2015 12月

輪廻の海を再び更新しました 2015年12月25日 00:10

輪廻の海を更新いたしました。
「天国と地獄」編を追加です。
≫天国と地獄
昨日公開した「エルサレム」編の続きでもあるので、「エルサレム」編を先に読まれる事をお勧めします。

 


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天国と地獄 2015年12月25日 00:00

今回の前世物語は、「エルサレム」編と繋がっている。
エルサレム編を読まれてから、この「天国と地獄」編を読まれる事をお勧めする。
ここからは、すでにエルサレム編を読まれているものと考えて、話を進める。

エルサレム編で書いたように、もともとこの天界でイエス氏と会った時のエピソードが元で、イエス氏に興味を持って、彼と関わった他の前世を探してみるとエルサレムでの記憶がでてきた。

では、天界でイエス氏に届けた、地獄からの預かり物は、いったい何なのか。そして何故、私の翼が無くなってたのか、とても気になってきた。

で、今回はこの天界での出来事を詳しく見てみることにした。
するとここでもまた色々面白いエピソードが出てきたので、記録しておく事にした。

なお、アチラの世界のイメージは、かなり曖昧なので挿絵結構適当だ。地獄の方々も、ホントに挿絵の様に角があって歯を出してニタニタ笑ってたわけではない。実際の記憶の中では、影の様なイメージしか出てこなかった。あくまで分かりやすくする為に描いた挿絵なので、ご了承願いたい。

≫エルサレム編を、まず読む

 

・時代(西暦)
全くわからず。
・主に住んでいた場所
天界っぽい。
・主な職業
自営業天使?

 

 

きっかけ

「エルサレム編」で書いたように、お世話になったスピ系の先生との関係のわかる前世を見に行くと、天界でイエス氏がいて、私が地獄からの預かり物を届けに来る場面が出てきた。
先生は、イエス氏のそばに居た天使で、私は何故か翼を持っていない、いや翼を取られてしまったって感じの天使だった。そして、イエス氏に無事に、地獄からの預かり物を届けて、仕事を終えた。
背中の翼は、そのスピ系の先生の天使が治療してくれて、無事に翼を取り戻した。

では、このイエス氏に届けた「地獄からの預かり物」とは、何なのか。
私はこの前世を詳しく見るまでは、こんな妄想をしていた。

地獄からの預かり物は、元々イエス氏が持っていた正義を司る様なスンゴイ光の宝石。
ある時、うっかり地獄の親分に奪われてしまう。そこで天使の一人の私が勇敢にも「私が取り返してきます!」と申し出て、旅立つ。
しかし地獄の親分は「返して欲しければ貴様の翼と交換だ!ひひひ」と迫る。
私は、仕方が無い、犠牲は愛だ!と覚悟を決める。
地獄の手下達が、私の翼をもぎ取る。私「うわぁあ!」。
翼の無くなった私は、スンゴイ光の宝石を、何とか手に入れて天界に戻り、イエス氏に返す。
私の翼は、魔法で治療されて、元に戻る。
めでたしめでたし。

と、こんなファンタジーを想像していた。
しかし実際に前世を見に行くと、なんか全然違った‥。
やはり前世は直接見ないと分からない。
なるほどと思った。

その前世体験で見た内容を、ここから書いていこうと思う。

 

前世記憶

◆ 地獄界へ

[以下は、グループヒプノで出てきた記憶をまとめたものになる。]

  • 前世-天国と地獄
    謎の任務

天界で、天使だった時の記憶だ。
最初は、普通に私にも翼があったようだ。

ある時、何か重要な仕事を引き受けることになる。
地獄に行って、あるものを預かってくる仕事だ。

どーも天使の誰かに紹介されて、イエス氏に面会して、仕事を引き受けたっぽい。
ただ、この記事を書いていて、今気付いたのだが、もしかするとこの紹介してくれた天使と言うのは、エルサレムの前世で、お世話になった暗闇先生では?と言う気もする。

また、イエス氏に初めて面会する時は、この方がイエス氏かぁ!みたいな感じもなく、そんなにピンと来てない様子なので、この天界での記憶は、エルサレムの前世よりも、もっと前の記憶かもしれない。
だから、ここでの縁がきっかけで、エルサレムに転生したのかなと言う気もする。

で、私が紹介されたのは、何でかな?と、その辺りも探ったが、地獄の行き方を知ってるのか、行った事があるのか、地獄に知り合いがいるのか、なんか、あんまりうれしくない理由な気がしてきた^^;
この辺りは、また別の機会に探るとして、とにかく一人で地獄に行く自信があるっぽい。だから仕事を引き受ける事にしたようだ。

  • 前世-天国と地獄
    地獄へ

話がまとまった後、さっそく地獄に向かった。
行く時は、結構簡単に行けた感じがある。
谷間のような所を飛んで、真っ暗な雲を抜けて、暗い空に、黒い岩肌の岩山って感じの山々が連なってる。

その岩山の一つの中腹に、何か建物の入り口があり、鬼?なのか、なんか怖そうなお兄さん方が、こちらを睨んでいる。
入り口の前に降り立って、事情が分かってるのか、なんかそのまま中に入れる。

なんか、そこらじゅうで、こう地獄で苦しんでもがいてる人々が出てくるのかなと思ってたのだが、全然、人が出てこなかった。
もしかすると、そう言った人々は、もっと下の方の世界にいて、この山々は、その地獄を管理する怖いお兄さん方がいる所で、ちょっと高い場所にあるって事かもしれない。

  • 前世-天国と地獄
    とにかく怖い方々

暗いレンガ造りみたいな通路を抜けて、広間の様な所にたどり着く。
そこの正面には、大きな地獄の親玉って感じの存在が居た。
かなり怖い感じだが、でも何だろう、別に悪人って感じではなく、閻魔様とか、そう言う存在でもなく、罪人を預かる責任者って感じ。とにかく地獄の親分って感じだ。
なんとなく、この親分、知ってる人なのか?変な感じの親しみがある。

 

◆ 謎の預かり物の証体

目の前には、どうやらイエス氏に届けるべき物があった。
地獄界に「奪われたもの」を取り返しに行くものと思っていたが、そう言う訳では、なさそうだ。
なんか、先ほどの妄想と違って、すんごく普通に引き渡された。

その届けるべき物も、宝石でも何でもない。なにか記録されてる物っぽい。
言うなれば、何かの巻物みたいな感じ?

これは、いったい何なんだ?と思い、その物に集中してみると、急に「リスト」って言葉が浮かんできた。
人名リスト?沢山の人の名簿のような感じがしてきた。

そして何となく分かってきた。
ようは、地獄に落ちた人の中で、比較的天界に引き上げやすい人の人名リストだ!

なるほど、イエス氏は、このリストを手に入れて、何か沢山の人を一気に地獄から天界に引き上げる計画があるっぽい。
その候補となる人々のリストを、地獄から預かるのが、私の今回の仕事だった様だ。

しかし、これで帰れると思ったら、そう簡単にはいかなかった。
地獄の親分さんが言うには、地獄に落ちた人々の名簿を持って、呼びかけた所で、一度地獄に堕ちた者は、その呼びかけになかなか気づけないものだと言う様な事を説明される。

では、どうすれば気付いてもらえるか。
帝王さんに言われたのか、自分が思いついたのかはわからないが、例えば天使の羽なんかが、地獄に落ちた人の気づき作用に使えると言う話になる。

これ、理屈では、よくわからないけど、出てきたイメージでは、翼にある無数の羽が、地獄に舞い降りていく。
地獄に落ちている人が、その羽の一つ一つに気付いて、拾って、天界の事を意識する事、救いのサインだと気づく事で、天界からの救済を受け入れる事が出来て、そのまま引き上げられる。何かそんな感じのイメージなのだ。

で、その天使の羽はどうやって用意するの?って話になって、アンタ背中に持ってるじゃんって話になって、しょうがないから背中の翼ごと切って、地獄の親分に預けたような感じだ。
その翼の羽を引きちぎって地獄に蒔いてくれるようだ。

  • 前世-天国と地獄
    翼を方々に取られる

こうして私は翼を取られてしまう。

なんだろこれ。
翼を取られるのって痛そうって思ってたが、アチラの世界の事なので痛いとか怖いとかの感情は、あんまり感じられないけど、なぜかちょっと恥ずかしい様な自己嫌悪の様な変な感情が出てきてる。

なんか、もう翼を無くした自分は天使じゃないんだ‥みたいな。
プライドを傷つけられた様な変な感情だ。

なんか今の自分には、よく分からない感情なので、ちょっとおかしな感じだ。
別に翼が無くてもいいやんって、今の人間の自分なら思えるけど、アチラの世界じゃ結構つらい事かもしれない。

そーか、こちらの世界で言えば、両足を切断された様な気持ちなのかも。。
だとしたら、それは確かに結構つらい事だろう。

こうして私は、リストを持って天界に帰る事にする。

 

この辺ホントよくわからないのだが、人間的な解釈でいえばこう言うイメージが近いんだと思う。
この帝王さんが言う地獄というのが本当に地獄界の事なのか、あるいは人間界の事なのか、その辺も記憶が重なってる感じでよくわからない。
とにかく翼が切断されて、地獄の親玉に預けたような感じは確かだ。

人間的に解釈したら、鬼達は地獄に落ちた人々を天に渡したくなさそうなイメージだが、この記憶の中の鬼達は、そんな感じでもなく、むしろ地獄から引き上げてもらう事を望んでるような感じさえする。
人間が解釈する鬼というのは、実際の鬼達が地獄に落ちたくないという恐怖心を植え付けるために、怖そうに演じている演出みたいなものなのかなとも思った。

あと、ちょっと感じたのは、地獄の人々を救うと言うよりは、スカウトするような感じもあった。
何かの役割を地獄の人々に与えて徳を積ませて、結果的に引き上げられるような。
その役割を担う人を募集するためのリストのような感じもした。

なのでもしかすると、先に翼を預けて羽を引きちぎって地獄に蒔いてもらい、その羽を見つけて救いだと気づいた地獄の人々を引き上げやすい人としてリスト化して、そのリストを預かったって感じもする。
その方が人間的には理解しやすい。まぁでもアチラの世界の事なので、意味はそうであったとしても、実際にはリストと翼を同時に交換したって感じかもしれない。この辺は、ちょっとよくはわからない。

 

◆ 長い帰り道

無事にリストを預かったものの、ここからが大変だった様だ。
天界に帰るまで結構長かった感じがする。
これはやっぱり翼を無くして飛べなくなったからって事だろうか?
天使って、やっぱり翼が無いと飛べないのか?

背中の翼が無くなったのは、それなりにショックだったみたいで、ずっと背中の違和感を気にしてる感じがある。

なるほど、ヒプノセラピーに出会うまでは、自分は前世においても天使とかとは全く無縁だと思っていた。
それは、自分の背中に翼が生えてるイメージが、どうしてもイメージしにくいからだ。
でもこの前世を見て納得した。
翼を失くした事があったから、余計に自分には翼が無いと言う感覚が潜在的に焼き付いていて、イメージしにくかったみたいだ。

  • 前世-天国と地獄
    長い帰り道

ずーっとひたすら岩山をよじ登っていたようなイメージがある。
空は真っ暗で、どれぐらい登ったかわからない。

ようやく向こうに何かバベルの塔の様な建物が見えてきた。
とても高い塔で、塔の天辺が雲を突き抜けて見えない。
多分、この塔を登って天界に帰れるようだ。

塔に入ると、中は螺旋階段になっていて、ずーっと天まで続いてる。
でも天井が何も見えない。

この螺旋階段を、これまたずーっと延々と登っていく。
ひたすら登っていく。

  • 前世-天国と地獄
    出口の見えない階段

実際にはそこまでかかってはいないかもしれないが、この場面の中では何日もかかった様な、すごく長い時間をかけて登った気がする。
もう無心にひたすら上る。
階段一段一段を踏みしめて登ってる。

どれくらい登ったのか分からないが、ようやく天辺が明るくなってきた。
天界が近付いているっぽい。

そしてようやく何かパーッと開けてきた。
天界に着いたみたいだ。

知ってる天使さん達なのか、暖かく迎えてもらえた。
もう、この頃の自分は何も考えられないって感じで無表情で、とにかく預かったリストを片手にイエス氏のところへ急いだ。

 

◆ 任務完了

  • 前世-天国と地獄
    謎の任務完了

宮殿の中心にイエス氏が待っていた。
地獄から預かったリストを引き渡す。

なんか、どの場面でもそうだが、イエス氏は非常にクールで淡々としている。

他の天使達は、わりと暖かい感じのする人が多く、いつもの大丈夫スマイル攻撃で向かえてくれるのだが・・・。
イエス氏はそんなスマイルも無く、かといって別に冷たいってわけでもなく。
非常に深い慈しみと言うかそう言うのは感じられるんだけども、対応は本当に淡々としてる感じだ。

「よー帰ってきたなぁ」「おつかれさ~ん」ぐらいは言われてみたい所だが、そんな様子もない。
まぁ、無駄な気遣いは、無駄でしかないって感じだろう。
今の自分で感じる分には、クールだなぁって感じだが、前世の天使の自分は、別にそれが普通って感じで受け止めているっぽい。

また、この場面では私自身も、非常に淡々としていて無表情に預かり物を引き渡している。
別に対抗して淡々としてる訳ではないと思う。

  • 前世-天国と地獄
    翼も戻った!

無事にリストを引き渡した後、治療担当の大天使さんって感じだろうか、今世のスピ系の先生に当たる天使さんが、私の背中を治療してくれる。

無事に再び新しい翼を背中にもらう事が出来た。なんかこの辺は、ゲームに出てきそうな便利魔法って感じだ。
自分で翼を生す事は出来ないんだろうか?それなりに何か技術が必要なのか。

とりあえず翼が戻って、ここだけは私も、ちょっとホッとした感じがよくわかる。
これで今回の任務は完了したようだ。

 

◆ 幸せな場面

天界は、もともと幸せな意識状態の魂がいる所だから天界と言うのであって、天界で幸せな場面と言っても、なかなか出てこない。
ただ、無理やり誘導で覗いてみたところ、なんか一人ちょっと考え込んでる場面が出てきた。
なんか、地獄に行った関係で、地獄に落ちてる人が気になってきてしまったのか、なんかもう一度地獄に行く事を考えてるような場面だった。
なぜ地獄に落ちる人達がいるのか。地獄に落ちる人達の気持ちは、同じように自分も地獄に落ちてみないとわからないんじゃないか?みたいな事を考えこんでる。
これが幸せな場面?って感じなのだが、何かそんな場面がチラッと出てきた。

 

◆ 亡くなる場面

天界で亡くなる事はないのだが、無理やり誘導すると出てくるのが、これから人間界に転生するぞ!みたいな場面がちょこっと出てきた。確かに人間界に転生するって事は、天界を去るって意味では、亡くなる場面だ。

 

この天界でのエピソードは、かなり昔って感じがする。
エルサレムの前世よりも前かもしれない。

ここでちょっと思った。
もしかするとあの名簿は、人間界にいる人々の名簿で、その名簿を元にイエス氏がシナリオを組み立てて、イエス・○リストとしての一つの物語を作り上げたのでは?
最後の人間に転生する場面は、エルサレムの前世に転生する場面だったのでは?
暗闇先生と一緒に物語の一部に参加するために転生したのでは?
だからエルサレムでの前世の間、「これは演じられている」と感じていたのでは?
と‥ちょっと思ったのだが、この辺りはあくまで私の妄想の範囲だ。

 

◆オマケエピソード

 

さて最後に、ちょっとオマケのエピソード。
何故、地獄の親分に親しみが感じられたのか。そこの部分も気になっていて、後日ついでがあったので、ちょっと覗いてみた。
そしたら、なんか…、やっぱり認めたくないエピソードが出てきてしまった。。。
でも、せっかくなので、このオマケエピソードも付けて、この記事を終わろうと思う。

 

ある時、地獄ってどんなとこだろうなぁなんて思いながら、ふらふら天国と地獄の境目を興味本位で飛んでいた。

そしたら突然どこからか、黒いカラス?みたいな何かが、すんごい勢いで飛んできて、誤ってそれにぶつかってしまう。
羽が折れてしまったのか、そのまま地獄に墜落してしまった。。。。

岩山に落ちて、飛べなくてどうしようと思ってたら、そこがあの地獄の親分のいる屋敷の近くだったみたいで、ちょうど屋敷に帰ってきた地獄の親分ご一行様方が目の前を通りかかった。

地獄の親分が「なんで天使がこんな所にいるんだ。帰り道はアッチだぞ」って感じで指差して、そのまま屋敷に入ってしまった。

で、とりあえず地獄の親分が指差した方へ歩いていくと、あのバベルの塔みたいなのが見えてきて、そこから天界に帰っていったみたい。

 

なるほど、だから地獄の親分も、地獄の帰り道も知ってたのか。

なんか、ちょっと軽く見えてきたイメージなので自信は無いけど、やっぱり何かの事故で、たまたま地獄の親分さんと会った事が、あったっぽい。
だから地獄の行き方も分かってるし、いざとなれば帰り道も分かってるから、仕事を引き受けたのかもしれない。

しかし、アチラの世界でも、そんな不意の事故ってあるのか?
しかも一度は事故で地獄に落ちて、苦労して塔を登って懲りてるはずなのに。。。
きっと仕事を引き受けた時は「ああ、地獄の親分なら知ってますよ。ちょっと私が飛んでって頼んでみましょうか」みたいな軽口をたたいていたんじゃないのか!?

な、なんか、これって…。
「ああ、その病院なら、昔、骨折してお世話になったので、知ってますよ。私が行ってきましょう」って言って、その病院に行ったら、また病院の玄関でつまづいて骨折して、その病院にお世話になった・・みたいな話じゃないか!!!

かなりマヌケじゃないか!
そう思うと天界に戻った時の、他の天使達の笑顔が「お疲れ様」って言うより「この人、二回目だよね‥ご愁傷様」って感じの苦笑いだった様な気もしてきたぞ‥!

ああ、だから翼を取られた時、何か恥ずかしくなったのか。。。
ちょっと、この地獄の親分とのオマケエピソードは、見るんじゃなかった。
天然は、天使になっても天然なんだと、今回よくわかった…。

 

 


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輪廻の海を更新しました 2015年12月24日 16:00

輪廻の海を更新いたしました。
「エルサレム」編を追加です。
≫エルサレム
また、「エルサレム」編には続きがあり、明日も更新します。

 


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エルサレム 2015年12月24日 00:00

私は無宗教だし、イエス・キリ○トと呼ばれる存在についても、よく知らない。
ただ、高校生の頃に、仏陀やイエスと呼ばれる存在がどう言う存在なのかぐらい、おおよそ知っておきたいと思って、文庫本で聖書等を読んだ事はあった。
その当時は、死んだ人が生き返るなんて、ありえないと思ったし、これは架空の話だと思った。

ただ、その自己犠牲の凄まじさと言うか、その考え方には、それなりにショックを受けた。
おおかた架空の話ではあったとしても、こんな考え方や発想が、この時代に生まれたと言う事は、その何らかのモデルとなった人物が存在したのは事実だったのでは?と考えた。
その人物に惹かれていった人々が、伝えていくうちに脚色されて、現在に残る物語になったのでは?と思った。

さて、日本での転生の多い私にすれば、もちろん聖書に出てくる話など全く無関係だと思っていたのだが、意外な所からどうやらこれまたちょこっと関わってたらしき記憶が出てきた。
ホント時代の重要な所を、ちょっと横から覗いて、うんうんと頷くのが好きなようで、今回も例のごとく脇役‥と言うより黒子としての登場だ。

なお、繰り返すが、私は無宗教だ。ここから書く内容も、あくまでヒプノで出てきた「ただの物語」であり、私がそうだと感じたに過ぎない内容であり、その出来事が本当にあったと主張するわけではない。
と、書くものの‥どうしても内容的に、宗教性が強くなるので、念のため、ここからは検索防止の為「イエス・○リスト」を単に「イエス氏」と書くので、ご了承願いたい。

 

・時代(西暦)
20~30年前後に生まれ、70~90年前後、50~70代で亡くなる。
・主に住んでいた場所
現在で言うイスラエル。幼少期はエルサレム地方っぽい。
・主な職業
転々としてたのか、ハッキリ分からない。

 

前世記憶を語る前に、それを知るきっかけとなった別の前世について、簡単に書いておきたい。
今年の初めサロン「ここれんね」を始動する為に、サロンに置く専用スピーカーを注文しようとした所、その代理店の人が偶然にも、昔スピ系でお世話になっていた先生だった。ちょっとビックリして、この先生とも縁があるんだろうなと思って、試しに先生との縁の分かる前世を自分で見に行ってみた。

そしたら出てきたのは天界のどこかの宮殿みたいな所だ。なるほどその先生も天使っぽいイメージは以前からあったので、天使として現れるのかな?と思った。
そしたら、ちょっとビックリしたのは、先生が出てくる前に、イエス氏が現れた。
繰り返すが、私はクリスチャンではないし、信仰心は全くない。
なのに突然出てきたのでビックリ。

しかも、この場面では、私がイエス氏に何か届け物をしてる様だった。
その時の私は翼がもげた天使で、何か地獄で、翼と引き換えに、あるものを預かって、それをイエス氏に届けに来たと言う感じだ。そのイエス氏のそばにいた天使達の一人が先生だった。
無事に預かり物を引き渡した後、その先生が私の翼を復元し治してくれたのだ。
なるほど、この時に会ってたのかと納得した。

後日、先生に、この前世の事を話すと、実は現在の守護神がイエス氏らしく、納得されていた。

しかし今度は、私自身はイエス氏と何か関係があったのだろうかと気になってきた。
今の所、自分が神父とかだった前世は出て来ていないし、そう言うイメージもない。
もしかして、いやまさか、でも念のためと思い、後日このイエス氏と関わってた前世と言う設定で、前世を確かめてみた。そして出てきた話を、ここから書こうと思う。

 

◆前世記憶

◆ 幼少期:騒ぎ

[以下は、グループヒプノで出てきた記憶をまとめたものになる。]

最初に出てきたのが、この場面だった。

どこかの町のような所。西暦は29?とか、3?が出ていた。
ボロイ質素な服を着た10歳前後の男の子の自分。
向こうが何か騒がしい。友達らしき男の子達に呼ばれて見に行くと、大勢の大人達が何か集まってる。
何だろうと一生懸命背伸びをして見ようとするが、よく見えない。
その多分十字架だと思うが、大きな木の棒の先だけが、大人達の頭上にチラッと見える。
この時の自分は、どーも何か見世物が演じられていると感じていた。
それがすごく気になって、見ておきたいと考えている様だった。

  • 前世-エルサレム
    街の騒ぎ

もっとよく見ようとするが、そこへ母親がやって来た。母が私を見つけて何か怒ってる。
私の手を無理やり引っ張って家に連れていかれた。
母が何で怒ってるのか、よく分からなかった。
ただ何か見てはいけないものを、自分は見ようとしていたらしいと言う事だけはわかった。

何で見てはいけないのか、すごく気になっていた。
母は、詳しくは何も教えてくれず、ただ怒って黙ってるだけだった。

あの騒ぎが、どーも罪人としてイエスと呼ばれる人が磔にされていたと言う事が、理解できるようになったのは、それからだいぶ後になってからだった。

ちなみに、この頃の自分の家は、結構にぎやかな感じだった。
食事の場面では右隣に母親。奥に父親、左におそらく兄が二人。今世に思い当たる人は誰も居ない。
わりと貧しい感じの家だが、困ってるほどではない感じだった。

 

◆ 20才前後:地下室で見たもの

重要な場面。これが一番謎だ。

20歳前後の頃。私にとっては神父さんって感じの知り合いの先生がいた様だ。この時代に何か宗教の神父さんのような人がいたのかどうかは分からないが、感覚的に哲学的な事をよく理解してる感じの先生だ。

この先生が、どーも私が幼い頃に見た騒ぎについて詳しく知っていて、色々教えてくれていた。
ただ、私が、あの騒ぎに感心を持っている事を、妙に歓迎してるような雰囲気で話すので、ちょっと得体の知れない感じもある先生だった。

  • 前世-エルサレム
    謎の遺体

ある時、見せたいものがあると言って、真夜中に先生に連れられて、地下室のような所に行く。
そこに大きな棺のようなものがあって、中を見せられた。

これが、もうビックリした。
中には男の人の遺体があった。
でもこれが妙に綺麗で、まるでまだ生きてるかのようだった。

これは、いったい何?
そばにいた先生が言うには、この遺体が、どーもあの磔にされたイエス氏のものだと言う。

ちょっとここで顕在意識の今の自分が???になる。
この遺体がイエス氏としたら、この場面は、イエス氏が処刑された直後の場面?
そう思えるほど綺麗な遺体って感じなのだ。
でもだとしたら子供の頃に見た、あの騒ぎは何だったのだ?分からなくなってきた。
私は聖書は、文庫本で一度だけ読んだことはあるが、確か新約では、イエス氏は処刑された直後に、復活して昇天した事になってる。

まぁ仮に復活部分だけが創作だったとして死体は残っていたとしても、でもこの前世体験の中では子供の頃に処刑があって、この20歳前後の時点ですでに10年ぐらい経ってるはず。
もしかして、ミイラにされてるのか?とにかく、それぐらい綺麗な印象がある。
この場面での前世の自分が、すごく興奮していているのが分かる。

死体を見てるという感覚ではなく、何か輝く宝石を見てるような感覚だ。
それほど何か体感的に力を感じるものがあり、感動させられている様だ。

同時に何か秘密の話をされて、これが真実だったのかと、感じてるようでもあった。
そして、先生の関わる何かの組織に協力する様に話をされて、是非自分も協力したい!と喜んでる感じだった。
ただし、これは死ぬまで決して誰にも語らないようにと、かなり念を押されたような感じがある。

 

多分、子供の頃に見た騒ぎが、どうしても気になって、自分で色々調べ出していたのだと思う。
そのうちに事情に詳しい先生と出会って、この地下室に案内されたのだろう。

でも、おそらくこの棺の中のものを見たのは、これが最初で最後だったと思う。
すぐにその後、どこかに隠されたのか運ばれたのか。
その棺が、それからどうなったかは死ぬまで分からなくなった感じがする。

新約聖書では、確かイエス氏は、磔の後、3日後?だったかに復活した様な話だったと思う。
これは、あくまで今の自分の妄想だが、もしかして、この先生の関わる謎の組織が、磔の後のイエス氏の死体を運び出したのでは、ないだろうか。それを知らない街の人達が、死体が消えたと騒ぎになって、復活したんだと言う伝説に繋がったのでは?と、ちょっと今思った。
でも、この記憶を見てる中では、その復活の伝説が作られたこと自体も何か意図的なものを感じる。後でも触れるが、何かもう磔の出来事そのものが、最初から意図的に演じられてる様な気さえしてくるのだ。

ところで、ここからは、謎の組織の先生を分かりやすい様に「暗闇先生」と呼ぶ事にする。

 

◆ 20代前後:秘密の仕事

  • 前世-エルサレム
    謎の仕事

先ほどの地下室に案内してくれた暗闇先生が、私に何かを誓わせた。
見たものは他言無用なのはもちろん、それとは別に何か秘密の組織に加わって、何かの仕事に協力する約束をさせられた。
なんとも闇の運命に足を踏み入れてしまったって感じだった。

暗闇先生は、その秘密組織の何かの計画の担当の人物の様で、それ以降、私は地下室の様な所に度々通っては、暗闇先生の指示に従って何か書物のようなものを一生懸命作成していた。
この時代に紙とかがあったのかは分からないが、内容的に何かを記録していってるって感じの作業である事は間違いなさそうだ。

多分、私の他にも少数ではあるが数人の協力者が居て、同じ様な作業をしているっぽい。
でも交流はほとんど無く、互いに誰かも分からないような、とにかく誰にも知られずに作業してるような感じで、お互い接する事自体、ほとんど無かったんじゃないかと思う。
接していたのは、ほとんど暗闇先生だけだったっぽい。

結局これは何を作ってるのか。最初は今で言う聖書?って感じもした。
でもその反面、街でイエス氏の弟子の誰かだとは思うが、街の人々に何か説いてる様な場面も見える。
現代の聖書は、やはりこのイエス氏の弟子の方達が説いてるのが元になってると思う。
じゃあ、自分が隠れて作ってるものは何か。別の聖書?
さっぱりよくわからない。

内容的には、やはりイエス氏の生涯や教えに関わるものだと思う。
という事は、その指示をしてた暗闇先生の正体は弟子の誰か?
でも歴史上にあるいわゆるイエス氏の弟子の誰かって感じがしない。

いや、イエス氏と深く関わった誰かって感じではあるが、そのこと自体、周りにはほとんど知らされていない人の様な感じだ。
とにかく暗闇先生の下で、何年もの間ひたすら作業を続けていたっぽい。

 

◆ 30代前後

  • 前世-エルサレム
    心ここにあらず

奥さんが居て、子供も居る。子供は多分、娘。山に遊びに来ている場面。
でも正直あんまりそれほど嬉しい感じはない。何か他に考え事をしている。

やはり、秘密組織での仕事のことか。
でも、おそらくその書物の内容的な所で、自分が何故これに関わったのか、なにかその運命的なものを色々考え込んでいるっぽい。

本当は、自分自身もっと表で活躍したいと思ってる。でもその書物の内容的な事に、少しでも触れた発言をする事自体、契約違反であり、非常に危険な事でもあるようで、許されない。

家族にも、この自分の状況を悟られないようにしているようで、ちょっと死ぬまで誰にも話せないという部分に色々孤独感はあったようだ。
別に死にたいと言うわけではないが、早く歳をとって、この人生を終わらせて、開放されたいみたいな感じには考えていたっぽい。
変な話、こうしてこの時の前世の自分の気持ちを、今、文章に出来ること自体が、妙にうれしいと言うか、今は、語っても大丈夫なんだと思うと変な開放感がある。

 

結局いったい自分は、ここで何をしてたんだろう。
こうしてヒプノで探っていてもさっぱり分からない。

これはあくまで推測だが、この時代の後に広まっていく聖書は、色んな人、色んな時代を経ていくうちに、あちこち修正され脚色され変わっていくものなんじゃないかと思う。
私自身、高校の頃に文庫本ではあったが新約聖書を読んで、その考え方に非常にショックを受けた覚えがある。
「自分を助ける者の為ではなく、迫害する者の為に祈れ」「罪人を裁けるのは罪を犯した事が無い者だけだ」とか、間違ってたら申し訳ないが、そんな意味のような言葉が沢山あり非常に納得させられた。

最後は迫害され、黙って手足に釘を打ち込まれ、何時間も磔にされ、何とも痛々しい話だ。
自分だったら、わんわん泣いて命乞いしてやると、読んだ当時思ったものだ。

でも所々本当に同じイエス氏が吐いた言葉だろうかと違和感のある記述も多く見られた。
だから、本来はもっと違ったものなのではと、その時代に説かれていた本当のイエス氏の生涯の記録や言葉は、その半分ぐらいは原型をとどめてないのではと、読んだ当時そう感じたのを覚えてる。

そういう風に思い返すと、もしかすると、この前世の場面の中で自分がやってたのは、当時すでに何百年も経つに連れて真実がゆがめられていく事を想定して、ある程度、時代が進んでから公開される記録、いわば隠れ聖書的な、そんな目的の秘密の書物の製作に関わってたのではないだろうかと思えてきた。

現在の聖書ではイエス氏が、さまざまな奇跡を起こした様に描かれているが、この秘密の書物の中のイエス氏は、意外と現実的で奇跡的な内容もあまり無いかもしれない。
ただ、後の時代に宗教として発展していくだけの力があった所から見ても、イエス氏の説いていた思想的な内容は、きっとすごいものがあったと思う。むしろそちらの方が重要であり、色んな時代を越えていく中、色んな人の都合で消されてしまったような大切なエピソードは、この書物に残されていそうな気はする。

 

◆ 30~40代

ある時、地下室での私の仕事が終わったようだ。暗闇先生が、お疲れ様って感じで、私にお別れを告げる場面だ。
その数日後には、暗闇先生が、知らない街に引っ越していった感じだ。

  • 前世-エルサレム
    謎のまま終わった

秘密の地下室も全て綺麗に痕跡がなくなって、ガランとしてる。
もちろん、その後も地下室での仕事の事は、誰にも話してはいけない。それはちゃんと守っていた感じはある。
私は、地下室での事も、暗闇先生の事も、忘れようとしていた。

その頃の私は、何の仕事で生計を立てていたのか、印象が薄くて、よくわからない。
八百屋だろうか?果物を売ってた様なイメージもあれば、何かを作るような仕事をしていたイメージもあり、転々としていたのかもしれない。
でも、生活には、それほど苦労してた印象は無く、普通に暮らしており、娘も結婚して孫も出来たようなイメージがある。

 

◆ 40~70代

組織を離れて何年も経って、それなりの歳をとった頃の事。
ある時、一度だけか、暗闇先生と再会してるようなイメージが出てきた。

まさか、忘れた頃に、私が誰にも話してない事を確認しに来たのかと、ちょっとこの場面を見て一瞬ぞっとしたが、そんな不安はすぐに消えた。

どーも、暗闇先生自身も、秘密組織での任務を終えて、組織から離れたようだ。
よその町に住んでる感じだが、何かついでがあったのか、懐かしくなって、私を訪ねてきてくれたようだ。
家族と一緒に、食事をするのだが、もちろん秘密組織の事は一切触れず、なんでもない会話が続いた。

食事の後、二人でちょっと散歩に出かけた。
家を出て、街中のどこかで一緒に腰掛けて、何かただ黙って街の様子を眺めてる見てるような場面だ。

  • 前世-エルサレム
    孤独な者同士

でもお互い黙っていても、妙にこみ上げてくるものがあって、「あぁ、この人も、長年孤独な思いだったんだな」と、この時すごく感じた。

お互い誰にも言えず孤独ではあったけど、でも本当に素晴らしい仕事が出来たんだなと言う感じで、共感できる何かがあって、それを互いに称えあっているような感じでもあった。

何か、お互い死んだ後に、あの世で笑って語り合えるだろうなぁみたいな、それを楽しみに残りの人生を生きていこうって感じの会話をしてるようだ。
何だか、一緒にいるだけで妙な安心感がある。

暗闇先生とは、この時を最後に、もう二度と会う事は、なかったようだ。

 

◆ 亡くなる場面

亡くなる場面。それなりに歳をとってる。奥さんはすでに亡くなってる感じ。
娘は、家族と一緒に近くにいてくれてる感じ。孫も近くにいる。老衰で亡くなるようだ。
なんか天に召されることをちょっと楽しみにしている感じがある。
自分のやるべき事は全う出来たと言う満足感がある。

 

亡くなった後、ハイヤーセルフの台詞が非常に納得できた。
「人にはそれぞれ、その人にしか出来ない役割がある」と言うものだった。

私や暗闇先生が製作に関わった、謎の書物や、イエス氏のミイラ?は、どうなったのかは、さっぱり分からない。
もしかすると今でも、世界のどこかに隠されていて、誰かに発見されるのを待っているとしたら、ちょっと面白い。

ところで実は、この前世を体験している中、妙にずっと感じているものがあった。
それは、最初の方でも少し書いたが、全てが計画の一つと言う感覚だ。

イエスと言う人物に関わる、この世で起こった出来事の全てが、アチラの世界では最初から綿密に計画されており全て演技されていた出来事と言うイメージがずっとこびりついていた。
そこにハイヤーセルフの上記のようなメッセージが出て、自分の中で何かしっくりくるものがあった。

これはあくまで、体験中に私が個人的に感じたもので、真実ではないと断っておくが。
つまり、イエス氏が磔にされたのも、それを嘆き悲しんだ人々も、その磔に追い込んだ人物も、裏切った人物も、迫害した人々も含めて、すべてが1つの救世主劇場として演じられていた様な感じが、この前世体験中ずっとしていたのだ。

それは、おそらくイエス氏の説いた思想を、長く後の世に残す為に、アチラの世界で最初から計画されていたような、そんな感じなのだ。

他の記事でも書いたと思うが、歴史上に名が残るような人物の人生は、私は歴史という大きなカルマの歯車に乗った人だと考えている。
でなければ、カルマ的に考えれば、例えば1人の人間によって、何万人もの人々を虐殺する様な事は、不可能だと考えている。1万人虐殺した人が、1万回殺される業を背負える訳がない。その人に背負わされるカルマは、その人に背負える分だけだ。
ヒプノセラピーをやっていると、それがよく分かってきた。

なので、このエルサレムの出来事も、私にとっては、歴史上の必然であって、最初から決められており、そこで、実際にイエス氏に惨い仕打ちを行った人が居たとしても、その人もまたこの壮大な演劇の一つの役者として演じていたに過ぎないと言う、そんな感覚があるのだ。

もちろんこれはあくまで私個人の考えに過ぎないが。

まぁ、でも、ここまで書いておいて何だが、それが本当に演じられていたかどうかとか、実在したのかどうかとか、奇跡が本当にあったのかどうかは、別にどうでもいいことだ。

大切なのは、そこで説かれた内容を、その新約聖書という物語の中で、説かれた思想の、どこをどう受け止めて、自分の人生に生かすかと言う部分だろう。
ラーメンを作った人がプロなのか素人なのかが問題ではなく、そのラーメンを美味しくいただけるかどうかが問題だ。
そこを間違わなければ、宗教に依存したり、宗教戦争が起こったりしないはずだ。

どんな宗教も「教え」であって、「宗」との契約ではない。それぞれの「イイ教え」だけを取り入れておけばイイだけの話だ。
どこの神が、正しいとか正しくないとか、そんな事に囚われるから、宗教が怖いものになってしまう。

と、この前世を体験して、今の時代を振り返り、そんな事をあらためて考えてしまった。

さて、この話には続きがある。

エルサレムでは、こうしてまたしても黒子として暗躍していた事は分かった。
では、あの天界での記憶、イエス氏に届け物をした記憶での、あの届け物は何なのか。
そして何故、私の翼が無くなっていたのか。
その辺りを詳しく知りたいと思った。

その天界での話は、あらためて「天国と地獄」編として、別で記そうと思う。

≫「天国と地獄」編へ

 

 


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最近のすごくショックな出来事 2015年12月21日 17:00

申し訳ございません。

何かよく分からないけど、とりあえず謝罪しておきました。
多分、毎年のごとく、数ヶ月ぶりの日記と言う、この罪悪感から沸いてくる今の私の気持ちでしょう。。

しかし!最後の最後に、「輪廻の海」に前世体験の記事を追加します!それも2つです!
記事自体はもう出来ているのですが、まぁ、なんか内容的に、ちょうどクリスマスに似合うなぁ‥と思ったので、24日と25日に公開される様に予約設定をしました。
どうぞお楽しみに。

で、タイミング的にもう多分、この記事が今年最後になると思うので、懺悔日記も兼ねます。

まず、恒例の初夢検証。
今年の初夢は「暗雲つきの富士山」でした。
サイト「ここれんね」では書きましたが、7月にウチの父が亡くなったので、暗雲は、この事だったんだろうなと、すぐに分かりました。
富士山そのものは、「ここれんね」のスタートの象徴かなと思ってたのですが、今にして思えば、今まで代理として動いてきた父の事業関係が、これからは正式に自分の事業として動かせるようになると言う部分も、自分にとっては大きいと感じてるので、その辺の意味も兼ねてたのかなと。まぁその辺りの仕事の面での事だったのだろうと思います。

さて、喪中と言う事もあって、ここ半年ぐらい、神社関係には行ってないし、その手の妖しい神秘体験が無いので、ここで書けそうな妖しいネタがありません。困りました。
ただ、何故か夢の中では、何度かお参りに行きました。これってやっぱり、お参りに行ってない為の禁断症状か?

しかし、最近、私はちょっとすごくショックな事がありました。

ここ2~3日、立ち直れずにいました。
今日になって、大分落ち着いてきたので、今回は、この事について、じっくり書きたいと思います。

私は昔、漫画家になる前に、ペンネームどうしようと思って、姓名判断を色々調べてた時期がありました。

私の本名の総画は48画で、これが以前にも書いたように「黒幕人生」の運勢で、誰かの下に仕えて、力を発揮すると言う何とも目立たない運勢だと言うのです。
これはもう私のこれまでの前世を含めてそうじゃないか!と、すごく思いました。
そして私自身が表に出ようとすると失敗すると言う、今世も死ぬまで黒子か‥と思っていました。

でも結局ペンネームは使いませんでした。
当時、知り合いの霊能者に、本名の方が先祖も力を貸しやすいと聞いたのです。
それにまぁ、黒幕人生も言うほど悪くは無さそうだったので、本名でデビューしました。

ところが最近、ネットで姓名判断出来る所を見つけて、何気に自分の名前を入力しました。
するとなぜか総画が49画と出ます。

あれ?48画じゃないのか?と、よく見ると「冨」と言う字が、12画で計算されていました。
「これは11画の間違いだろう。いい加減だな。」と、その時は、特に気にしませんでした。

それが、そのサイトを友人に紹介する機会があって、上記の通り「ちょっといい加減だから」と沿えて、URLを教えた所、友人いわく「冨は、正式には富だから12画で合ってるよ」と言われました。

「……!」
そうです。サンズイヘンは、水だから、4画と見るのは、昔読んだ本に載ってたので知ってました。
でも、なぜか自分の冨も富と見て12画だと数える事には、今まで全然全く気付きませんでした!

これ、すごいショックでした。

想像してください。
10年以上、そうだと思い込んでいた事が、間違いだった時のショックを!

自分が生まれた時から、キャベツだと思い込んで信じてた野菜が、あっさり友人に「何言ってんの、それレタスだよ」と言われたら、どうしますか!?

「そんなはずは無い!これはキャベツだよ!」と言い張り、ネットで調べて、ああ、やっぱりレタスだったのかと、涙ながらに思いながらも、いや、もしかすると本当は、レタスもキャベツの仲間かもしれない!
昔はキャベツと呼ばれてたかもしれない!!と必死にその痕跡を求めてネットをさまよいませんか!?

でもやはり、あの緑のサッパリした野菜はレタスなのかと、この何十年、私はレタスをキャベツと思い込んでいたのかと、その事実を受け入れるべきだと分かっているんだけど、受け入れられない!この苦しみ!

そして母に、「お母さん、これレタスらしいよ!知ってた?」と聞いたら、あっさり「知ってるわよ。アンタ何言ってんの」と答えられ、この自分のただの勘違いだったのか!と、もう誰も責め様の無い、ぶつけ様の無い怒りと苦しみと悲しみと恥ずかしさが、わかるでしょうか!?

まぁ、これが、一度入ってしまうとなかなか抜けられない宗教の怖さですね!
でも、今まで信じてきたものを、間違っていたと素直に認める勇気こそが、人類を進化させるのです!!
そうです。今こそ私は49画を受け入れなければなりません!

……。
と、それぐらい、私の中でショックだったのです。

思えば、この様なショックは、私の人生において2度目です。
幼い頃、私の弟も母親もO型だったので、何気に母が私に「どーせアンタもO型やで」と言いました。

そーか自分はO型かと、信じて血液型占いを見ても、おお当たってると、思っていました。
なのに…なのに!!

二十歳になって献血に行ったら、あっさり「A型です」って言われたのです。
「え(A)~~~~~!!」

なんかその事実を知ってから、余計に性格もA型っぽく変わっていった様な気もします。
ただ、O型が禿げやすいと聞いて心配していたので、A型だったら禿げないなと、そこだけはホッとしました。それだけが唯一の望みでした。

もう血液型占いなんて信じない!

と、思っていたのに、気が付いたら今度は姓名判断を、またしても「黒幕人生かぁ、これは当たってるなぁ」と感心して信じ込んでしまっていたのです。
それが、またしても自分の勘違いで外れていた。。

あらためて49画の運勢を見たら「波乱万丈人生」。。。。
当たってる?

まぁ、漫画家になったりもしたし、漫画家になる前は、東京で10万チョイのアシスタントの給料で、7万のアパートに住んで、卵かけご飯だけで生活してた時期もあったし。
あらためて考えると波乱万丈だったかもしれない。

でも、今は全然そんな事ないし。
いやもしかして、自分が「波乱万丈人生」の運勢と知ってしまったこれからが、波乱万丈になるんじゃないのか?
オレ大丈夫かぁ??

と、言う感じで、ここ最近すんごくすんごくすんごくすんごくショックだったのです。

でも、多分、O型だと思い込んでたら、そう言う性格になるし、黒幕運だと思ってたら、そう言う人生になるって事でしょう。

ちなみに、A型なのに結局、禿げてきています。。。
A型だと気付くのが遅かったのでしょうか?

それぐらい人間の心は、暗示にかかり易いって事ですよね。
だから、占いはイイように解釈した者勝ちって事でしょうか。

まぁ波乱万丈も嫌いじゃないので、これからは波乱万丈人生を目指してみたいと思います。
どうか良い年末年始を。

 


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