないと言う風にも読めた。
これはちょっと最後にどこか土産など買えそうな店に立ち寄ってみたい。発見って何だろう。変な神様グッズでも見つけるんだろうか。

みんなにも他に回りたい所はないか聞くと、ネットで調べだして「大城の滝」と言う所に見つけ、そこに行ってみることになった。
地図で見るとちょうどおのごろ島神社に行く前に立ち寄れそうな場所だ。
21:30頃、もうお腹一杯で動けなくなりつつあったが、私とAさんとBさんとでカラオケに行ってみる。1時間ほど熱唱。気がつけば23:00だ。
旅館内も静まり返っていたが、エレベーターに足湯の案内があったので行ってみる。夜景を見ながら足湯に浸かる。心地いい。
23:30頃、部屋に戻る。Cさんもカラオケに後から合流するとの事だったのだが、すでに寝てしまっていたようだ。

  • 温泉旅館到着
    温泉旅館到着
  • 海が見える
    海が見える
  • 海鮮料理!
    海鮮料理!
  • 玉葱ケーキ
    玉葱ケーキ

眠れない

24:00頃、みんな帰ってきて就寝。私もさっさと布団に入った。
しかしここからが問題だった。何故か全然寝れなかったのだ。なんでだろう。
明日はまた一日運転しなきゃならないし、しっかり寝ておかねばと思うのだが、そう思えば思うほど寝付けなかった。
いや、誰かに運転変わってもらってもイイのだが、Aさんはペーパーだし。
Bさんは確か免許取ったのは2~3年前で、Cさんは確か軽トラとかならよく運転するって聞いたような気がするけど、果たして慣れない私の車でいきなり高速とか任せても大丈夫だろうか。
やっぱり最後まで私が運転した方がイイ気がして、そう思うと何だかますます寝れなくなってきた。
疲れてて眠いのに寝れず、結局ずーっと意識が続いていた。やばい。このまま眠れなかったらどうしよう。
と、そうこう考えてるうちに気が付くと東の空が明るくなってきたのだ。ぎゃっ!もうダメだ。
運転は誰かにお願いして、もう寝るのをあきらめよう!そう思ってカメラを持ち出し朝日を撮りに行く事にした。

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:187km
  • 出費(約):高速(京都南→三木東間違い経由→淡路第一)4,060円、お昼・菓子類1,000円位、宿泊費(夕・朝付)1人10,950円位・・計16,000円位
  • 窓の外:○
  • 春の紅葉
    春の紅葉
  • 神宮の池の亀
    神宮の池の亀

★今回の旅地図★

淡路島-地図

2018年4月19日(木)

日の出

5:00前、私が起き上がってカメラを持ち出す準備をしていると、全員がモゾモゾ起き出した。
なんと私だけ眠れないと思っていたら、みんな揃って全然寝れなかったらしい。
でも私は寝息を立てた時もあったと言われる。寝たのだろうか。寝息を立てたら寝れるかなと思ってしばらく寝息を真似てみた覚えはあるのだが、それのような気もするが…。
しかし…って事はこれはやはり私が運転するしかなさそうだ。
まぁ、昔は徹夜で30時間ほど運転しても全然平気だったし…。いや20代の頃と一緒にしちゃいかんよな。
とりあえず休憩しながらゆっくり帰ることにしよう。

私一人写真を撮りに旅館を出る。目の前が浜辺になっている。砂浜に三脚を立て日の出を待った。朝は結構冷える。
どうでもイイが、早朝で私一人しかいないと思っていたら、観光客らしき若い女性の二人組が向うから歩いてきて私の前を横切っていった。
しばらくするとまた引き返してきてカメラの前を再び横切った。一人はさすがに今度はカメラの後ろを横切った。声をかけて欲しかったのだろうか…(←自意識過剰)
いや別にどうでもイイことなのだが、ただ帰ってから写真を見ると二人の足跡がムッチャ写っていて、なんかこれ見るたびにあの横切った二人を思い出すのかと思うとちょっと笑ってしまう…。

ヒプノで寝る

5:40頃、部屋に引き返す。部屋からも日の出が綺麗だった。
とりあえず、少しでも寝とかないと運転がやばい気がするので、もう一度布団に横になる。しかし寝れない。
7:00頃、寝れるようにとBさんがマッサージしてくれる。それプラス携帯に保存してたヒプノの前世誘導聞きながら再び寝る事に挑戦してみた。
Aさん、Bさんは朝食に出る。私は少しでも寝ておきたいので、そのまま寝る事に集中。マッサージが効いたのかヒプノが効いたのか少しだけ寝れたようだ。

目が覚めるとちょうどAさん、Bさんらが朝食から帰ってくるタイミングだった。30分ぐらい寝れたのだろうか。Cさんも続いて朝食に出る。
私は昨日の丸ごと玉ねぎ2個分が、どーもまだ胃に残っている気がして食欲がわかない。
それに今腹一杯食べると運転中に寝てしまいそうで、とりあえず食べずに時間一杯引き続き寝る事に集中した。
10:00頃、ギリギリ起きて旅館をチェックアウト。出発する。いくらか寝れたのか目は冴えていた。
とりあえずコンビニに寄って朝食代わりにゼリーを買い「大城の滝」に向かう。

大城の滝

「大城の滝」は、ネットではカーテンのような滝の写真が載っていたので楽しみだ。ミニナイアガラの滝って感じじゃないかなと期待していた。
しかしナビ子は「大城の滝」を知らないようで、仕方なくメモした住所を頼りに探してみた。
10:50頃、大城の滝近くの橋に着く。ナビではいくつかの別れ道があったが、どれも行き止まりっぽくて迷う。
しかも山奥まで来たのでネットも繋がらず調べられない。とりあえずこの近くのはずなので一旦車を止めて私が一人駆け足で各道の先を見に行ってみる。
多分この道じゃないかなと思っていた道をまず見に行くと、やはりそこに大城の滝が見つかった!
しかし何と水が流れていなかった!水が全然無いあがらの滝じゃないか!(←2点)
とりあえずクルマに戻ってみんなを連れて大城の滝を見る。
大城の滝ではなく大城の岩山って感じだったが、みんな納得して次へ進む事にした。
帰ってからネットで調べると上がダム湖になっているため、雨が少ない時期は枯れている事もあるらしい。残念だ。

鮎屋の滝

大城の滝に行くまでに「鮎屋の滝」と言う看板を何度か見かけた。それがみんな気になり「鮎屋の滝」にも行ってみようと言うことになった。
大城の滝までの道をずーっと引き返していくと「鮎屋の滝」の看板が出て来た。その看板の示す方に進んでみる。
11:15頃 鮎屋の滝に着く。広めの駐車場にクルマを止めて歩いて行く。1~2分歩くと滝が見えてきた。こちらはちゃんと水が流れていた。よかった。
さらに上に登る階段があって、何かあるのだろうかと登ってみると小さな休憩所のような建物があり、不動明王が祭られていた。

私が軽くお参りしたあと、Aさんが参ろうとするとイキナリどこからともなく「ブビ~~!」とブザーが鳴ってビックリ!
その方向を見ると監視カメラがあった。賽銭泥棒防止?Aさん、逃げろ!と思わず一緒に逃亡態勢に入る管理人だったが、試しにもう一度参ってみたら別に何も鳴らなかった。
さっきは一体何が反応したのだろう。もしや我々の目には見えない何者かが、近くに紛れていたのでは!
そしてこっそり賽銭を盗み、さりげなく我々に罪をなすり付けようとしたのではないのか!?なんてひどい!ひどすぎる!!(←妄想がひどすぎる…)

滝の近くはやっぱり涼しい。まだ4月だが昨日今日と結構暑かったのだ。それでも京都と違って湿気が少なくカラッとしているので心地の良い暑さだ。
11:30頃、駐車場に引き返し出発。次は今日のメインおのごろ島神社だ。

20分ほど走ると建物の向こうに大きな真っ赤な鳥居が見えてきた。あれか!
しかしデカい…。デカすぎる!しかも真っ赤だ!!
三輪神社の鳥居を思い出したが、あれとはまたちょっと違う。巨大な赤色がムチャクチャ目立つ!
迷いたくても迷えない。嫌でも赤い鳥居に引き寄せられていく。分かりやすい…分かりやす過ぎるぞ、赤い鳥居め!

  • 日の出と足跡
    日の出と足跡
  • 大城の滝
    大城の滝
  • 鮎屋の滝
    鮎屋の滝
  • おのごろ島神社
    おのごろ島神社

おのごろ島神社

11:50頃、おのごろ島神社に到着。この神社の場所もその名前からにしておのころ島伝承の地の一つだ。
ここはとにかく無茶苦茶デカい真っ赤な鳥居がすごく目立つ。おそらく周りに畑が多く広々としているので余計に赤が目立つのだろう。
もし将来ここを中心に商店街や建物が建つようになったら、ちょうどイイぐらいになるのかもしれない。そうなることを願おう。
参道を進むと真っ赤な鳥居とは対照的に古い神社らしい暖かい雰囲気があった。
階段を登っていくとやや控えめで優しい感じの社が見えてきた。

なんだろう。伊弉諾神宮とはまた違う何か懐かしい感じの暖かさだ。
幼い頃、夏休みになると遊びに行っていた鹿児島の祖父母の家に来たような、そんな懐かしい田舎に帰ってきたような感覚だ。
これをAさんに話すと、そうそうわかる!とえらく納得していた。

右隣には、昔の神木らしきものが祭られていた。社の周りをぐるっと散歩してみる。
私の中では伊弉諾神宮は神聖な場所のイメージで、おのごろ島神社の方は何か自宅のような寝床?のような心地よさが感じられた。

この近くには「天の浮橋」と「葦原の国」と呼ばれる所がある。それらも散歩がてら見に行く事にする。
12:15頃 真っ赤な巨大鳥居をくぐって歩き出す。

  • 中は優しい雰囲気
    中は優しい雰囲気
  • 優しい感じの社
    優しい感じの社
  • 社脇の道
    社脇の道
  • 橋を渡って…
    橋を渡って…

天の浮橋

12:20 普通の道路脇に大きな木が茂っている所があり小さな鳥居があった。
柵で囲まれたところがあり、それが天の浮橋のあった場所と言う事らしい。ここでイザナギさんイザナミさんが国生みを行ったと言う事か。
Cさんが身を乗り出して、柵の中に手をかざすと地面から何か発しているねと言う。私もかざしてみたが、ちょっとよく分からなかった。
12:25頃、天の浮橋出発。次は「葦原の国」を見に行く事にする。

葦原の国

おのごろ島神社と反対方向にさらに進むと畑が広がっていて、その中にポツンとまた大きな木が茂っている所が見える。あれが葦原の国っぽい。
畑と畑の間の50㎝ぐらいしかないムッチャ細い道を歩いていく。なんかすごい所にある。
12:30頃、葦原の国に到着。
イザナギ、イザナミさんの国生みの後、はじめは国土が漂っていて、その中で葦芽(あしかび:水辺に生える大きな草みたいな植物)のようなものが出てきて「国常立尊です」と名乗られたらしい。なので葦原の国と言うみたい。

小さな鳥居をくぐると石碑のようなものが立っていた。辺りは草が生えている。
私がこれだけなのかな?裏には何かないのかなと思って、草むらに入って石の裏に回り込んでみたが何もなかった。
ただその時ふと石碑の後方、つまり葦原の国の敷地の後ろ側を見ると手が届きそうなところに小さな車なら走れそうな土の道路があった。
なんだ、こっちにちゃんと広い道があったのかと思った次の瞬間、管理人のすぐ目の前を静かにゆっくり軽自動車が横切ったので、ちょっとビックリした。
しかもなんか、ちょうど石の裏をじろじろ見てる所だったので、墓を荒らしてるみたいに見えたんじゃないかと、ちょっと恥ずかしかった…。
その軽がすぐ近くに止まって、男性が出てきて静かに葦原の国の石の前で合掌されていた。地元の人なのだろう。互いに軽く会釈してすぐ帰られた。
草が生え放題だったので、誰も手入れされてないのかと思っていたが、もしかして葦原の国だけに草もあえて残しているのだろうか。

私以外の三人は、ここがすごく気に入ったようだった。私はおのごろ島神社ほどはピンとこなかったが、天の浮橋もそうだが、この辺一帯が心地いいという感じはあった。
12:40頃、葦原の国出発。てくてく歩いて、おのごろ島神社まで戻ってくる。
何となく興味が湧いてきて、帰り際におのごろ島神社の社務所で由緒書きっぽい冊子を買って帰る。
13:00頃、おのごろ島神社出発。とりあえずまわるべき所はみんなまわったって感じだ。

どこかでお昼を食べようかと言う話にもなったが、みんなあんまり空いていない様子だった。
なのでとりあえず今のところ全然眠くは無いが、目が冴えているうちに走れるだけ京都に向かって走って、眠たくなったら誰かに代わってもらおうと思った。
13:10頃、西淡三原入口から神戸淡路鳴門自動車道へ向かう。帰りは間違えないようにナビ子の声に集中。後部座席のBさん、Cさんは既にウトウトしはじめる。今のうち眠ってもらって後で交代してもらおう。
Aさんは、眠たくならないようにと喋りかけ続けてくれる。
明石海峡大橋を渡る。本州へ。布施畑の料金所を過ぎ、右手側・宝塚方面。阪神高速へ。中国道・宝塚方面へ。西宮山口料金所通過。吹田近くにきてようやく京都の看板が見えてきた。
ここまで来たらもうこのまま京都の事務所に直行だ。

  • 天の浮橋
    天の浮橋
  • 葦原の国
    葦原の国
  • さよなら淡路島
    さよなら淡路島
  • 京都へ
    京都へ

爆睡

15:00頃、京都の事務所に無事に到着。みんなを降ろす。
着いた途端、急に眠気が襲ってきた。
みんなもそれぞれ自転車で居眠りなどしないよう慎重に気を付けて帰るようお願いして解散した。

このあと私は、いくつか仕事メールした後、17時になると同時に風呂に入って適当に食べて、そのまま事務所で寝る事に。
19時には爆睡。次に目が覚めると翌朝だった。

今回は、夜寝られなかったのが残念。これは予想してなかった。
なんで今回寝られなかったのか不思議だったが、AさんとCさんは、きっと淡路島の熱いエネルギーで、目が冴えてしまったんだよと話していたらしい。
なるほど確かに何と言うか淡路島ってカラッとした暑さで、鹿児島とかあっちの方にやや近い雰囲気があった。慣れないエネルギーに興奮してたのかもしれない。

しかし帰ってから気付いたが、お土産とかも何も買ってなかった。
帰りはみんな車の中で寝ていたし、とにかく早く帰ってゆっくりしたくて、すっかり忘れていた。
占いでは何か発見がありそうだった謎の神様グッズを見つけられず残念。
こう言う友人達と旅行の時は、無難に電車で行って現地でクルマを借りるとかの方が効率が良かったかもしれない。

  • 【本日のデータ】
  • 走行距離:175km
  • 出費(約):高速(西淡三原→京都南)5,160円、菓子類500円位、冊子500円位・・計6,000円位
  • 窓の外:–
  • 淡路島の日の出
    淡路島の日の出
  • おのごろ島神社
    おのごろ島神社

考察

謎の写真

実は帰ってから妙な事に気付いた。
2日間で200枚ほど写真を撮ったのだが、その中でたった1枚だけが何故か異様にボケた写真になっていた。それが天王の森の社を撮った写真だったのだ。
そもそも自動でピントも合うし私もピントを確認してからシャッターを切っているので、ピントがどこにも合っていないわけがない。
なのにこの写真だけが、画面全体ボケボケでザラザラした変な写真になっていた。
これには私もちょっとゾッとした。やっぱり歓迎されてなかったようだ。さすがに気味が悪いので今回この写真は掲載していない。

天王の森は、沢山の気配はあったものの、サワラ氏らしき中心的人物の存在の気配はなかった。
最も遺体は奈良に移されたと言うのでここには居なくて当たり前かもしれないが、アチラに問いたところ既に転生しているとの答えだったので、どちらにしろ居ないのだろう。
ではあの沢山の気配は何だったんだろう。

あらためてカードで聞いてみた。サワラ氏と縁のある関係者の霊っぽい。特に女性がいそう。つまりサワラ氏と共に無念に思う当時の縁者の霊達ということか。
でもネットで調べたところ、特にサワラ氏と一緒にここに葬られた人の話は何も見つからなかった。ここまで集まってきたと言う事だろうか。この辺りはちょっと私には分からない。

怨霊伝説は各地に色々ある。昔はともかく今は災害の原因が祟りによるものとはさすがに誰も考えないと思うが、あったとしてもそれは切っ掛けに過ぎず実際にはそこに我々の集合的カルマの消化の意味合いの方が大きいと思う。

ちなみにこういった伝説や古戦場など、怖い系の場所を観光する時の安全な参り方はあるのかカードに聞いてみた。
すると「失礼します」「この場所を見させてください」「写真を撮らせてください」と言う風に一言挨拶するのが有効らしい。
そういえば挨拶とかしてなかったなぁ。こちらがイヤな気配に警戒してたから、向こうも何か荒らされるとか思って警戒してきたのだろう。
私も「嫌だなぁ」と嫌悪しながら行ってたから、写真に撮るのを拒まれたのかもしれない。ここは反省せねば。嫌悪してしまってごめんなさい!
今更ではあるが静かに眠って頂くよう祈って、このテーマを終わらせようと思う。

国生み神話

続いて国生み神話について。そう新たに何か分かったわけでもなく、帰ってからも例のごとく神秘体験が起こるわけでも無かった。
まぁでも私自身の中では、おのごろ島神社が色々感じられるものがあった。それが具体的に何なのかは自分でもよく分からなくて説明は出来ないのだが。
ただ、これがきっかけに色々神話について調べたり、トヨウケさんのビジョンを元に関連しそうな前世の記憶をいくらか辿ったりもした。

ちょっと面白かったのは、前世の記憶を色々辿っていく中で私が槍と盾を持って大勢の仲間と共に戦争に参加している記憶が出て来た。
最初は戦争には絶対に出ようとしない私が戦争に出ていた事があったのかと半信半疑で続きを見ていった。すると敵は人間ではなく沢山の魔物だったのだ。
なんじゃこりゃと思って更に見ると、魔群の進行を食い止めるための戦争らしく指揮所に戻ると指揮官はキ〇ストさんだったのだ。
この記憶が「輪廻の海」の「天国と地獄編」の前なのか後なのかは分からないが、ようはアチラの世界での戦争のようで、なんか漫画みたいで面白いと思った。
同時にこう言う出来事ってきっと神話としてどこかに残ってるんじゃないかなともすごく思った。
ちなみに私は右利きなのだが、何故かこの記憶の中では左手に槍を持って右手に盾を持っていた。アチラの世界では左利きって事もあるようだ。

こんな記憶が出て来た事もあって、私の中では日本神話も、おそらくアチラの世界での出来事なのだろうと考えている。
アチラで起こった事はコチラでも起こるものなので、アチラの世界で日本を作る儀式が行なわれ、結果として物質世界の地球においても日本が形作られていく。
そんな感じの事なんじゃないかなと。なのでおのごろ島もアチラの世界にあって、何らかの意味合いで淡路島と繋がっている。
天の浮橋なんかは、それこそ物質界と繋がる為のゲート的なもので、葦原の国も太古アチラの世界の葦原の国と繋がった場所、誰かがアクセスした場所であるとか。
イザナミの神さんも黄泉の国に行って○○○○○○○○に転生(転職)したということなのかも。うーん、妄想が果てない。なんか漫画が描けそう。

ところで、この記事を書きながら、何気におのごろ島神社で買った冊子をちょっと読んでみて、一つ気付いた事があった。
天の浮橋の古い写真が掲載されていたのだが、その当時の昔の風景が何となく見覚えがある気がしてきたのだ。
ハッと気が付き、これもしかして前世でこの辺りに住んでたんじゃなかと思えた。

早速前世瞑想で見に行ってみた。
そして出て来たのは、江戸時代なのか幕末なのか、それほど大昔ではない時代。私はまだ幼少の子供のようで近所の子供達と一緒に遊んでいる場面だった。それがおのごろ島神社近辺だったっぽい。
辺り一面、畑か原っぱのようなものしかなく、とてものどかな風景だった。やはり天の浮橋も近くにあった。
でも子供の頃の場面でしか出て来なかった。大きくなると淡路島を出てどこかに行ったのか、あるいは親の田舎が淡路島で子供の頃によく遊びに来ていただけとか、そんな感じの前世記憶だった。
なるほど、だから田舎に帰って来たような感じがあったのか。これはちょっとした私の中での発見だった。

そして今気づいたのだが、占いで出ていた買い物か何かで発見があるかもと言うメッセージは、もしかするとこのおのごろ島神社で買った冊子の事だったのかもしれない。
うん。なんか色々繋がってきた。
まぁ、ビックリするような発見は何も無かったが、心地よく楽しく過ごせたのでとりあえずよしとしたい。
そんなところで今回の旅記事を終わろうと思う。

  • 【2日間の全データ】
  • 全走行距離:362km
  • 全実質出費(約):宿泊費10,950円、食費1,000円位、雑費500円位、有料道路9,220円、ガソリン5,430円(燃費10kmとし1L/150円の場合)・・計約27,000円位
  • 窓の外:1勝0敗・・過去からのトータル≫今回1人旅ではないので加算せず(現在10勝6敗)
  • 淡路島
    エクストレイル
  • 淡路島
    今回から、SONY α7M3

 


燃えよ!2018 2018年01月10日 18:00

 

  • 燃えよ!2018

燃えよ!2018

 

って、燃えすぎだよぉ~!
新年早々やっちゃいました。
お餅‥燃えました(笑

忘れていたわけではないのですが、コンロから目を離した隙に膨らんで火がついたようです。
この焦げ具合、何だか夫婦岩の様で見事です。
新年早々‥燃えまして、おめでとうございますm(_ _)m

さて、年明け初めの記事はいつも恒例の初夢検証です。
今年の初夢の前に、まず去年の初夢を検証。

≫昨年の初夢日記

2017年の初夢は「新しい店を作って何か事業を始めようとする夢」でした。
ワクワクする夢だったので、まぁ想定通り書籍発行関係や、ここれんねの心応理講座の事かなと思う。
去年の一番大きな出来事はこれだったので。

そしてもう一つ、非常に気になる初夢だったのですが、内容的にちょっと書けなかった夢。
どういう夢だったかと言うと実は、3本ほど線香が立っていて、そのうちの一本の線香の火がスッと消える夢だったのです。
なんか線香って…やっぱり気になりましたよ。これなんか不吉だなぁと。

しかももう一つすごく気になったのは、去年の初詣の時に引いたお御籤。
なんかつい最近読んだお御籤と内容が同じ気がして、あれ?と思いました。
家に帰って、ちょうどまだ捨てずにおいてたお御籤があったのでよく見ると2015年に引いたお御籤と全く同じ内容のお御籤だったのです。
それは「小吉」で「何事も気を付けて‥」と言ったイマイチの内容で、そのお御籤の番号が「42番」だったのです。
そして2015年と言えば、うちの父が亡くなった年でした。

2016年は喪中となり、お御籤は引いてません。
そして去年2017年の初詣で引いたお御籤が2015年と全く同じ「42番」の「小吉」だったのです。
お線香の初夢と言い、実質連続で42番を引いた事と言い、これはまた誰か身近な人が亡くなるんじゃないかと覚悟してました。
なので、去年はこの初夢については書けなかったのです。

そしてやはり去年は近所に住む親戚(従妹叔父)が癌で亡くなりました。
これの事だったのかなぁと思いつつ、プライベートではちょっと暗い一年でした。

そんな初夢とお御籤なのですが、今年の初夢は‥。

うーん、何とも微妙な内容です。でもある意味ホッとしてます。
最初は2日の朝。どこかの職場で桐谷美玲や長澤まさみと一緒に仕事をしてる夢‥^^;
女優さんと仕事をしてる初夢って、なんか良さげだけど、単に日頃の願望が出ただけの様な気も(笑
どーも初夢っぽさが無いなと、なんか1年が予測できないと思ってました。

そして3日になって、初詣に行きました。
今年は大吉で、しかもお御籤の番号が「1番」!おお、良かった。42番が続いた分、今年はイイ事あって欲しい。
その日の夕方、事務所に寄ってコタツに入ってたら、つい眠たくなって寝てしまいました。
この時、何故か大きな鳥居の下に立っていて、目の前に知らない神社の本殿の入り口がある夢を見ました。
この本殿、入ってもイイのかなと思ってる所で目が覚めた。
なんか不思議な夢だなと思ったけど、いつも神仏供養などしてる部屋だったので、その関係でこんな夢見てしまっただけなのかなと思いました。
でも、同時にもしかして家じゃなくて、この事務所で寝たら、怪しい夢見れるんじゃないかと思い、この日は事務所に泊まる事にしました。

するとやはり、ちょっと分かりやすい初夢らしい夢を見ました。
最初は、小池栄子と一緒に撮影の仕事をしてる夢。「また女優と仕事してる夢だ」と夢の中で気付いた‥。
どーも女優と仕事すると言う夢そのものは、やっぱり何か暗示してるのかなと思いつつ、もうちょっと初夢らしい初夢が見たいと夢の中でウロウロします。
すると遠くに富士山と日の出の夢が出てきて、おお!これこそ初夢だ!と夢の中で喜んで、これはしっかり見ておこうと意識して富士山に近づこうとする。
しかしよく見ると、この富士山遠くにあって小さく見えるのではなく、元から近くにあって、片手で掴めそうな3cmぐらいのミニサイズであることに気付く。
ちっさい!ちっさすぎる!!3㎝はちっさすぎる~~!!

そのスケールの小ささにガックリしてると、夢が切り替わった。
雨が降ってきて、津波が来た。でも大した津波ではなく膝ぐらいまでの浸水で済んでホッとしてる。
向こうの海に空母もチラッと見えたので、この辺はオレの今年ではなく日本の今年かも‥と気づいて、爆発や戦争そのものイメージが出てくるのではと夢の中でイメージできるか試したが、イメージ出来なかったのでこれもホッとした。
そして目が覚めた。

やっと初夢らしい夢が見れたと思ったが、まぁ度々、女優さんと仕事すると言う夢も出て来たので、ただの夢かと思ってたが、これも何か意味がありそう。本やここれんねの関係で何か新しい事が出来るのかな。
そして3cmの富士山。
これもなんで3cmなのか分からないけど、まぁ3cmぐらい?のイイ事はあるのかなぁ‥。

膝ぐらいまで浸水した津波はちょっと気になる。
これは私自身の事だったら、まぁ軽い苦労事がある感じだろうけど、その後の空母の夢にしても、もしかするとこの辺から日本の今年を暗示する夢を見たのかも。
それでもまぁ、膝ぐらいの浸水なので、大きな災害とかは無いとは思うけど、何かこうジワジワと地味な被害が出る様な事はあるのかも。

そんな今年の初夢でした。
今年もどうぞ怪しくお願いします。

 


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耳瘻孔治療体験 2017年12月22日 20:00

とうとう年末になってしまった。またしてもすんごく間が空いた。
このサイトはサイトとして機能してると言えるのだろうかと我ながら時々不思議に思う。

今年も執筆本やら何やら色々ありすぎて、自分の時間が全然作れなかった。
そんな中、実は今年は私にとって生れて初めて手術らしい手術と言うものを受けた。今回この事を記事として書きたい。

私は生まれつき左耳に「先天性耳瘻孔(せんてんせいじろうこう)」と言う病気を持っていた。
見難い写真しかなくて申し訳ないが、下の様に耳の一部に小さな孔が明いている病気だ。

 

  • 耳瘻孔治療前

先天性耳瘻孔

 

ネットで調べると100人に1~2人は持ってるらしく、耳の内側とかに出来ていて気付かない人もいるとか。
胎児期、耳が形成される時に、うまく形を成せず隙間が出来て、そこが孔状になって残ってしまい出来るものと推測されているらしい。

病気と言っても基本的には放っておいても何も問題はない。
ただ、この穴から、たまに汁が出てくる事があり、これが出てくると痒くなるので、ついついいじってしまうのだが、この出てくる汁がまた嗅いでみると、思わず「くさっ!」と顔をそむけたくなる様な嫌な臭いを放つのだ。
そんな、怪しい穴なのだが、これのせいで今回、ムチャクチャ大変な思いをした。

【予兆!顔半分が腫れる】

2017年8月17日(木)異常発覚初日。

最初の異変に気付いたのはこの日だ。
ここ数か月「ここれんね」の「心応理講座」で使う音源を作り直す関係で、ヘッドホンを付けっぱなしで作業する日が多かった。
以前はイヤホンで作業してたのだが、今年は新たにちょっと良さげなヘッドホンを買って、それで作業していた。
しかしこのヘッドホンに変えたのが、どーも原因で、今回の問題が起こったっぽい。

1日中ヘッドホンをかけっぱなしでいると、左耳の付け根が痛くなってきた。
耳が圧迫されて痛くなってるのかなと、あんまり気にしなかったのだが、どーもその痛くなる辺りが耳瘻孔のある部分だと気が付いた。
ヘッドホンを外して、耳瘻孔の辺りを触ると、やっぱりちょっと痛かった。
その時は、単純にヘッドホンがまずかったのかなと思ってイヤホンに変えて作業を続けた。
それからは左耳が痛くなる事は無かったので、そのまま忘れてしまっていた。
今にして思えば、これが最初の失敗だった。
すぐに異変に気付いて耳鼻科に行っていれば、そんな酷い事にはならなかったかもしれない。

2017年8月19日(土)異常発覚から3日目。

夕方になって、耳瘻孔の辺りが触らなくても痛くなってきた。鏡で見ると耳瘻孔の辺りが赤く腫れだしていてビックリした。
何だこれは??とにかくネットで調べてみた。

実はここで初めて、生まれつき持っていたこの耳の穴に「先天性耳瘻孔」と言う呼び名がある事を知った。
そしてこれが、時には炎症を起こして腫れる事があるらしく、そうなると抗生剤などで治療する必要があると言う。

今まで耳瘻孔の辺りが痒くなる事はあっても、痛くなったりする事は無かったので、まさかその炎症が今になって起きたのかと、ちょっとドキッとした。
これ‥やばいかも。
とりあえず、明日朝一番に耳鼻科に行こう!

と、ここで嫌な事に気付いた。今日は土曜日。そして明日は日曜。休診日だ。なんて間が悪いんだ。
月曜の朝まで我慢するしかない。

夜になり、痛みが地味にずーっと続くようになった。その痛みで、なかなか寝付けない。
ウトウトしてたら痛みでまた目が覚めるの繰り返しで、朝までほとんど寝れなかった。

2017年8月20日(日)異常発覚4日目。

朝、顔の左半分が痛い。鏡で自分の顔を見ると何か左頬全体がフランケンみたいに腫れていてビックリ!
ここで、やっと事態が深刻なのではと考え始めた。
左頬全体がズキズキしてすごく痛い。こんなんじゃまともに仕事できないと思い、とりあえず今日のセッションを延期させてもらい、日曜でも診てくれそうな耳鼻科を探した。

でも、近くでは見当たらず。こう言う時どうすればイイんだ?
救急車呼んだ方がイイんじゃないかとも思った。それぐらい我慢できないほど痛いのだ。
でも顔半分が痛いだけだし、自分でタクシー呼んで病院に行けばイイんじゃないか?
そうだ、とりあえず直接病院とかに駆け込めないものかと思い、近くの病院に電話してみた。
でも「ただ今、混みあってます。後ほどおかけ直し下さい。」の繰り返しで繋がらない。
なんで、土曜の夜から痛み出すんだと、この間の悪さに自己嫌悪。

寝れなかった分の眠気もあって、もうイイや!明日まで我慢しようと思い、タオルを耳に当てて横になると、痛みも少しはマシで、さすがに痛みより眠気が勝ってきたのか、時々は寝れた。

しかし夜には、さらに痛くなってきた。なんだか顔半分にデカい虫歯が出来てズキズキ痛み出してる様な感じ。
触ると針で突いたような激痛が!触る事も出来なくなってきた。
早く明日になってくれ!

2017年8月21日(月)異常発覚5日目。

朝、とにかくフランケン状態のまま近所の耳鼻科へ。
膿が溜まって腫れているらしく、抗生剤を出してもらえるとの事だった。
「一応、膿も出してみましょうか」と先生が言う。どうやって出すのか聞けば、注射針の様な物で吸い出すとの事。

いや、ちょっと待て、今、触るだけでもかなりの激痛なのに、その上に針で刺すって拷問やんか!
「触るだけでも激痛なんですよ!この上、針刺されたら、絶対泣きます!ワンワン泣きますよ!イイんですか!?(TvT)」って思わず先生を脅迫してしまった。
先生は笑いながら「じゃあ、とりあえず抗生剤だけで様子みましょう」って事になり、ホッとした。
しかしこれがまた第二の失敗だった。最悪の事態を招いてしまった。
泣いてもイイから、この時、膿を何とか出してもらうべきだった。

帰るとすぐ昼食後に薬を飲みだして、30分ほどでスーッと痛みが治まってくるのが分かった。
夕方には頬の腫れも大分引いて、このまま治るんじゃないかと思われた。
薬は4日分。金曜の朝の分まである。これは今週中には完治するなと楽観視していた。

【いざ激痛の園へ】

2017年8月23日(水)異常発覚から7日目。

夜、また異変が起きた。耳瘻孔の辺りが、どーも以前よりも増して痛くなってきた。

鏡で見てみると、頬の腫れはスッカリ無くなった。しかし逆に、腫れが引いた分が圧縮されたように耳瘻孔の周りだけが、ゴルフボールの様に今にも破裂しそうなほどパンパンに腫れていた。表面の皮膚も腫れで引っ張られて破れてモロモロ剥がれだしている。
これ‥無茶苦茶ヤバいんじゃないの!?

先生にもし異変があったらすぐに来てくださいと言われていたので、明日もう一度、耳鼻科に行こうと考えた。
しかし、ここでまた嫌な事に気付いた!今日は水曜の夜。明日木曜は耳鼻科は休みなのだ!金曜まで我慢しなきゃない!

何でいつもこう間が悪いんだ!
耳瘻孔が痛み出したのも土曜の夜で、翌日日曜は休診。今回も水曜の夜に異変に気付いて、翌日木曜は休診。
なんか私の場合、風邪をひいてひどくなるのも、だいたい土曜の夜か水曜の夜。
そして宅配が来るのも、電話が鳴るもの、だいたい私がトイレに入ってる時に限って来る^^;

とりあえず薬は金曜の朝まである。これでしのぐしかない!
薬を飲むと痛みはすぐに和らぐが、5~6時間ぐらい経つと、また痛み出してくるのが分かる。
つまり昼間は薬が効いて問題ないが、夜中過ぎから朝にかけて、薬が切れた頃に痛みで目が覚めてしまうので大変だった。
そして恐怖の25日の金曜日を迎えるのだ。

2017年8月25日(金)異常発覚から9日目。

明け方3時頃、痛みで目が覚める。もう痛みに耐えれず、とりあえず夜中から朝ごはんを食べて薬を飲む。
これだけ痛いのに、ちゃんと薬を飲む前に、ごはんを食べようとする自分に、ちょっと感心してしまう。
とりあえずこれで再び寝れる。

朝10時になって、すぐに耳鼻科へ。先生に、これはもう膿を出すしかないよと言われ、覚悟を決める。
これだったら、最初から月曜日に膿み出ししてもらえばよかった。
触るだけで激痛の耳瘻孔の穴の中に針を刺され、痛みの境地へ、いざ!

もう注射針を頭の中心辺りまで刺された様な激痛が走る!ぎゃぁあああぁあ!痛いぃ~!
触るだけで激痛の所に、針の激痛が重ねられ、かつて味わった事のない激痛のハーモニー!
なんて残酷な激痛の二重奏!

なぜだろう。
絶対に涙が出ると思っていたのに、全く涙が出てこない!
そうか!痛みをこらえようと全力で集中しているから、涙を出す力さえ残っていない。
ああ~痛すぎる!!

でも、これで膿が出て痛みから解放されるなら、この激痛も本望!
とくと味わってやる!と覚悟を決めている中、先生がつぶやく!

「う~ん、膿が出てこないですねぇ」

え~~~!!何のための激痛二重奏~!!!!

結局、膿は全く出てこなかった…。
「これはもう切開して膿を出すしかないですね。今から病院に行きますか?」
時間はすでに昼近くで、受付時間は過ぎてるらしく無理かもしれないとも言われたのだが、その後、スタッフの方が病院に問い合わせて交渉してくれて、何とか今日対応してもらえることが確認できた。
そのまま予約を入れておいてくれた。すぐに紹介状を書いて渡され、私は一旦仕事場に戻って、影響の出そうなお客さんにメールで連絡を入れておき、すぐに病院に向かった。

12時ちょうどぐらいに病院に到着。何とか受け付けてもらえて、待つ事2時間ほど。午後2時頃ようやく順番が来て診察室へ。
担当の先生が一言「これはひどい!よくここまで我慢してましたね‥」
い、いや、耳鼻科の休診日と重ならなければ、ここまで我慢しなかったんだけど…と、心の中で愚痴る。

「とにかく切開して膿を出しますね」
そう言われ、何やら先生と看護師が慌ただしく準備しはじめた。
しかし何かガーゼが無いとか、間に合わせのものしか無い様な会話をしてるので、ちょっと不安になる。
多分、急に入れてもらった予約だし、無理を承知で先生が引き受けてくれたのかもしれない。

普通に診察室の椅子に座ったまま、切開するようだ。
まずは麻酔を打たれる。ここで先生が妙な事を言う。
「膿が溜まってるので、麻酔があまり効かないかもしれません」

まぁ、きっと念のために言ってくれてるのだろうと、この時は軽く聞き流していた。
そしたら、ナイフで耳を切られ始めると、普通に激痛が走った!
痛いいい~~!

ええ?ナニコレ!
麻酔全然効いてないんじゃないの!?
いや、確かに「効かないかもしれません」って言ってたけど、本当に効いてないよ!!

まぁ、メスで切られるだけなら、まだ耐えれる。
次に「膿を押し出しますね。かなり痛いかもしれませんよ」

そう言われた次の瞬間、すんんんごい激痛が走る!ぎゃああ~~!
麻酔全然効いてないよ!!!
いや、確かに「かなり痛いかもしれませんよ」って言ってたけど、本当に無茶苦茶かなり痛いよぉお!!!

この世にこんな痛みがあったのか!と、もう生まれて初めて味わう最強の激痛だった!
耳鼻科で頭の中心まで針を刺された様な痛みだと感じたが、それ以上だ!
今回は頭の中をドリルで刺されてグリグリ掻きまわされてるような痛さ!
これ多分、いや絶対、死んだ方が楽なんじゃないかと、本当にそう思えるぐらい痛かった!
いっそのこと、このまま気絶してもイイんじゃないか?気絶したい!気絶させてくれ~~!
このままアチラの世界に逝かせてくれ~~~!!!

でも治療してくれる先生が、優しそうな20代ぐらいの女性の先生だったもので、このまま気絶したら、この先生がパニックになるんじゃないかと、なぜか私の方が先生の方を心配をして、気絶しない様に必死で意識を維持してた。
はうっ!早く!早く終わってくれ~!

「もう一度押し出しますよ。すごく痛いと思います」
うぎゃああああ~!!
いや、確かに「すごく痛いと思います」って言ってたけど、本当に無茶苦茶すごく痛いよぉお!!!

先生のその予告が残酷なほど的確過ぎて怖い~~!!
はぁはぁ。ムッチャ汗が出て来た。
顔が汗だくになってきた。

よく映画や漫画で、ぎゃああ!と叫ぶシーンがあるが、実際そんな叫ぶ人っているのかと思っていたが、これは本当に映画の様にぎゃああって叫びたかった。
でもここで叫んだら、待合室にいる他の患者さんは、何で耳鼻科から叫び声が聞こえるんだ!?歯科なら分かる気もするが、耳鼻科からの叫び声って…。何か事件が起こったのではないか?と異様に思うんじゃないか?などと、なんでこんな痛みを感じながら、そんな他人の心配が出来るのか、自分でもよく分からないが、そんな事を考えてしまって必死で叫びたいのを我慢してたので、叫び声が叫び声にならず「うぐごがっがんんがぁ」と無駄に異様なうめき声になってしまう。

もうダメだ!まもなく痛すぎてアチラの世界に逝ってしまう!
はぁはぁ。涙は出そうでやっぱり出てこない。
そこまでの余力さえ無い感じだ。

「最後、お湯で流します。染みると思います」
うぬぅぉおおおお!!
いや、確かに「染みると思います」って言ってたけど、本当に無茶苦茶すごく染みるよぉお!!!

しかし、このお湯で流すのだけは、何だろう‥痛みと同時にお湯の流れる心地よさが、奇妙なハーモニーを奏でている。
すごく痛い!でもちょっと心地イイ!すごく痛い!でもでもちょっと心地イイ~!

何か逝ってはいけない、痛心地イイ禁断の世界に、何者かが手招きしている!
だ、ダメだ!戻ってこい!管理人!
禁断の世界に逝ってしまってはダメだあああぁあ!

「終わりましたよ」
はうっ!ヤバかった。
痛すぎて、あやうく幽体離脱するところだった。
禁断の痛心地イイ園に逝って返って来れなくなる所だった。

自分では見えないが、傷口は塞がれておらず、切開された状態でガーゼの様な物を詰められているらしい。
今後の治療について。先生も痛い治療を患者に強いるのも辛いのだろう。
すこし躊躇われてから「明日も病院に来れそうなら、また膿み出しをした方がイイと思うのですが、どうしますか?」と遠慮がちに聞かれた。

明日は土曜で、病院は休みだが、救急病棟の方で、早めに経過を確認したいとの事。
早く治したいので、了解した。
しかし、明日もこの痛みが続くのかと思うと、ちょっとゾッとする。
今日の治療は長かったように感じたが、実際には30分もかかってなかったようだ。
抗生剤や痛み止めを出してもらった。

どうでもイイが、耳の外側は、適当なガーゼが無かったらしく大きいガーゼを畳んで耳に付けられた。
これが帰ってから鏡を見たら、ちょっと笑ってしまうぐらいデカくてビックリした。
スマホを4台ぐらい重ねたぐらいの大きさか。
どおりで、通りすがりの人にチラ見され、子供にガン見されてた訳だ。
何か頭が割れたのかと思うぐらい、すごい怪我をした人だと思われたと思う。。。
頭が割れた様に痛かったのは確かなのだが。

こうして痛みの園から何とか生還した管理人。
本当にこの世の中にこんな痛みがあるのかと私にとってはとても衝撃的な一日だった。
アクション映画で、銃弾を浴びて、まだ意識が残っている仲間が「とどめを刺してくれ‥」と主人公に懇願する気持ちが今回すごくよく分かった。

2017年8月26日(土)異常発覚から10日目。

翌日の土曜。再び病院へ向かう。裏の救急患者入り口から入って、救急受付へ。そこへ担当の先生が迎えに来てくれて、救急病棟の治療室に入る。
もう麻酔など無しで膿み出しを行う。
昨日の様に激痛が走るが、膿が減った分、痛みは昨日よりマシだった。って事は本当に昨日は麻酔が全然効いてなかったのか。
そして最後のお湯で流すのが、また昨日以上に痛心地イイ禁断の感覚。妙にこれだけは癖になりそうだ。

この日は10分ほどで終わった。
切り口は2cmほどで、縫ったりもせずそのままパックリ開いていて、そこに膿を吸い出すためのガーゼっぽい詰め物をされていた。
これを交換しながらしばらく膿を押し出す事を繰り返すらしい。

家に帰ってから鏡を見ると、とりあえす外側のガーゼが普通の名刺サイズになっていて、ちょっと色んな意味でホッとした。

異常発覚12日目以降

8月28日の月曜。そして31日の木曜と2回ほど病院に通って膿み出し。
外側のガーゼを風呂で濡らしてしまう事もあり、自分でもガーゼを変えたりした。それは問題なかったようで、これからも適度に交換して欲しいと先生に言われた。
切り口の詰め物も無くし、縫うわけでも無くそのまま放置で自然と塞がっていくらしい。

翌週の9月8日(金)異常発覚から23日目。切開部分も完全に塞がって、最後の膿み出しとして耳瘻孔の孔から膿を押し出されたが、もうほとんど出なかった。痛みも全然なくなった。

2017年9月22日(金)異常発覚37日目。次の手術の準備。

朝から市立病院へ。傷跡がやや赤くなってる程度で一応完治と言う事になった。
もう触っても痛くない。痛くないって…なんて幸せな事なんだ。

しかし、これですべてが終わった訳ではなかった。
耳瘻孔は人によっては、また再度化膿して膿が溜まる事があるかもしれないらしいのだ。
まぁ、今度はさすがに気付いたら、すぐに耳鼻科に行って針で膿を出してもらえばいいとは思う。
でも正直、二度とあんな痛い思いはしたくない。再発しない様に完全に治そうと思ったら、耳瘻孔そのものを取り出してしまう手術を受ける必要がある。

耳瘻孔は外から見ると穴なのだが、耳の中では1cmほどの長い袋状になっており、そこにバイ菌が入ってしまった時に化膿する。
今回は多分今にして思えば、ヘッドホンを使う様になったのが、きっかけだったのかも。
夏だったし汗で蒸れたのか、何らかの原因でバイ菌が入ってしまい化膿したのだろう。なので、もうこの耳瘻孔の袋そのものを取ってしまう手術を受けることにした。

先生と相談し、ちょっと先にはなるが手術日を11月15日に決めた。
本当はもう傷口も塞がってるので、すぐに手術を進めてもよかったのだが、手術をするとまたしばらく頭が洗いにくいとか、髪を切れないとか、色々生活上の都合を考えて、ちょっと間を開けてからにさせてもらう事にして11月中頃を希望したのだ。

そして今日は診察後、問題なく手術が受けれるか確認の為に、血液や尿や心電図など色んな検査を一通り受ける。看護師さんに案内されて次々と検査を受けて、30分以上はかかっただろうか。再び耳鼻科に戻ってきて、問題無いと言う事を説明されて、昼過ぎには帰った。

しかし何となく不安だったのは、いや効いて当たり前なのだが、今度の手術の時は麻酔はちゃんと効くだろうなと、麻酔の心配をしてしまう。
これ、結構自分の中で今回麻酔が効かなかった事がトラウマになってしまってる気がする。

【初めての手術台】

2017年11月09日(木)手術1週間前。

昼から久々に病院へ。手術は来週なのだが、その前に当日の進行順など色々説明を受けた。思わず先生にも「今度は麻酔効きますよね?」と聞いてしまった。先生は笑いながら「大丈夫です」と答えてくれた。ここで「効かないかもしれません」なんてまた恐怖の予告をされたら、絶対に私は失踪する。
いよいよ来週が手術だ。

2017年11月15日(水)手術日。

午後から手術。また耳の辺りがしばらく触れない、洗ったり出来ないだろうと思い、午前中に髪を切りに行って、お風呂にも入っておく。
準備万端で午後3時に病院へ。

最初はいつもの診察室で先生から説明を受けて、その場で少し耳瘻孔の中を針の様なものでほじられて、消毒された。
右腕にタグの様なバンドを付けられて、間違われない様にするためか「左」とマジックで書かれた。
左耳の手術と言う意味らしい。そして診察室を出て、待合場所で再び待たされる。

トイレを済ませて20分ぐらい待っただろうか。3時半ぐらいに看護師さんに案内されて手術室へ。
耳鼻科は2階だったが、手術室は3階だった。

手術の控室みたいな所に入ると、男性の看護師に案内され、カーテンでしきられた試着室みたいな所で、渡された手術着に着替える。
服とズボンと靴下を脱いで、シャツとパンツだけになって、手術着を着る。
頭にビニールのキャップを被って、専用スリッパを履いて、カーテンを開けて出ると、看護師が財布と携帯を横にあるロッカーに入れて、鍵を預かってくれた。

再び看護師に連れられて、いよいよ手術室に入る。
天井にはドラマでよく見る沢山のライトが付いてるやつがあった。
そのライトの下の手術台にそのまま腰かけて、スリッパを脱いで仰向けになる。
手術台に寝るのは生れて初めてで、ちょっとドラマみたいだ!と変な所で興奮してしまった。

足をベルトで縛られ、右手には自動で定期的に計測される血圧計を巻かれ、左には点滴なのか何か分からないが左手首に注射針を刺しっぱなしにされた。
手術をするのは、いつもの耳鼻科の担当の先生。そしてベテランっぽい年配男性も一緒にいた。

顔は右斜め向きにして、布を被されて耳周辺のみ穴が明いていて、ライトで照らされた。
いよいよ始まるっぽい。ドキドキする。

最初にアルコールか何かで消毒されて麻酔を打たれる。
でも触られてる感触はまだある。
これって麻酔効いてるのか?ちょっと不安になった。
我ながら、かなりトラウマになってる。

いよいよ手術が始まった。
先生がメスを耳に近付けるのが何となくわかって怖い。
そして切開が始まった。
痛くは無いがもぞもぞ感触はあって、これが痛みになるんじゃないかと思いきや痛みにはならないと言う何とも妙な麻酔の効き方で怖かった。

定期的に右腕の血圧計が動いて圧迫される。
その時は意識が右腕の方に集中してしまうためか、気分的に楽だ。
左耳は、時々かゆみのような感触と、ちょっとチクッと痛くなる事もある。

看護師さんに「痛くないですか?」と聞かれる。
「痛くは無いけど、痒いと言うか、触られてる感触はありますね」と答えると、痛みだけを取り除いて、触る感触は分かるタイプの麻酔だと説明された。
なるほど。でも何か触られてるのだけが分かるのって、何とも怖い。

担当先生がベテラン先生と何やら「軟骨の方に回り込んでる」「取れるか?」と話しながらゴリゴリゴリと嫌な感触があって、大丈夫なのか?と不安になる。
切開してから20分ぐらい経っただろうか。なんとか耳瘻孔の袋が取られたようでホッとする。

最後は切り口を縫っていく様子だったが、機械で焼いて縫われてるのか、ジジッと焼く様な嫌な音がして、ちょっと痛みがある。
ようやく縫い終わって「終わりましたからね」と声をかけられる。

布や血圧計、注射などを取られて、看護師に言われて起き上がる。
鏡が無くて分からないが、左耳はガーゼとテープで止められてる感触があった。

フラフラはしないが、なんか結構、冷や汗なのか、ライトを当てられていたための汗なのか分からないが、顔の左半分だけ汗だくになっていた。

先生方に軽く挨拶して、男性看護師に連れられて先ほどの試着室みたいな所に戻って着替える。
財布と携帯を返されて、耳鼻科の受付に戻るように言われて控室みたいな所を一人で出る。

しかしここが、どこか分からない。耳鼻科がどっちか分からずウロウロしていると、通りがかりのスーツ姿の男性が声をかけてくれて、2Fの耳鼻科の場所まで丁寧に案内してくれた。
病院に出入りしている業者の方だろうか。親切で助かった。

耳鼻科の受付に受付表を見せると、待合室で再び5分ほど待たされてから再び呼ばれて診察室へ。

今日取った耳瘻孔の袋を先生が見せてくれた。
2㎝ほどの長い袋状になっていた。軟骨の方に回り込んでいたらしく、少し全部取るのに手間取ったような説明をされた。
何にせよ無事に取れてよかった。
これでもう突然化膿する事もないしホッとする。なんかスッキリして嬉しい。

抜糸については、大体は溶けて無くなる糸らしいが、上の方だけ抜糸が必要な糸を使っているとの事で、来週の水曜に再び伺う事になる。

左耳には、またガーゼが貼られていたが、これは明日には取ってもイイらしい。
ただ、そのガーゼの下には透明な傷テープの様なものが貼られているらしく、それは次回まで取らないで欲しいとの事。

病院を出て、抗生物質と痛み止めを薬局でもらう。
手術完了祝いとして今日はビールで乾杯したいと薬局の人に話したら、手術後なので今日は控えて下さいと止められてしまった。

【摘出手術後】

2017年11月22日(水)手術7日後。

昼前、再び病院へ。透明な傷テープをはがされて、先生がちゃちゃっと抜糸をしてくれる。

後は様子見と言う事で、定期的に通う形になるらしい。
抗生剤はもう飲まなくていいようだ。
耳の所には市販の傷テープを貼っておくとイイと薦められた。

帰りにドラッグストアでさがして買って帰る。
マスキングテープみたいだが、傷口に貼る傷テープと言うものらしい。

その後、本当は12月4日の月曜に次の予約を入れていたが、当日になって風邪をひいてしまいキャンセル。
12月18日の月曜に予約を入れ直した。

2017年12月18日(月)手術33日後。

昼前に病院へ。もう手術から1ヶ月経ったことになる。傷口は完全に塞がり、もう問題はなさそう。
一応今回で治療は終了との事だった。
半年近くお世話になってしまった担当の先生に、感謝を告げて病院を後にした。

傷テープは念のため、もう1か月ほどつけてもらった方がイイかもと言われた。
傷口は完全に塞がったが、耳の形がちょっと変な形にはなってる。今後どの程度、元に戻るのかは分からない。
まぁ、見た目は気にしないのでとにかくしっかり取り除いて欲しいと、手術前にお願いしたからってのもあるのかな。

 

  • 耳瘻孔摘出-治療跡

耳瘻孔摘出1か月後

 

耳瘻孔がある方で、手術で耳の形が変わることに抵抗がある場合は、とにかく異常に気付いたらすぐに耳鼻科に行って抗生剤だけで治療する方がイイかもしれない。

そんな感じで、耳瘻孔の治療。とりあえず年内に片付いてよかった。嬉しい。
去年は親知らずを上下四本抜いたのだが、今年はこの耳瘻孔の治療がメインイベントって感じだった。
しかし、最初のあの切開の時の膿み出しの激痛の園へのトリップ体験だけは一生忘れる事が出来ないだろう。

耳瘻孔のある方は、とにかく異変を感じたら、もうすぐに耳鼻科へ行く事をお勧めする。私の様に甘く考えて膿を溜め込んでしまうと激痛の園に誘われる事だろう。
私も最初の時点ですぐに耳鼻科で、抗生剤をもらってたら、ここまで酷い事にならなかったかもしれない。
耳瘻孔を持ったまま、一生何事も無い人も多いとは思うが、受けれるのなら耳瘻孔の摘出手術も、受けておいた方がイイと思う。

100人に1~2人は、いるらしいので、同じ様に耳瘻孔のある人向けに今回記事を書いた。
私も最初、耳瘻孔について調べ出した時は、耳瘻孔の治療体験の記事など見つけて、すごく参考になった。
なので、特に私の様に異変に疎い人が、耳鼻科に行くのが数日遅れて、膿がすごく溜まったら、どんな地獄の門が開くのかを伝えたくて記事にしてみた。
魅惑の激痛の園に逝ってみたいと言う方以外は、治療はとにかくお早めに。

最後に耳瘻孔の治療に関する事をまとめておこう。
———————————–

・膿出し:
痛み出して、すぐに耳鼻科に行けば、おそらく普通は抗生剤で1週間ほどで治まるのだと思う。
・切開膿出し:
膿が酷くて、抗生剤が効かない場合は、切開して膿を出す。
多分、普通の耳鼻科でも、設備がある所なら、その場で切開して治療してもらえると思う。
切開後、膿を出し切って傷が完全に塞がるまで2~3週間。
費用は私の場合、病院での切開膿出しが、保険適用で4000円弱だった。
・耳瘻孔摘出手術:
耳瘻孔に異常のない状態の時に出来る。私の場合、切開膿出しが終わって完全に塞がってから受けた。
時間は手術自体は30分ぐらいだったと思うが、それまでの準備や手続きを含めると2時間弱ぐらいだったと思う。
費用は16000円ほどだった。
手術後、完治まで1か月ぐらい。その後も1か月ほどは、念のため傷テープを貼っておくように言われた。

———————————–
何とも痛々しい記事だが、これで今年の記事を終わろうと思う。
次は年明けの初夢診断か。
それでは良い年末年始を。

 


耳瘻孔治療体験 はコメントを受け付けていません。

執筆本、出版されました。 2017年10月12日 13:30

  • トラワレリンネの覚書

トラワレリンネの覚書

本当にお待たせいたしました。
やっと管理人執筆本「トラワレリンネの覚書」が、ギャラクシーブックスから出版されました。

サイト「ここれんね」で行っている「心応理講座」の「浄化編」をまとめた本です。
ここ「ゆらとふるへ」の「(旧称)エリアシフト」の前半に当たります。
なので「ゆらとふるへ」や「ここれんね」に昔からドップリ漬かっている人にとっては、どこかサイト内の記事で読んだことがあるなと感じる部分も多いかもです。
それらに漫画を加えてやさしく分かりやすく再編集している本です。

そして前世体験できる音源もダウンロードできるようになっています。
前世を見るコツも色々解説してるので、自分一人で前世を見れるようになりたい人にも、お薦めです。

興味のある方は、アマゾンで「トラワレリンネ」で検索するか、以下のリンクから辿りましょう。

≫トラワレリンネの覚書

以下は、本書の目次です。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「トラワレリンネの覚書」

プロローグ

第一章 トラワレリンネとは
・潜在意識と情報の壁
・心の癖の原因
・退行催眠と前世療法
・三つの囚われと縁

第二章 嫌悪のトラワレリンネ
・嫌悪の引き寄せチェック
・嫌うほど引き寄せる
・傷つける人を好きになるワケ
・カルマと輪廻
・互いに大嫌いな人との前世
・私だけが大嫌いな人との前世
・イジメや派閥から縁を切る
・怒りの鎮め方

第三章 孤独のトラワレリンネ
・孤独の引き寄せチェック
・浮気してしまう理由
・一目惚れの前世
・苦しい片思いの前世
・結ばれない両想いの前世
・普通に両想いの前世
・孤独のトラワレリンネから離れる
・運命の人はたくさんいる

第四章 不安のトラワレリンネ
・不安の引き寄せチェック
・情報へのトラワレ
・物の多さは心の重さ
・感情は周りに伝わる
・モノに宿る執着心
・お金ではなく功徳を稼げ
・苦しみを手放し、功徳で運命を変える

第五章 トラワレリンネの消化法
・感情の吐き出し方
・体験を深める三つのコツ
・インナーチャイルド誘導瞑想
・前世誘導瞑想

エピローグ
誘導瞑想音源のダウンロードについて
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

とりあえずは無事に出版出来て、ホッとしました。
やるべき事はまだまだありますが、とりあえずちょっと落ち着きました。

こちらのサイトでも、もう本が出るぞと宣言してから1年半ぐらい?経ってしまってるので、とりあえずお知らせいたしました。

ご興味のある方は是非!

 


曾婆さんの予言? 2017年04月26日 17:00

また、変な夢を見た。
ちょっと久々に笑える夢だったんだけど、これは内容的にゆらとふるへの日記でしか書けない!

その夢は、最初亡くなった父が出てきた。
父が夢の中で何か言いたい事を言っていく事は、これまでにも何度かあった。
今回も他愛もない心配事を言ってくるので、もうこっちの事はエエから、さっさと忘れて転生してや!みたいな話をしてる夢だった。

気が付くと、その父が知らないお婆さんの姿に変わった。
なんかご先祖さんの代表って感じが伝わってきた。たぶん父方の曾婆さんだと思った。
なんか事業でスゴイやり手の曾婆さんがいたけど、私が生まれてすぐに亡くなったと昔聞いていて、その曾婆さんじゃないかな?と思った。

ここで、急に意識が鮮明になってきて、今、夢を見ていると夢の中で自覚できる、いわゆる「自覚夢」状態に入った。
これまでの日記でも度々書いてるが、この自覚夢状態に入ると、色々不思議な体験が起こる。
今回も、ご先祖さんの代表としての曾婆さんから、何か重要なメッセージでもあるのか?いったい何事だ!と、ちょっと緊張した。

するとその曾婆さんが「アンタは、またすごい事したなぁ。アンタの書いた本がすごい売れたんやで」と言いだした。
もうすぐ発売予定の執筆本の事を言ってるのだろうか。
管理人「??ホンマに?」

曾婆さん「多くの人がな、集団でなぁ、アンタの本を読んで、困難を乗り切るんや。天皇さんも読まはったんやでぇ」
管理人「ええ~、なんかそれすごいやんか!」
何かよーわからんけど、そんな売れるならすごいやん!と、ちょっと夢の中で興奮してきた。
ベストセラーにでもなるのか?まさか。でもそんな事があったら嬉しい!

ここで、あんまり興奮すると目が覚めてしまうので、落ち着け!と自分に言い聞かせる。
目が覚める前にもっと貴重な情報を手に入れるんだ!と考え、冷静さを取り戻しつつ続ける。
「それって、どれぐらい未来の話なん?今年?来年ぐらい?」と聞いてみた。

すると曾婆さんは、「う~ん」とちょっと考え込んだ。
あ、やっぱり欲を出すとダメなのかなと思い直し、私は「あ!あんまり未来の事とかは聞かない方がイイんやね?」と遠慮した。

すると曾婆さんが静かに真顔で…
「まぁ、300年から500年ぐらい未来かなぁ」と答えた。

……。

「ナニその遠い未来…!売れるって、そんな未来の話なん!?」
「いやそれ、オレとっくに死んでるやん!!(涙)」
「どういう事や!婆ちゃん、ご先祖さんのお告げで、そんな冗談言うたらあかんわ~!」
と、のた打ち回ってる所で目が覚めた。

これは、いったいどういう夢?なんで最後にあんなオチが。。
しかも300年から500年って、えらい範囲広すぎ!
それぐらい未来の地球で発掘されて、注目を浴びるってこと?
それを来世の自分が見つけて「これ前世のオレが書いたんや」なんて言うても別人なんやしそれ自慢にならんやん!!
そんな冗談言うために夢に出てきたんか~婆ちゃん!!(涙)
と布団の中で身もだえしながら起きた。

「300年から500年後に話題になる本」
これを本のキャッチコピーにしとくか?
いや、ダメでしょ。。

 

  • 曾婆さんの予言?

曾婆さんの予言?

 

さてそんな遠い未来の話題の本。
まだ確定ではないのですが、一応5月中旬発売予定です。
原稿は出来ていて編集部に送ってるのですが、まだ最終確認が残っていて、連絡待ちの状態。
多分、最終確認が来て、私がOKを出してからでないと、発売日は確定しないと思うのです。
そんな感じで、まだなんとも、この日に発売します!と言い切れないのが、もどかしい状況。

一応、編集部に私が希望した発売日は5月15日です。(単に葵祭が好きなので、この日にしただけ)
でもどうなるか分かりません。
それ以降に遅れる事はあっても早まる事はないでしょう。
また何か予定が分かってきたら、この記事のコメントにでも追記するようにします。
そしてちゃんと発売されたら、ここの日記でもあらためて紹介します。

発売されたら、私も何冊かまとめて仕入れて、ここれんねでも販売できるようにしたいと思ってます。
そして、この本の発売と並行して、心応理講座(旧エリアシフト)も再開します。
現在モニタークラス募集中。
≫心応理学講座

今回のコースから試験的に主に3つのワークを追加で組み込みました。
1つは、浄化編においての、カウンセリングワークの強化。これまで理論中心に行ってきたので、どーも時間が足りなくて、体験が講座に追いつかない感じでした。
頭では分かっていても行動に出来ない状態。問題はないと言う問題に気づけない状態。
なので理論的な事は、今回から執筆本の方に任せて、講座内では実践に力を入れます。これまでの講座でも、各回ごとに変化の切っ掛けを起こす人は多かったのですが、ついその切っ掛けをスルーしてしまい変化しきれない人もいたので、その辺の強化。

2つ目は、前世体験を自分でも簡単に出来る様にするワークを、後半の昇華編に組み込みます。
問題が起こった時に、瞬間瞑想で前世を見て原因をさぐる。応用も利かせれば、特定の相手との前世を見る事で、その対象の人との関係上の問題の原因を知る事も出来る。
ただし、普通に前世を見ようとしても、認めたくない前世に原因は隠れていやすいため肝心な所は見えにくいもの。
この認めたくない自分を認められるようになるためにあるのが浄化編と言うワケです。

そして最後の3つ目が、ゆらとふるへの常連さんが好きそうな、高次元へのアプローチ法の実践です。
大きな声では言えませんが、いわゆる他所で言う所の、○○〇~・レイとか、○○〇~・ヒーリングなどと同じ様なワークです。アチラの方々と繋がる実践です。
試しに友達の前でやってみた所、霊感とか全くない人でも熱として感じてもらえたので、おそらくその理屈と感覚が一致すれば、普通の人でも何となく分かるようになるだろうと考え、組み込んでみる事にしました。

でもこれは、このサイトでもさんざん書いてますが、こう言うのは一歩間違うと高次の存在に化けた低級霊に繋がろうとする人とかもいるので、そんな間違いが起こらないよう、浄化編でしっかり自分と向き合ってもらってから、クラスごとにどこまでやるかは慎重に見極めながら行う予定です。

私も昔はよく興味本位で、そう言うスピリチュアルワークに参加して、色々体験はしてましたが、正直一緒の参加者の中に、何か違うものと繋がりながら気付いていない人もいました。そう言う時のワークの指導者は、大概そこに気付いていながら気づかないふりをしています。そこは私も同じです。

一度、違うものと繋がってしまうと、繋がった本人は自分を客観視できないし否定もできないので、「それ違いますよ」って言われても認められず、ますます悪化するだけなんです。本人が自分で「違うかもしれない」と気付くしか助かる道はないんです。

なので今回から、上記のスピリチュアルワークを試験的に組み込みますが、そのワークを行うまでに、この自分で「違うかもしれない」という考え方を、いつでも切り替えられる自分になってもらうために、浄化編をしっかり受講された方のみ昇華編に進める形にしています。
そうすることで私も「それ違うものだよ」とあえて言えるだろうし、それを前提に今回から始めます。

いや、もうスピ系のネタになると、私も毎回これ書いてますね^^;
昔から読んでる人にとってはしつこいと怒られそうですが、未だに変わらずお客さんにそう言う危険を感じさせる人は沢山いるので、もうお約束なんです。
ここだけの話、私はそういう人を見かけた時は、一応心応理学web講座を読むことを薦めておきます。
特に4章目に詳しく書いているのですが、すでに憑かれてる人は必ずと言ってイイほどこれが読めないんです^^;
でも微妙な線を行き来していて、読まれて、もしや私も?と気付かれた場合は、比較的気付いた時点でもう大丈夫なので、こっちも安心して状況を説明できます。

こう言ったものに憑かれやすい人が一番気を付けるべきは「依存」です。特に霊感が欲しいとか、神様や天使と交信できたらなぁとか、言う気持ちがあったら、まずその依存心としっかり向き合わないと、そこに付け入って向こうから神さんの姿をして現れることが多いのが低級霊です。
逆に言えば、この依存心さえ無ければ、そうそう間違いは起こらないし、まぁそもそも興味自体あまり沸いてこなくなると言う面もあります。
「ああ、もしかすると助けられてるのかもしれない‥。感謝しておこう。」とこっそり思うぐらいが、ちょうどいい運気を保てます。

もちろん私自身も、この講座を進めながら、いつも自分の中の依存心は再確認させられてます。
つい「ゆらとふるへの日記ネタを下さい」とか、「ゆらとふるへの記事が自動で更新される未来が来ます様に」とか、そりゃ祈りたくなりますよ。すみません。。

あ、あと今さらですが、サイトトップの「関連サイト最新情報」が、表示されなくなってます。
これもいずれ何とかしなきゃ…。でもしばらく放置状態が続きます。
いやもうサイト自体またそろそろリニューアルしなきゃ。

まぁ、とりあえず上記の夢は、ご先祖さんからもらったイイ日記ネタだったので、今回ありがたく利用させて頂きました。。。
お陰様で、ようやく今年二本目の日記が書けました。
ご先祖様、とっても余計なオチ付きのネタをありがとう。。。

 


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